全能の聖騎士
「お前の目論見は大凡検討がつく。ミカエラの暗殺だろう? しかし残念だったな。お前は誰一人殺せやしない。何故なら、今この場にはコイツがいるからな。うちの秘蔵っ子だ」
ミリアはそう言うと、親指でパトリックを指した。
ミカエラとは、現在のレオンクロスの隊長にして第一席であるミカエラ・グランセーナ。初代マリー、二代目ウルティア、そして三大戦乙女の登場以来、アスガルド聖教史上六人目のヴァルキュリアに最も近い存在とまで言われる若き女性聖騎士である。
二年前にアルトレンツ司祭とハイネリーゼに加えてもう一人の別のエインヘリアを三人同時に相手し、圧倒したほどの強さを持つ。ミカエラとは女教皇ミリアに次ぐアスガルド聖教の重要人物の一人であり、全聖騎士たちの主柱的存在でもあるのだ。
ハイネリーゼが何故アシュリーに化け、敵の本陣に潜入したのか。その理由はミリアの言う通りレーヴァテインにとって最も厄介且つ危険視するべき人物であるミカエラの暗殺に他ならない。彼女を討てればアスガルド聖教の士気や戦力を大幅に削れると言っても過言ではないからだ。
自身の討伐任務でフランスに来たアシュリーから、何らかの方法で今回の会議について知ったハイネリーゼはこれ幸いとアシュリーの姿を借り、隊服を奪ってまで乗り込んできた。そうするだけの価値がミカエラという聖騎士の命にはあるというわけだ。
「そのボウヤひとりにミカエラの代役が務まるだなんて……ましてや、たった一人でこの私の相手をさせるだなんてアナタも耄碌したんじゃない? ミリア」
余裕と妖艶さを兼ね備えた笑みを浮かべながらハイネリーゼは問う。しかし、ミリアの表情からも余裕は消えることはなかった。
「なら試してみればいい。いい歳こいて厨二病を拗らせた年増に見せてやれ、お前の実力を」
自信に満ちた表情でパトリックの背中を叩いたミリアに対し、僅かな躊躇を示したのはパトリックの方だった。
「よろしいのですか? 相手はあの仇花ハイドランジア。全力を出さざるを得ないと思いますが……」
パトリックの言葉の意味することはハイネリーゼを除くこの場の全員が理解していた。それを踏まえてミリアは答える。
「お前のやるべきことは二つ。〝神託〟は二回まで。そして確実にヤツを殺すこと。お前の存在を他の連中に知られたら厄介だからな」
「……御意。女教皇の仰せの侭に」
覚悟を決めたパトリックは腰に差した剣を抜き構える。
「レオンクロス第二席パトリック・アーノイ。参る!」
「ミリアお気に入りのボウヤなら念入りに壊してアゲル。いくわよ!」
先に仕掛けたのはハイネリーゼ。
その手にはいつ取り出したのか青みがかった透明な剣が握られていた。
「まずは小手調べ。これを避けられるかしら?」
凄まじい踏み込みから放たれた首への刺突。その動きはまさにアスガルド聖騎士特有の剣技だった。レオンクロス随一の剣の腕を持つアシュリーにも引けを取らない鋭敏な剣捌きにパトリックは剣で受ける事も避けることも叶わぬまま刺突が首に直撃した。
「こんなヌルい攻撃、避けるまでもない」
剣がパトリックの首に当たった瞬間に響いた金属音。見ると、剣先が当たっているパトリックの首の一部だけが鈍色の輝きを放っていた。
まるで鉄のよう、ではない。
本物の鉄と化してしたのだ。
ハイネリーゼはこの現象に覚えがあった。
「〝忍耐〟の加護。なら戦い方を変えなきゃね」
己が肉体を鋼鉄と化す忍耐の加護。その気になれば全身を鋼鉄に変化させることも出来る為、この加護の前では如何なる物理攻撃も無意味。元聖騎士であるハイネリーゼは当然それを知っている。すぐさま持っていた剣を手放すと、剣は忽ち大きな水の球体となりパトリックの全身を包み込んだのだ。
「肉体にダメージを与えるだけが戦いじゃないわ。そのまま窒息しちゃいなさい」
水に全身を包まれたパトリックは鋼鉄化を解除すると、他の隊員らに向けて軽く左手を挙げて見せた。「下がっていろ」の合図である。
隊員らがパトリックから僅かに距離を取ったその直後、彼の身体に纏わりついていた水包が内側から弾けた。突如部屋中に巻き起こった凄まじい突風。風圧で室内の窓ガラスは全て割れ、気付けばパトリックはハイネリーゼの後ろに立ち、既に剣を振り下ろしていた。
ハイネリーゼはこの技にも見覚えがあった。しかし、この青年がまさかそれを放つなどとは全く予想していなかったのだ。何故なら、この疾風を纏った目にも止まらぬ超高速の斬撃はミリアにしか扱えないはずだったのだから。
「い……今のは〝威風〟の加護。まさかこのボウヤ、加護を複数使えるの!?」
驚いている間に袈裟斬りにされたハイネリーゼ。側から見れば勝負あり。しかし、パトリックは振り返り再度剣先をハイネリーゼに向けて構えた。
