緊急会議③
空気が変わるとは、まさにこのことである。
レオンクロス第二席にして隊長代理のパトリックが入室した途端、先程までシュンとアルベルトが放っていた一戦交えんばかりの険悪な雰囲気は一気に払拭されたのだ。
威厳と自信に満ちた立ち振る舞いは聖騎士の鏡。〝歩む姿が騎士道そのもの〟とまで称賛される男。狂犬アルベルトがこの世で最も信頼し、崇拝レベルで心酔しているというのも素直に頷ける。
パトリックは第二席に座ると、皆を見渡し口を開いた。
「エリシス以外は皆揃っているな。よろしい。では早速会議を始めよう。今回の議題は二つ。一つは既に聞き及んでいるだろうが我らレオンクロス第六席、マルグリット・ロアンナの件だ」
命令を無視し、勝手にエデンに向かった挙句マフィア共を殺して回ったという聖職者にあってはならない凶行。そのマルグリットに対する今後の処遇についてが今回の会議のテーマの一つである。
それに対し、まず先に口を開いたのはアルベルトだった。
「マフィアどもが何人死のうが関係無いですが、俺たちレオンクロスの看板に泥を塗った奴なんか破門でいいですよ。そもそもあいつ死なないんだからほっといていいんじゃないですか? マワされてなければですけどね。パトリックさんでも奴の安否はわからないんですよね?」
「アレに関してはそもそも〝同調〟出来んからな。私に感知出来ないのはアレともう一人。アシュリー、お前の二人だけだ」
急に名を呼ばれたアシュリーは咄嗟に愛想笑いをするしか出来なかった。
『私もアルベルトの意見に賛成だ』
タブレットに映っている銀髪の男が言葉を発した。第三席のユーゴである。
『独断行動、規律違反、殺人罪。これらを踏まえても情状酌量の余地は無い。マフィアの慰み物となり死んでいるならそれで良し。仮にもしまだ生きているとしても捨て置くべきだ。レーヴァテインの動きが活発になっている今、司祭のアルトレンツやエインヘリアの一人エドウィンまで動いているとなるとマルグリット一人の処遇に時間を割くのは得策とは言えん』
「ユーゴとアルベルトの意思はわかった。シュンとアシュリーはどうだ。何か意見はあるか?」
「いや、特には。あたしが言うのも何ですが、マルグリットってレオンクロスとしての仕事にあまり積極的じゃなかったじゃないですか。あの子が強いわけじゃなく、あの子の加護が強いってだけで別に居ても居なくてもどうでも良いんじゃないですかね。というか、まだ続きそうならあたしもう抜けて良いですか? 厨房の様子が心配なんで」
「わ、私も他の皆さんと同じ意見で……そもそも末席の意見なんて有って無いようなものですから」
満場一致でマルグリットの処遇は決まった。
「なるほど。皆の意見はわかった。ではもう一つの議題に移ろう。シュン、もう少しだけ待っていてくれ」
パトリックはそう言うと、テーブルの上に一つのパケ袋を置いた。
「マルグリットは一つだけ良い仕事をした。それがこいつだ」
「なんですか、それ? 料理用のハーブ……ってわけじゃなさそうですね」
百聞は一見に如かず。
そう言わんばかりにパトリックはシュンの質問には言葉で答えず袋からテーブルにばら撒いた乾燥植物片の中に混ざっている種子に懐から取り出した小瓶に入っている液体を一滴垂らした。すると、種子はカタカタと揺れ動き出し、無数の触手をうねらせ苦しそうにもがいていた。パトリックが垂らしたのは聖水。魔力を内包していた種はテーブルの上でひとしきり暴れた後、ひとりでに発火し灰と化した。
「先週マルグリットが送ってきたものだ。これを手にしたディエゴと名乗るマフィアはエルサルバドルの市場付近で謎の少女から貰ったと言っていたらしい」
「パトリックさん! そ、そいつってもしかして……」
やや、興奮気味に席から立ち上がったアルベルトはどうやら気づいたらしい。この種をマフィアに授けた張本人に。
「ああ。アルトレンツの対立派閥レーヴァテイン旧約派の司祭で間違いないだろう」
