仇花
「彼岸花か。その名で呼ばれるのは随分と久しいな。私が戦場に立つと血の嵐が吹き荒れ、一面真っ赤な死に花を咲かせることからそう呼ばれたのがキッカケだったか。初めはそう呼ばれるのが心底嫌いでな。まるで死神のようではないか。しかし、ある二人の戦友と出会い、そう呼ばれるのが段々と誇らしくなったものだ」
目を瞑り、懐古するミリアに対してパトリックが語りかける。
「〝雪月花〟〝紫陽花〟この御二方を加えて三大戦乙女と称された。あの時代はまさに黄金世代と呼ばれレオンクロス史上最強だったと聞いております。ですが……」
そこでパトリックは言葉に詰まった。
何故なら、この栄光の過去はある種の禁忌と隣り合わせ。当事者であり、現女教皇の座に就いたミリア本人の前で口にするのは隊長代理の第二席とて憚られる。それを汲んだミリア自身がその続きを口にした。
「今回のマルグリットの件にも通じる話だが、時折どうしても私利私欲に走る奴はいるものさ。どこの組織にもな。紫陽花が我が聖教では仇花と称されている事からも察せるだろうが、こういう件は初めてじゃない」
当時、ミリアがレオンクロスの第一席。つまり隊長を務めていた時の同期に二人の戦乙女と呼ばれていた隊員がいた。
そもそもヴァルキュリアとは百年に一度その称号を得る女性が現れるかどうかの存在。聖騎士というより、寧ろ神格に近い存在とされている。伝承ではオーディンの加護を超越した力、奇跡さえも起こせると記されており、原初の戦乙女であるマリー・ゴールドから始まった花の名と共に与えられるアスガルド聖教内で最も伝統ある名誉な称号。マリーの後に戦乙女の称号を手にしたのは、レオンクロスの名の由来にもなった獅子将ウルティア。またの名を〝蒲公英〟ウルティアと呼ばれていた。
「戦乙女。その資質を持つ者が同期に三名。手前味噌だが黄金世代と呼ばれるには充分過ぎる。あの頃のレオンクロスは空前絶後の人材が揃っていた。第二席に雪月花、第三席に紫陽花。それだけの戦力があったからこそ当時はレーヴァテインを壊滅一歩手前まで追い込められた。しかし、そうはならなかった。何故だかわかるか? アシュリー」
突然質問を投げかけられたアシュリーは挙動不審な様子を見せながらも、懸命に答えた。
「えっ、あっ、はい。確か……紫陽花が乱心し、仲間たちを斬り殺してレーヴァテインに寝返ったからと聞いています」
「その通り。私は当時その現場にいてな。エインヘリア化したヤツに聞いたよ。『なぜこんなことをしたのか』とね。するとアイツなんて言ったと思う?」
『永遠の若さ、美貌、そして強さが欲しかった』
「バカだよな。そんなくだらない理由で仲間を殺し、その魂を邪神に捧げる儀式の供物にしやがったんだよ。聖教徒の魂はより強大な邪神を呼ぶ糧になる。それを大量に用いたおかげでヤツはアルトレンツの持つ邪神と並ぶ強大な邪神をその身に宿した」
悲しそうな表情のまま自身の過去を語るミリアを隊員たちは黙って見ているしか出来なかった。大きく溜息を吐いたミリアは再びアシュリーに問う。
「そう言えばアシュリー。フランスでその紫陽花に会えたか? 本来ならそっちにマルグリットを回そうかと考えていたがヤツじゃ負けはしないだろうが勝ちの目はゼロだったからな。だから急きょお前に行ってもらうことになってしまった。済まなかったな」
アシュリーは慌てて両手を振って答える。
「そんな。謝らないでください。それに私は仇花を見つける事が出来なかったのですから……」
アシュリーがフランスに行った理由こそ、仇花と呼ばれる裏切りのレオンクロス元第三席であり女教皇同様ヴァルキュリアの称号を持つ者の一人。これの討伐任務であった。
「そうか。それよりわざわざ土産まで買ってきてくれたんだってな。ここに戻ってくる途中で門番に聞いたが、アシュリーがマフラーを巻いてくれたと喜んでいたぞ」
ミリアがそう呟くとレオンクロスの他の隊員たちは一斉に席を立ち、アシュリーに敵意を向け始めた。
「えっ、ちょっ、皆さんどうしたんですか?」
困惑するアシュリーに対して、パトリックは答えた。
「アシュリーは極度の男性恐怖症だ。例外はあるらしいが、基本的に自ら男に近づくような事は断じてない。貴様、何者だ!」
俯き押し黙ったままのアシュリーだったが、しばしの沈黙の後、仰反るほど大笑いを始めた。
「アーッハッハッハ! あの子、男嫌いだったんだぁ。楽しそうに幼馴染の話してたから全っ然気付かなかった。あー可笑しい」
笑い過ぎて涙を拭いながら立ち上がったアシュリーの姿をした何者かに対し、アルベルトは吠える。
「テメェ! うちの末席に何しやがった!」
「なにもしてないわよ。強いて言えば、シャンゼリゼ通りでお茶したくらいかしら」
「ナメやがって! ブチ殺してやる!」
「よせ、アルベルト!」
今にも敵に向かって飛び出さんばかりのアルベルトを一喝で静止させたのはミリアだった。
「なんで止めるんですか!」
「お前がヴァルキュリアである私に勝てるのなら挑むがいい。出来ないなら無駄死にするだけだ」
そのミリアの一言でこの場にいる全員の疑問が全て解決した。
何故、魔力を放つエインヘリアが誰にも悟られずここまで侵入出来たのか?
答えは元聖騎士であった為、他の純粋なエインヘリアより放出される魔力が微弱で感知し辛かったから。また、元聖騎士であれば敷地内は把握しているのは当たり前だ。内装関係は何百年も変わっていないのだから。
普段レオンクロスの会議に参加しないミリアがわざわざやって来たこと。加えて昔話をした理由。それらの材料を含めて考察すると、このアシュリーの姿をした敵が何者であるかは自ずと見えてくる。
ミリアがその者の本当の名を呼ぶ。
「久しいな、仇花——いや、元レオンクロス第三席、紫陽花のハイネリーゼ」
ミリアの呼び声に応えるように隊服を脱ぎ捨てたアシュリーの身体は水のようにドロドロと変容し新たな姿へと変わっていく。
紫色の長い髪に右目には黒い眼帯をした漆黒の衣装に身を包んだ妖艶な女。
「もっと早くバレるかと思っていたけど、今のレオンクロスってこんなにレベルが低いのね。私が居た頃と比べたら天と地ほどの差があるわ。三分あれば皆殺しに出来そう。例えアナタが居ても、ね。ミリア」
レーヴァテイン邪教団幹部エインヘリアが一人、ハイネリーゼ・フォン・ブラウンは不敵な笑みをミリアに向けた。




