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第一章 明けぬ夜 5

空中庭園を彷彿とさせる広大で多層的なルーム。


 ボルニア帝国総旗艦アルゴノート艦橋エリア・総合指揮所だ。凝った調度と建築デザインの建築物が並ぶかの如き品の良い艦橋エリアは、一種の芸術性を帯びていた。全長十五キロメートルにもおよぶ重戦艦アルゴノートは、ここが宇宙空間に浮かぶ人工物の中なのだといった圧迫感など微塵も感じさせない。高台となった総合指揮所の下に広がるのは、お洒落なオープンテラスのカフェが並ぶ街並みさながらだ。


 前方が空中庭園を彷彿とさせる吹き抜けとなった開けた艦橋エリア中央に位置する総合指揮所の下部には大規模作戦会議を行うブリーフィングスペースを有する広大なホールがあり、その最奥には階段を上った先の高台に発令所の総合指揮卓を背に女帝ヴァージニア・ド・ダイアズ・ボルニアが虹金の総指揮官シートたる玉座に座していた。


 女帝の傍らに控えるのは、老宰相ブノア・ド・ルベッソン。玉座下の一隅では、参謀団が半球状のホログラムスクリーンが投影された机を囲んでいた。


 玉座下の右側に並ぶ白と青を基調とした戦闘礼装を纏ったオルデン・エクエス総指令マリウス・ド・ドゥラン他同エクエス上級軍団群長が十五名、軍団群長が百六十名、軍団長千六百名が随員と共に並び。その背後に第二エクエス・ロキナの総指令・上級軍団群長・軍団群長・軍団長と随員一万五千名強が並ぶ。


 反対側の玉座の左側には、西方鎮守府将軍ジョルジュ・ド・ベルジュラック大公が並び、第一エクエス・オクシデント総指令マクシム・ド・フィリドール他同エクエス上級軍団群長が二名、軍団群長が三十名、軍団長三百名が随員と共に並び、更に第二エクエス・サンクタスの総指令・上級軍団群長・軍団群長二千二百名強が並ぶ。その背後に主力兵団群の上級・中級・下級兵団群長と随員三千名強が。


 そうそうたるメンバーが総合指揮所ホールに居並ぶ中、零は玉座の正面で先遣群に参加した兵団群長モリスの随員としてサブリナとヴァレリーを伴い片膝をついていた。先遣群の総指令・オルデン・エクエス軍団群長の茶色い髪をおかっぱに切り揃えた壮年マルセル・ド・ファイエットが一歩前へ出た中央で片膝をつき、他にオルデン・エクエス軍団長、ロキナ・エクエス軍団群長及び軍団長、主力兵団の兵団群長等が随員と共にその背後に控える。


 やや低めの声を、階段を上り詰めた先の玉座からヴァージニアは放つ。


「皆の者、面を上げよ。この場は予への直答を許す」


 そう告げ一呼吸置くと、ヴァージニアは続ける。


「先遣群司令ファイエット、ご苦労だった。初戦を勝利で飾るとは、幸先がいい。よくぞ、半包囲を成功させ左翼で急襲する敵軍を破った」


「は、ありがたき幸せ。大戦に臨む味方の士気に関わります故、重要な役回りと気負っておりました」


「ふ。オルデン・エクエスの軍団群長ともあろう者が、ミラトの小物相手に緊張するとは思えぬがな」


「慢心は失敗を招きまする。戦には確実はありませぬ故、気を張るくらいが丁度いいのでございます」


「うむ。慎重なのは悪いことではない。予も武人の先人に学ばねばならぬな」


「もったいなきお言葉」


 マルセルを顕彰するとヴァージニアは、第二エクエス・ロキナの軍団群長の功を称する。


「クロエ・ド・バルテミー。先遣群左翼を率いたのは卿だ。つまり、実際に半包囲を実行した。見事である」


「は。女帝陛下のお言葉、ありがたき幸せ」


 オレンジ色の髪をショートカットにしたまだ若い女性が、片膝をついたまま一礼した。


 ヴァージニアの戦功を称える声が続き、先遣群の武勲大の者達に労いの言葉を掛けていった。オルデン・エクエス、ロキナ・エクエスの軍団長への論功を終えると、ヴァージニアは主力兵団群への褒賞へと移る。


「ホアキン・ド・ギャバン。第二エクエス相手に、よくぞ持ち堪えた。そちらの働きがなければ、半包囲が成功することはなかった」


「お褒めの言葉、恐悦に存じます」


「うむ。しかしギャバンの兵団群は、最も多くの敵第二エクエスの攻勢を受け危なかった。よくぞ崩されなかったものだ。潰走していてもおかしくなかったというのに」


「デゥポン兵団群の六合(りくごう)卿とその兵団が救援に駆け付けてくれなければ、危ういところでした。直卒兵団の瓦解が防がれましたのも、六合卿とその兵団の働きがあったればこそ」