アスガルド聖教の忌むべき敵対組織である邪教団レーヴァテインの目的は単純明快。世界を滅ぼすこと。崇拝する絶対神ロキの意思を引き継ぎ世界終末を起こすこと。真の理想郷を創るためには一度今ある世界を滅ぼして再構築しようというもの。狂った思想ではあるが、彼らは本気でそれがこの世で最も崇高な善業であると盲信しているのだ。またその際、レーヴァテインの教徒のみロキの庇護により新世界でも再びこの世に立つことが許されるとされている。これが所謂、レーヴァテイン大半の理念、思想である〝原理派〟と呼ばれる派閥。それを取りまとめているのがアルトレンツ司祭と呼ばれているエインヘリアの一人である。
それに対して旧約派とは、邪神ロキが死んだ後に誕生した思想であり〝生き物は残し、人が造りし文明のみを破壊する〟というもの。生き物、植物、この世に生を受けている者は命の大小に関わらずその価値に差など無いとし、生物皆平等を唱えている派閥である。人種差別により苦しむ者や動物愛護団体、自然愛好家からの支持が多く、原理派に次いで台頭してきた派閥である。
レーヴァテインは決して一枚岩ではない。把握しているだけでもこの原理派と旧約派の二大勢力に別れていることが判明している。しかし、それでも原理派の方が過半数以上。旧約派は比較的新しい思想であるため、情報そのものが少なく内情が掴み辛かったのが現状であった。聖教内で唯一掴んでいた情報といえば、そこの司祭は〝ユグドラシルの巫女〟と呼ばれ、植物を操る魔術を用いるというだけだった。しかしここにきて意外なところで有力な手掛かりが入手出来たというわけだ。
「あのアルトレンツと同じく司祭の地位に就く者だ。我らが隊長と同格と見て間違いないだろう。そこで近々南アメリカへ誰か一人派遣しようと考えている。原理派が本格的に動きを見せる前に叩いておきたい……どうした、アシュリー。何か意見でもあるのか?」
パトリックは説明の途中でアシュリーに声を掛けた。何故なら、彼女が控えめに手を挙げていたからだ。何か言いたいことがあるらしい。名を呼ばれたアシュリーはパトリックに対してある質問を投げ掛けた。
「あっ、あの! そのミカエラ隊長の姿がまだ見えてないようなのですが……」
現場の空気が一気に凍った。
「……お前がそんな悪趣味なジョークを口にするとは思わなかったぞ、アシュリー。他に言いたいことが無いのであれば今日の会議はこれまでとするが、他に意見のある者はいないか?」
アシュリーの招いた沈黙を破る者はいない。他のメンバーを見渡したパトリックはこれ以上話すことは無いと判断し、解散を促すべく立ち上がった。
「では、他の意見は無いようなので本日の会議はこれにて終了。これにて解さ——」
パトリックが解散と言い切る直前で扉が勢いよく開いた。レオンクロスたちの視線は皆一斉にその人物へと向けられる。
「意見ならある!! ここにな!!」
バカデカい声を発しながら入室してきたのは、金や宝石を散りばめた豪華な装飾の施された純白の外套に身を纏った人物。
顔はフードを目深く被り見えないが、アスガルド聖教でこの人物を知らぬ者などただの一人さえいない。
「おっと、ビックリさせてすまんなお前たち。それで、私の意見も聞いてくれるんだろうね? パト坊」
レオンクロス第二席であり隊長代理であるパトリックを子供扱い出来る人物など、この組織には一人しかいない。プライドの高いパトリックだが、すぐさま頭を下げて返事をした。
「もちろんです、女教皇」
「その名は堅っ苦しくて好かん。もっと気軽に呼んでおくれよ。それに私もまだまだ現役の聖騎士さ。時間制限付きではあるがね」
「承知致しました。〝彼岸花〟ミリア様」
女教皇の聖衣を脱ぎ捨てた白く長い髪の女こそ、現アスガルド聖教の頂点であり前レオンクロス隊長の座に就いていた最強の聖騎士。〝三大戦乙女〟と呼ばれた人物の一人、ミリア・ヴォーダンである。