「下手な芝居はやめろ。放った一撃に全く手応えを感じなかった。まるで水を斬っているかのようにな」
パトリックがそう呟くと、ハイネリーゼの身体は忽ち水となり床を濡らした。直後、パトリックの側にあった窓際の花瓶がカタカタと揺れ始めたのだ。
窓ガラスが全て割れ、壁に飾ってあった絵画や調度品の殆どが倒れるほどの疾風が室内に発生したにも拘らず、その花瓶が未だ床に落ちずにいる不自然。皆がそれに気づいた瞬間、陶器を内側から貫きながら硬質化した水の針が無数に飛び出したのだ。他の隊員が助けに向かおうとするも一旦下がったことが仇になり助太刀には間に合いそうもない。
忍耐の加護で身体を鋼鉄化するかと思いきや、意外にもパトリックは目を瞑ってただ一言呟く。
「……すみません、隊長」
パトリックは迫り来る水の針に左手を向け瞬時に凍らせると、剣を両手で構え真上へと向けて突き上げた。
「なっ!!?」
パトリックの見据える先。頭上には今まさに攻撃を加えんと水の剣を振り下ろそうとしているハイネリーゼ。天井から滴った一雫の水滴が人の形へと姿を変えている最中であり、確実に仕留めたかと思っていた矢先にまさかの反撃。これには流石のハイネリーゼも驚愕。水の分身、花瓶からの奇襲。それらを囮にした絶対的死角である頭上からの攻撃は見事に看破されたのだ。
剣先が触れる寸前でハイネリーゼは再度身体を水へと変え、串刺しになる一歩手前でパトリックの一撃をすり抜けた。
まるで思考や未来を見透かされたかのような感覚。それはまさしくハイネリーゼがミカエラと初めて対峙した時に味わった感覚に似ていた。
更に厄介なのは忍耐と威風に加えて一瞬だが〝不屈〟の加護まで使って見せた事実。同期であった三大戦乙女の加護の内、二つを使用したとあっては流石のハイネリーゼも考えを改めざるを得なかった。
「どうした? 予告していた三分まであと二十秒ほど残っているぞ」
柱時計に目をやったパトリックはハイネリーゼにそう告げる。表情に一瞬怒りを滲ませたハイネリーゼだったが、一呼吸置いて冷静さを取り戻す。
「生意気なボウヤ。ミカエラより少しだけ厄介じゃない。いいわ、今回は退いてあげる。本気を出してあげても良いんだけど、古巣とはいえここは敵陣のド真ん中。他の有象無象ならともかくこんな隠し玉に加えてミカエラまで出てきたら流石の私も無傷じゃ済まなそうだし。今は何よりアルトレンツへの報告を優先しなきゃね。また会いましょう、ミリア」
「逃すかッ!」
パトリックは剣をハイネリーゼに向けて投げ放つが、ハイネリーゼは体を水に変化させ割れた窓から外へと逃げていった。
「如何なされました!? 敵襲ですか!?」
「ご無事ですかミリア様!!」
パトリックが床に突き刺さった剣を抜き、腰の鞘に納めたと同時に獅子の間へ他の聖騎士たちが挙って応援に駆け付けてきた。
「チッ、今更来てもおせーんだよ。コッチに来るより逃げた敵を追えってんだ無能ども。なぁ、シュン。あ? シュン? アイツどこ行きやがった?」
悪態をつくアルベルトに対し、一人の聖騎士が答える。
「シュ、シュン様なら我々とすれ違いに厨房へ戻って行かれましたが……」
「あんの料理バカ! せめて敵を追えってんだよ。パトリックさん、今から俺が追って来ましょうか?」
「いや、いい。今から追ってももう追いつけないだろう。それよりアシュリーの安否が気掛かりだ。無事であれば良いのだが……」
不安そうな顔を見せるパトリックの懐からスマートフォンの着信音が鳴り響く。
「もしもし、私だ」
「あっ、パトリックさん? 私ですアシュリーです」
「なっ、アシュリー! 良かった、無事だったのか。今どこにいる?」
「本部の門の前です。なんかいつもより警備が厳重で全然入れてもらえないんですよぉ。あっ、あと怒らないで聞いて欲しいんですけど……」
「なんだ、言ってみろ」
「フランス滞在時にコインランドリーで隊服盗まれちゃったみたいで……」
心底申し訳なさそうにそう告げるアシュリーの言葉を聞いたパトリックはふと床に目をやる。そこにはアシュリーに化ていたハイネリーゼが着ていた隊服が落ちていた。
「や、やっぱり怒ってますよね……レオンクロスは除隊でしょうか? 最悪除隊でも構わないんで、せめて中に入れてもらえないでしょうか。薄着でコッチに帰ってきたので寒くって。あと、誰でも良いんでお迎えは女の人にお願いします」
溜息一つ吐いたパトリックはアシュリーに告げた。
「……わかった。君には色々聞きたいことがある。今迎えの女性騎士を寄越すから少し待ってろ。あと隊服は心配するな。さっき親切なエインヘリアが届けてくれたとこだ」
それだけ伝えると、パトリックは本物のアシュリーとの通話を切ったのだった。




