第三生 爪狸
第1-2話のpvありがとうございました!
暫く人間出てこないかもです。笑
再び意識を取り戻したとき、私は、私だった腹を割かれ絶命している牙兎を前にしていた。
前足に備わった大きな爪から、ボタボタと垂れる血液を眺めて、呆然としていると、牙兎の記憶が流れ込んで来た時と同様に、映像が頭の中を巡った。
大きな爪を武器にする、狸のような動物。爪狸とでも呼ぼう。その幼少の記憶から、今までの野生の知識。
顔より大きな爪は強く、小動物程度なら一撃で仕留めることが可能のようだ。森のなかでも水場が近い、この周辺に寝床を構え、獰猛な天敵達を避けながら、細々と木の実や、小さな虫、鼠などを食料としていた生活をしていた。
今日も細々と食料を漁っていたところ、自分より一回り小さな動物が、脇目もふらずに走り寄って来ていた。目を凝らして見れば、幾度か捕らえたことのある、牙の大きな兎。自分でも簡単に仕留められるうえに、かなりの食いでがあり、魔石も食べられる。格好の獲物だった。
そのまま自分の目の前に近づいて来たところで、爪の一撃を与えた。
爪は、私だった牙兎の腹を切り裂き、即死に至らしめたようだ。そこで爪狸としての意識は途切れ、私の意識に移った。
「グラァアアアアアッ!」
また自分を殺した動物に乗り移ったことを認識し、言葉にならない叫びをあげた。
スライムだったときとは違い、死んだ瞬間の痛みと、殺した瞬間の血肉を裂く感覚が身に染みて、また猛烈な吐き気を覚えた。血に染まる爪が気持ち悪く、前足を振り上げ、爪を土に何度も、何度も刺して、血と腹を裂いた感覚を拭おうとした。
息が切れるまで無我夢中で土を刺した後、その場に倒れ伏せた。
息を整えながら、横目で私だった牙兎の死体を見る。
腹から内蔵がまろびでて、血溜まりができている。再び嫌悪感が込み上げてきそうになったとき、内蔵の隙間にキラリと光るものを見つけた。透明なガラス片のようなもの。
途端に嫌悪感を上回る、食欲の高まりを感じた。美味の記憶が口内の涎の分泌を誘い、抗えず起き上がり、一歩一歩牙兎の死体に近づく。
『魔石…!』
震える爪で魔石をほじり出すと、スライムからでたものより一回り大きかった。
キラキラ光る表面を血が滴り落ちるが、もう気にならなかった。とにかく魔石を食べたい、あの美味を味わいたいという思考に支配され、口へ放り入れた。
『おいしい!すごい!!おいしい!!!』
美味を楽しむこと以外の思考が弾け飛んだ。口のなかで、カラコロと十分に転がしてから歯を立てる。噛み砕くほど更に美味しさを感じられ、夢中で貪った。
飲み下し、幸悦のため息が出た。加えて、自分が強くなった感覚が沸き、ピシピシッという音をたてながら、爪が些か伸びた。
そんな体の変化に気づけぬほど、私の食欲は高まったままで、先程まで嫌悪の対象であったはずの、私だった牙兎の死体が、極上の食料に思えてならなかった。
『アタタカイ』、『オイシイ』、『タベタイ』
自分の意識でない声に、脳内が支配される。
仕留めてすぐの、体温を残す内蔵が爪狸の特別の好物だったようで、腹から見える赤い塊にかぶりつきたい衝動に駆られる。
ノロノロと爪を立て、内蔵を引きずり出す。まだほんのりと暖かい肉塊を、定まらない思考のまま口に運ぶ。
恐らく人間の味覚であれば耐えられない生臭さだったのであろうが、今の私にはかなりの美味に感じられた。
魔石には及ばないものの、肉の旨味が口に広がり、食欲を満たしていく。噛むと溢れてくる血さえ、ステーキの肉汁のように感じた。
気がつけば、夢中で死体を漁って、肉を次々口に運んでいた。グチャグチャと音を立て、顔に血が付くのも構わず貪った。
次第に牙兎の体積は萎んでいき、可食部はなくなった。食べ散らかされた残骸を見つめ、ようやく食欲が収まった。
冷静になるほど、嫌悪感が募っていく。我を忘れ、自分の死肉を貪った。
『死にたい!死にたい!死にたい!もういや!』
希死念慮が去来し、理解不能の状況に混乱する。ただ、このまま死んでも死んでも、殺された対象に乗り移るのだろうと予測できたため、無闇に走り出しはしなかった。
少しでも安らげる場所で思考を整理したかったため、記憶にある爪狸の寝床に向かった。
寝床はいくつかあったが、特に頻繁に使用しているのは、水辺近くの茂み。鬱蒼とした木々の隙間にあり、外敵から身を隠しながら、水源を確保できる場所だった。
そこへ身を落ち着け、今の状況を整理する。
どう考えてもここは現実の地球ではない。
スライムなんてファンタジー生物がいる限り、いわゆる異世界だろうと思う。
初めは死の縁にいるときの夢か何かと思っていたが、牙兎の最期の痛みはとても幻の感覚とは思えない。
『異世界転生…。』
漫画やアニメで幾度となく見た、一度死んで、別の世界へ生まれ変わる設定。それが現実の私の身に起こったのだと理解した。
『帰りたい…。お母さん、優真くん…。』
もう会えない、最愛の2人を想い、涙が零れた。狸って泣けるんだな、なんて場違いなことも思ったが、とにかく満足するまでその場で悲壮に暮れた。
どれだけ時間が経ったのか、日が傾き始めたところで顔をあげた。
『とにかく、生きるしかない。』
ここではきっと、死んでも死んでも乗り移り、自分の死体を前にするだけだ。
死んでも、生きることから逃げられない。
とにかく生きて、ここが何なのか、元の世界に戻る方法はないのかを、探していくしかない。
半ば無理矢理に気持ちの整理を付け、流した涙の分の水分の補給と、血に汚れた体を洗うために、水場に向かった。
夕景に染まる水面に映る、狸の顔をした自分。
信じられない光景だが、向き合うほかない。
そう腹をくくり、勢い良く水のなかへ飛び込んだ。
ザブンッと音を立て、水底まで泳いだ。
体を翻し、水面を眺める。
音のない水中で、ブクブクと登っていく気泡を見つめていると、心が凪ぐ気がした。
地上に上がろうと泳ぎはじめたとき、複数の生物が向かってくる姿を視界の端に捉えた。
『逃げなきゃ!』
反射的に危険を感じ、急いで水面を目指すが、向かってきた生物、カワウソのような姿をしていたが、それらが放つ刃のような水流が私を襲った。
必死に前足を振り回し、爪で刃を切り霧散させた。いくつか受けきれず身体中に傷を受け、血が水中に流れ出す。
傷を増やしながらも、もう少しで地上へという時に一際小さな刃が喉元に迫っていた。
大きな刃に気を取られ、見逃していたようだ。
そのまま刃は喉を切り裂き、大量の血が溢れる。遠くなる意識のなかで、なおも迫り来る刃たちと、カワウソの群れが見えた。
その中で、母に抱かれた幼い個体を見つけた。
それを羨ましく思いながら、私の意識は途切れた。
閲覧いただき、ありがとうございます。
ラストだけ決まっており、途中は構想しながらの投稿ですので、修正の可能性はあります。
拙い文ですが、最低週に一回は更新したいとおもっていますので、今後もいらしていただけると嬉しいです。
もし気に入っていただけましたら、評価・ブックマークへの追加をお願いいたします。
…兎の生肉って、実は美味しかったりするのかな?




