第一章 明けぬ夜 6
「わたし達の今後か」
そう呟くヴァレリーの声には、もどかしさがあった。
テーブルを囲むソファーには、ヴァレリーの他に零、サブリナ、オルタンス、シャルロットが腰を下ろしている。場所は軽巡航艦ローレライ二の零の私室、そのリビングだ。背の低いテーブルには、コーヒーポットと五人分のコーヒーセットが置かれている。モダン調の室内は零が私物を増やすことを好まなかったので、備え付けの最低限の調度品以外何もなかったのだが今は様子が違っていた。零の部屋に自由に出入りするネリーが、ちょこちょこ零の居室を人が住むに相応しい空間に整えているのだ。以前はなかった観葉植物が置かれたり、備え付けのキャビネットにタペストリーのテーブルランナーなどが掛けられている。ネリーの色が出ていた。
ヴァレリーの呟きに重くなった空気を切り替えるように、サブリナが音律のある声を明るく響かせる。
「でも、以外ね」
周囲を見回しつつ、サブリナは続ける。
「案外ちゃんとしてるじゃない。人が住んでるんだって感じがするわ」
「俺が寝起きしてるんだから、住んでて当たり前だろう」
「そういうことじゃなくて、生活感が出てるなって思ったのよ。零のことだから何もない殺風景な部屋を想像してたから」
「確かにそうね。零って何て言うのか冷たいとかじゃなくて、もっとこう殺風景な部屋を想像してたから」
サブリナにヴァレリーが応じ、勝ち気なオルタンスが身を乗り出す。
「そう言えば、意外よね」
「案外みんな失礼ですね。愛想がなくて可愛げがない兵団長だって、人なんですよ」
皆をシャルロットは窘めるが、零はシャルロットの方が決行酷いと思う。
「俺を、人間扱いしてくれてありがとう」
棒読みで胡乱げな零に、シャルロットははっとしたようにぺこりと頭を下げる。
「あ、ごめんなさい。兵団長。そういう意味じゃないんです」
「そうよ。シャルロットは零のことを褒めてるのよ」
シャルロットを擁護するヴァレリーの強引な飛躍した論法に、そんなに自分は酷いのかと零は嫌な気分だった。
気を紛らわしたい四人の気持ちは分かるが、零は脱線した話を戻る。
「俺の部屋のことより、四人の今後のことだ」
そう一言前置きすると、零は続ける。
「決死隊は対トルキア帝国戦で女帝を狙う古代兵器運用艦ギガントス撃沈に貢献し、その功績によって罪を濯がれた。が、ヴァレリー、サブリナ、オルタンス、シャルロットの四人は、元々の地位が高すぎた。他の者達よりずっと謀反人としての罪が重いことになっている。その罪を濯がなければ、戦後四人に未来はない」
「はっきりと言うのね。けど嫌いじゃないわ。気休めを言われても、何にもならないから。後から絶望を味わうより増しね」
くすみのある金髪のサイドテールを揺らし零を見遣るサブリナは、煌めきのある榛色の瞳を幾分挑戦的にした。
赤髪を編み込んだ勝ち気なオルタンスも、弾みのある声を挑戦的にし懐疑的な赤い瞳を零に向ける。
「そんなことできるの? 確かに兵団長は、惑星フォトー、惑星レーンで生き延びること何てできないわたし達を生き残らせてきた。けど、トルキア帝国戦以上の戦功を上げるだなんて」
「難しいな」
「即答? 少しは当てがあるようなこと、言えないの」
零を咎めるオルタンスとの間に、シャルロットが済んだ声を鳴らし割って入る。
「サブリナも言っていたじゃない。気休めじゃ何にもならないって。女帝陛下を狙う戦局を左右する古代兵器運用艦ギガントス撃沈。あれほどの大功をあげることは、簡単なことじゃないわ」
「そうね、シャルロット。確かに、わたし達の罪を濯ぐほどの功績は難しい。で、難しいのは分かったから零はどう思ってるの。わたし達は、どうするべきだと思うわけ?」
シャルロットの後を継ぎ問い掛けてくるヴァレリーに、零は戦に臨む己を話す。
「俺が言えるのは、機を掴むことを諦めるなってことくらいだ。勝機ってのは、どこに転がってるか分からないものだからな」
「確かにそうね。惑星フォトーで零は、その勝機を見落とさなかった。だから、わたし達は生き延びられたんだから」
榛色の瞳に思慮を宿すサブリナの後を継ぎ、ヴァレリーが思案げに語る。
「零なら何とかなるかも。零の行動は芯が通っているわ。下位の部将であるにも関わらず、戦局を動かす献策をする。古代兵器運用艦ギガントス撃沈は、まさにそうね。只の主力兵団群の一軍団長が主導することじゃないわ。わたし達決死隊を部下に持った不利にかかわらず、戦場では図太い行動をするし。相手が誰であろうと、遠慮しない」
「只単に不貞不貞しいだけって、言えなくもないけど。最初零を見たとき、何て奴だろうって思ったものだわ」
懐かしむようなサブリナは、どこか愉しそうだった。
気持ちを切り替えるように、ヴァレリーは凜々しく引き締まった声を凜と響かせる。
「残るはミラト王国戦、前皇帝派貴族軍討伐戦、アルノー大公国・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約戦ね」
「二勢力、四つの敵が残ってるわけね」
「戦いはまだまだ続くのでしょうけど」
ヴァレリーの言葉に、オルタンスとシャルロットがそれぞれ気迫と確信が持てない態度で応じた。
現実に引き戻された様子のサブリナは、音律のある声を厳しくする。
「難しいわね。トルキア帝国戦のときのように、女帝陛下の危機を救うような功績じゃなければ。前皇帝派の中でも上位の家柄の者達の罪は濯がれないわ」
それに零は直接答えず、心中呟く。
――確かに。それにそんなことをすれば、俺の身が危うい。




