第53話 道が消える
その日の夜。
一行は、森へ入る手前で野営をしていた。
旧街道から少し外れた、小さな開けた場所。
崩れた石碑がいくつも並んでいて、昔は休憩所か何かだったのかもしれない。
焚き火が、ぱちぱちと鳴っている。
その火だけが、やけに明るく見えた。
周囲の闇が、深すぎるせいだった。
「……」
ルティは、焚き火の前に座っていた。
毛布にくるまっている。
昼間の霧の件から、ずっと少しだけ顔色が悪い。
左腕の痣も熱を持っていた。
「食うか」
バルドが、串に刺した焼き肉を差し出す。
「……たべる」
ルティが受け取る。
でも。
熱かった。
「あっっっ」
「馬鹿かお前は」
「……あつい」
「見りゃ分かる」
「……」
ルティは、じとっと串を見る。
それから、ふー、ふー、と真剣な顔で冷まし始めた。
セレナが思わず吹き出す。
「そんな真面目な顔ですること?」
「……やけど、いたい」
「それはそう」
バルドまで少し笑った。
その空気を見ながら。
リオンだけは、森の奥を見ていた。
焚き火の光が届かない場所。
黒い木々。
風のない暗闇。
「……」
ガイルが、低く聞く。
「何かいるか」
「……いる」
短い返事。
「だが、近づいては来ない」
「見てるだけか」
「まだな」
その言葉で、空気が少し冷えた。
ルティも、なんとなく森を見る。
暗い。
深い。
まるで、森そのものが眠っていないみたいだった。
「……」
その時。
こん。
遠くで、鐘が鳴った。
ルティの肩が揺れる。
また。
壊れた鐘の音。
「……近い」
小さく呟く。
セレナが、すぐルティを見る。
「どこから聞こえる?」
ルティは、耳を澄ませる。
北。
でも。
それだけじゃない。
「……した」
「下?」
「……うん」
その瞬間。
リオンの目が細くなる。
「……地下道か」
「地下道?」
バルドが眉をひそめる。
リオンは、焚き火の向こうにある崩れた石碑を見る。
「この辺りには昔、鐘楼へ繋がる巡礼路があった」
「今は埋もれてるはずだ」
「だが境界が近い時だけ、道が戻ることがある」
その言葉に。
セレナの顔色が変わる。
「……待って」
「その道、使われていたのは」
「境界封鎖前だ」
リオンが答える。
「つまり」
ガイルが低く言う。
「向こう側へ、一番近い道ってことか」
焚き火が、ぱち、と鳴った。
その音が、妙に大きく聞こえる。
「……」
ルティは、胸の奥がざわつくのを感じていた。
鐘の音が、少しずつ近づいている。
こん。
こん。
今度は、はっきり。
地面の下から。
「……っ」
その瞬間だった。
ざり、と。
焚き火の向こうの地面が動いた。
全員の視線が向く。
土が、崩れる。
ゆっくり。
まるで下から押し上げられるみたいに。
「下がれ!!」
ガイルが叫ぶ。
次の瞬間。
地面が、ぼこりと割れた。
「っ!?」
ルティが息を呑む。
割れた地面の下。
暗い穴。
石の階段。
下へ続いている。
冷たい風が、そこから吹き上がってきた。
そして。
こん。
鐘が鳴る。
今度は、すぐ近くで。
「……」
全員が黙った。
穴の奥は暗い。
底が見えない。
でも。
そこに“道”がある。
「……冗談だろ」
バルドが低く呟く。
リオンは、穴を見下ろしたまま言う。
「鐘楼への旧巡礼路だ」
「境界が反応して開いた」
「……」
セレナの表情が険しい。
「普通は開かないわ」
「普通じゃないからな」
リオンが返す。
そして。
ゆっくりルティを見る。
「おそらく、ルティを通そうとしている」
空気が凍る。
ルティの喉が小さく鳴った。
「……わたし」
小さく呟く。
「……よばれてる?」
誰も、すぐには答えなかった。
代わりに。
こん。
また鐘が鳴る。
今度は、前よりやさしく。
まるで。
“待っていた”みたいに。
「……」
ルティの左腕が熱い。
怖い。
すごく怖い。
でも。
前みたいに、ただ引っ張られる感じじゃなかった。
「……」
リオンが静かに言う。
「ここから先は、境界が濃い」
「来た道も、戻り道も狂い始める」
「……」
「つまり」
ガイルが続ける。
「ここを越えれば、もう普通の旅じゃない」
焚き火の向こう。
暗い穴。
地下へ続く階段。
冷たい風。
壊れた鐘。
「……」
バルドが、長く息を吐いた。
それから。
乱暴にルティの頭へ手を置く。
「行くぞ」
「……」
ルティが見上げる。
バルドは、いつも通り怖い顔だった。
でも。
その目は、ちゃんとこちらを見ていた。
「お前、一人じゃねえだろ」
「……」
ルティの胸が、少しだけ熱くなる。
怖い。
でも。
ちゃんと帰る。
「……うん」
小さく頷く。
その瞬間。
穴の奥から。
ふっと、誰かが笑った気がした。
子どもみたいな。
でも。
ひどく寂しい笑い声だった。




