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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第34話 残った違和感


朝。


白樺亭の窓から、やわらかな光が差し込んでいる。


昨日までと同じ朝。


焼きたてのパンの匂い。

鍋の湯気。

木の机と椅子。

常連たちの、少し眠そうな声。


全部、変わらない。


――変わらないはずだった。


「……」


ルティは、皿を持ったまま立ち止まっていた。


視線は、床。


何もない場所。


昨日、あの“円”が開いた場所。


今はもう、線は見えない。


歪みもない。


けれど。


「……ある」


小さく、つぶやく。


完全には、消えていない。


空気の奥に、薄く残っている。


誰も気づかないくらい小さい。


でも、ルティには分かる。


「おーい、ルティ」


カウンターの向こうから、バルドの声が飛ぶ。


「皿止まってるぞ」


「……うん」


ルティは、小さく返事をする。


それから、また歩き出す。


歩きながらも、視線が揺れる。


床。

壁。

窓際。

人の足元。


見えてはいない。


でも、“探している”。



「……なあ」


奥の席で、リックが声を潜める。


「昨日の、なんだったんだ?」


「知らねえよ」


隣の男が答える。


「でも、あれ、風じゃなかったよな……」


「……」


別の席では、ミーシャが静かに湯飲みを握っていた。


顔色は戻っている。


笑ってもいる。


けれど。


「……寒い?」


バルドが聞く。


ミーシャは、少しだけ間を置いてから笑った。


「もう平気」


そう答える。


でも。


指先だけは、まだ少し白い。


「……」


バルドは、その手を見る。


何も言わない。


けれど、表情は晴れない。



そのとき。


「ルティちゃん」


小さな声。


ミコだった。


今日も、ふらりと店へ来ている。


「……」


ルティが見る。


ミコは、少しだけ近づいてきて。


それから、小さな声で言った。


「……まだ、いるね」


「……!」


ルティの目が、わずかに開く。


「……みこも、わかる?」


「うん……ちょっとだけ」


ミコは、不安そうに床を見る。


「なんかね……へんな感じする」


「……」


ルティは、少し考える。


それから。


「……だいじょうぶ」


ぽつりと言った。


自分でも、理由は分からない。


でも。


今は、それを言わなければいけない気がした。


「……」


ミコは、しばらくルティを見る。


それから、小さくうなずいた。



その様子を。


少し離れた場所から、ガイルが見ていた。


壁にもたれたまま。


腕を組み、静かに。


「……早いな」


低く、つぶやく。


想定よりも早い。


影響が、周囲へ広がっている。


しかも。


“見える者”が増え始めている。


「……」


視線が、ミコへ向く。


普通なら、感じるだけで終わる。


違和感。

悪寒。

夢。


その程度だ。


だが、あの子は違う。


“位置”を認識した。


つまり。


境界が、町へ馴染み始めている。


「……最悪だな」


小さく、吐き捨てる。



その瞬間。


店の扉が、静かに開いた。


風が入る。


「……」


ルティの肩が、ぴくりと揺れた。


空気が、変わる。


昨日とは違う。


もっと薄い。


もっと静か。


けれど。


確実に、“近い”。


「……」


入口に立っていたのは、旅人だった。


長い外套。

帽子を深くかぶっている。


顔はよく見えない。


ただ。


「……」


ルティの目が、じっと相手を見る。


胸の奥が、ざわつく。


違う。


昨日のフードの男とは違う。


でも。


同じ“向こう側”の匂いがする。


「……いらっしゃい」


バルドが言う。


いつも通りの声。


けれど、その目は鋭い。


旅人は、小さくうなずく。


それから。


ゆっくりと店の中へ入った。



床が、きしむ。


その足音に合わせるように。


「……」


ルティの視界の端で。


ほんの一瞬だけ。


壁の線が、揺れた。


「……!」


息が止まる。


見えた。


今。


確かに。


「……ルティ?」


ミーシャが、不安そうに呼ぶ。


ルティは、答えない。


視線を外せない。


旅人が通った場所。


そこだけ、空気が薄く歪んでいる。


「……」


ガイルの目が、細くなる。


気づいた。


同じものを。


「……おい」


バルドが、低く言う。


「お前、誰だ」


店の空気が、一瞬で変わった。


旅人の足が止まる。


静寂。


皿の音も、人の声も消える。


「……」


旅人は、ゆっくりと顔を上げた。


その瞬間。


ルティの背筋に、冷たいものが走る。


「……っ」


知らない。


知らないはずなのに。


“知っている”。


境界の奥で。


どこかで。


触れた気配。


「……」


旅人が、静かに笑った。


「……なるほど」


低い声。


「もう、ここまで来ているか」


その言葉と同時に。


店の奥で。


カタ、と音が鳴る。


誰も触れていない皿が、わずかに動いた。


「……!」


ミコが、息をのむ。


ルティの指先が、ぎゅっと握られる。


黒い痣が。


ほんの少しだけ、広がった。

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