緊急会議②
集合時間の十分前。アシュリーは紙袋を両手に持ちながら獅子の間の大きな扉をノックし、中へと入る。
返事が無かったことからなんとなく察していたが、まだ誰も来ていないらしい。室内は相も変わらずだだっ広い。そんな部屋の真ん中には数百年前からずっと使われているアンティーク調のロイヤルダイニングテーブルが一つ。そしてテーブルと同じ色をしたダークブラウンの椅子が八脚。笠木の部分には英数字が刻まれており、序列に応じた椅子に座るのが獅子十字隊の伝統である。
入室した順に自身の席に着くのが慣わしだが、アシュリーは一脚の椅子をじっと眺めていた。
「どうしたんです? ユーゴさんの席をじーっと見つめて」
急に背後から誰かに声を掛けられたアシュリー。振り返るとそこには黒いミディアムショートヘアーの少女が一人。レオンクロスの隊服ではなく、歴代給仕部隊隊長のみが着用を許されるコックコートを着ている。リウロン、デュランに次いで伝統を受け継いだのが彼女、呉 迅麗。炎を操る〝情熱〟の加護を持つレオンクロスの一人であり給仕部隊の現隊長を務める人物。また、現職の獅子十字隊で最年少ということもあり、聖騎士の中でも屈指の実力者と言えど全体的にどこかあどけなさが残っている。
そんな彼女が統括している給仕部隊の厨房は日々大量の兵糧を賄うため、毎日が戦場とまで言われているほど過酷で激務。どの部隊よりも早く起き、材料の仕込みを行い朝、昼、夜とひたすら動き回るため並みの体力では到底続かない。
また、周りの訓練生に馴染めぬ問題児や体力や腕力だけが取り柄の荒くれ者が行き着く終着点でもある。あのデュランを輩出した部隊と言えば、それだけで給仕部隊の根底が窺い知れるだろう。それを若干十五歳の少女が纏め上げるのは長いアスガルド聖教の歴史の中でも異例中の異例。故に給仕部隊隊長就任最年少記録保持者でもある。更に言えば、レオンクロスと給仕部隊隊長を兼任しているのは彼女が聖教史上初でもあった。
普段の激務もあって滅多に会議には参加しないのだが今日は珍しく時間に若干の余裕があるとのことと、長引くようであれば途中退席を特例付きで許可してもらったことで出席を表明したのだ。
「アシュリーさんの言いたいことはわかりますよ。ユーゴさんは基本的には格納庫にいますし、会議も基本ウェブ参加ですもんね。ぶっちゃけあの椅子いらないですよねぇ。それに南極駐在のエリシスだって今日も欠席みたいですよ。彼女に至ってはもう三年位会ってないですし、五番の椅子もいらないですよ。ってゆーか、早く終わらないかなぁ。夕食の仕込みがまだ残ってるんですよねぇ。ちなみに今日はディルとサーモンのマリネと香味野菜とジャガイモを煮込んだ羊肉スープ、ライ麦パンとコケモモのジャムを添えたヨーグルトです。昨日は麻婆豆腐だったんで、今夜はノルウェー料理でまとめてみました。あ! そういえばデュラン兄、元気してました?」
デュランの妹弟子で、詠春拳や武器術の達人。調理場では〝鬼の給仕隊長〟と呼ばれ大の男共からも恐れられるシュンだが、料理以外の事となると年頃の娘と変わらない。とにかく喋るのだ。お喋り大好きなシュンは同姓でありデュランの幼馴染でもあるアシュリーを特に気に入っており、とにかく話しかけられる。
「待って待って。入ってくる情報量が多過ぎて相槌を打つ暇さえ無いよ。というか、どこで息継ぎしてるの? ものすごい喋るじゃない」
シュンのマシンガントークを拾いきれず困っていたアシュリーたちの次に獅子の間へやって来たのはとにかく目つきが悪く、シルバーに煌めくロングコートを着た緑色の髪の青年。小脇には電子タブレットを抱えていた。
彼の名はアルベルト・ハウゼン。
入室するなり、先に来ていた女性二人に対して怒声を浴びせた。
「ウルセーぞオメーら。特にそこの末席! パトリックさんが来る前に座っとけ!」
無礼極まる態度ではあるが、これが彼にとってはニュートラル。自分より上と認めた人物以外には平然と噛み付く問題児。
このアルベルトという青年には群れに属するイヌ科の動物のように自身の中で順列を付ける悪癖があるのだ。礼儀以前に野蛮過ぎる性格が目に余るので度々上から注意を受けているのだが、一向に改善する気配がない。また、以前在籍していた実害を齎らすデュランという聖教史上最大の問題児よりは幾分かはマシという点から、彼という生き物の性質として容認するしかないと半ば矯正は諦められている。
アルベルトはギロリと二人を睨むと、三番席前のテーブルにタブレットを設置し角度の調整を黙々と行なっている。テーブルの下からケーブルを伸ばしてタブレットに接続。画面に銀髪の男が映ったところでアルベルトは七番席に座った。
「なんだぁ! やるかぁ! 格下のクセに! それに末席とはいえアシュリーさんはあたしらより年上なんだからきちんと〝さん付け〟しろデコスケ野郎!」
シュンはアルベルトの態度に対し文句を言うが、アルベルトは椅子に座ったまま黙って腕を組み目を瞑っている。完全に無視を決め込んでいた。
その不敵な態度に憤慨し拳を振り上げたシュンだったが、柱時計の針はまもなく十五時を指さんとしていたことに気づき、慌ててアルベルトに絡むのを中断し四番席に座った。その様子を見たアシュリーもシュンに倣って八番席へと座る。
柱時計から十五時を告げる音が鳴り響くと同時に一人の男が入室してきた。
金色の髪に凛々しい顔立ち。
背が高く、スマートな体型の麗人。
唯ならぬ雰囲気を醸し出している彼こそ、レオンクロス第二席にして隊長代理を務めるアスガルド聖騎士団精鋭部隊の実質的リーダー。
〝全能の聖騎士〟の異名を持つパトリック・アーノイである。