 随員を挟んで隣に並ぶモリスの近くで片膝をつく零をホアキンは見遣り笑みを浮かべ、ヴァージニアの視線も零へと向く。


「ふむ。巡礼者の兵団は、元々は懲罰部隊の決死隊。第一・第二エクエス相当のキャバリアーが少なからず属しておった筈。よくやった巡礼者、否、零・六合」


 言い直すヴァージニアのやや低めの声が、幾分艶冶に響いた。


 と同時に、獅子の咆哮を思わせる声が響き渡る。


「貴様は、ギャバン兵団群ではなくデゥポン兵団群所属ではないか。しゃしゃりでおって」


「斜線陣を取る敵軍に対し、先遣群右翼の維持が最優先でしたから。右翼が破られれば、先遣群が瓦解いたします。作戦の成功を優先させたデゥポン兵団群長の判断は、正しかった」


 徒人ならばその場に倒れかねないジョルジュの憤激に、しかし零はまたかと内心煩わしく感じながら全く同じた風無く応じた。


 その態度にジョルジュは錆色の瞳を灼熱させ零を睨め付けた後、モリスへ視線を注ぐ。


「モリス、こやつの申すとおり貴様の指示か?」


「は。わたくしめの指示でございます。六合卿の言うとおり、先遣群右翼の役割は作戦成功のためできうる限り戦線を支えること。我が兵団群には、六合卿の他にリザーランド卿、リュトヴィッツ卿、ナイトリー卿と第一エクエスと比肩しうるキャバリアーが属しております故、六合卿をギャバン兵団群へナイトリー卿を同じく第二エクエス・ハールの攻勢を受けておりますラフォン兵団群へ派遣した次第」


 官僚的雰囲気のあるモリスはジョルジュの詰責を口調に宿した問いに、やや高めの声を穏やかにし答えた。


 嬉しげな響きを、ヴァージニアは低めの声に乗せる。


「さすがはモリスだ。其方の才幹に目を掛け、予は国境惑星ファル駐留軍司令から主力兵団群に招いたのだ。よくやった。先遣群右翼瓦解を防いだ第二の立役者だな」


「ふん、深遠なるデュポン殿の策とやらか」


 女帝の賞賛に微かに聞こえるようジョルジュは毒づき、聞き咎めたヴァージニアは幾分凜々しく妖艶な美貌を苦笑させる。


「そのように申すな、ジョルジュ。祝いの場なのだ」


「は。申し訳ござしません」


 謹厳に一礼して見せたジョルジュは、次の瞬間何かに気付いたように零の背後を見遣った。背後で気配が揺れる。そこには、零の随員として副兵団長のサブリナと副官のヴァレリーが控えていた。


 嫌な予感を覚えた零へ、ジョルジュは獰猛な顔に薄い笑みを浮かべ向けてくる。


「ふん。貴様の部下の大罪人決死隊も、まんまとこの先待つ運命から逃れおって。最もそれは全員ではない。貴様の後ろにおるルブラン侯爵家元令嬢ヴァレリーとその郎党筆頭キャバリアー・サブリナ、そして兵団におるカルパンティエ公爵家元令嬢シャルロットとラクテル侯爵家元令嬢オルタンスの四名は、未だ免罪ならず。戦後が楽しみだ」


 余興を愉しむようなジョルジュの口調に零は、痛いところを突かれた思いだった。四人のことは承知していた零だったが、取り戻した戦士の心と他国の間諜の目に留まりたくない気持ちが葛藤を生じさせていた。それが零を消極的な態度にさせ、サブリナやバレリー達を救うため行動に出ることを先送りさせていた。このままでは、ヴァレリーやサブリナの罪を濯ぐことは出来ない。


 戦後四人に待ち受ける奴隷の境遇から逃れさせるには、更なる戦果を四人に上げさせる必要があった。それもこれ以上はないというほどの。決死隊が免罪となったのは、女帝ヴァージニアの身命に関わる任務を果たしたからだ。それと同等もしくはそれ以上の功績を、四人に上げさせるのは困難だった。


 麗貌に他人に悟られぬ程度、零は煩悶を浮かべる。


 ――仮に四人にそれだけの戦功を上げさせれば、自然率いた俺の存在が他国に知れる可能性が高まる。


 どうしても零は、それだけは避けたかった。もし零の存在が他国に知れれば、零の素性が顕わになる事態となれば――、


 ――そうなれば、俺の身は破滅だ。


 燃え尽きたかのような静かな夜空の瞳に、ちろりと熾火めいた熱が宿る。


 ――それだけは避けなければ。ボルニアで俺は昼行灯を決め込むつもりでいたのに、これでは全力で臨まなくてはならない。


 だが、と零は思う。


 ――力を振り絞ったとしても、今の下位の兵団長といった立場では四人の運命を覆すことは難しい。その上、俺の存在を知られずにいようと。虫のいい。


 今の己の力量と地位のアンバランスに、零は自身をせせら笑う。


 ――全力を出したくない、けど今の立場では難しい。それってどれだけ俺自身を過大評価しているんだか。


 愉しげな視線を向けてくるジョルジュを、零は無表情に見返す。


 ――ともかく虫のいいことをしなければならない。俺の存在を知られずに、四人に戦後待ち受ける運命を回避させなければ。

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