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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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68話


 謁見の間に、まだ笑いの余韻が残っていた。


 その空気を、裂くように。


「アメリア、もうやめてくれ!」


 扉の方から、声が叩きつけられた。


 アメリアは、セレナの頬に乗せていた足を、無造作に蹴り払った。


 乾いた音。


 力の抜けた身体が横へと吹っ飛ぶ。


 そのまま、ゆっくりと視線を扉へ向ける。


「あら、ユークリッド様」


 微笑む。


 いつもの、柔らかな笑み。


「牢の居心地はどうでした? もうお散歩は済んだでしょう? 戻ってくだされば……痛いことはしませんよ」


 甘やかな声音。



「……白の魔女でも消しきれなかったか」


 ユークリッドの背後から呟きが、もう一つ。


「正直、期待していたんだけど」


 星篝の魔女、リースペイトがユークリッドの後ろから出てくる。


 その瞳が、倒れたレオニスとセレナをいちべつする。


 一瞬。


 それだけで、すべてを理解したように、視線はアメリアへ向けられた。


「ユークリッド様」


 アメリアが、わずかに首を傾げる。


「変な魔女に唆されてはダメですよ? ……浮気ですか?」


 くすり、と笑う。


 挑発。甘え。混ざり合った、歪な声音。


「……違う」


 ユークリッドの喉が震える。


 それでも、目は逸らさない。


「俺は……覚悟してきたんだ」


 一歩、踏み出す。


「アメリア。君は、もう、ここにいちゃダメなんだ!」


 その言葉に。


 アメリアは、ふっと目を細めた。


「……悲しいわ、貴方」


 表情が変わる。


 魔族のそれではない。


 かつての人だった頃の、アメリアの顔。


 震える睫毛。


 溢れる涙。


 か細く、壊れそうな微笑。


 それを見た瞬間。


「……っ!」


 ユークリッドの奥歯が、軋んだ。


 心が、引き裂かれる。


 それでも。


「時間稼ぎよ」


 横から、リースペイトの声が差し込まれる。


「白の魔女の浄化が満ちている今、この場で決めるしかない。こんな機会、二度と来ないわ」


 現実を、突きつける。


 ユークリッドは、目を閉じた。


 そして、開く。


「……分かっている!」


 鞘から剣を引き抜く。


 金属音が、空気を震わせる。


 そのまま、踏み込む。


「おおぉぉぉおおおおッッッ!!!」


 叫び。


 迷い吹き飛ばすほどの咆哮。


 ユークリッドはアメリア向けて、一直線に、駆ける。



「……馬鹿ね」


 アメリアが、手を上げる。


 気だるげに。


 それだけで紫の閃光が、連なり、空間を裂く攻撃が、一直線にユークリッドへと殺到する。


 だが。


 当たらない。


 すべてが、わずかに逸れる。


 頬を掠めるだけで、致命には届かない。


「……ん?」


 アメリアの眉が、わずかに寄る。


 違和感。


 確実に殺せるはずの軌道が、狂っている。


 距離が詰まる。


 咄嗟に、防御へと切り替える。


 紫の剣を呼ぶ。


 だが、来ない。


 空に浮かぶ無数の剣が、微動だにしない。


「……何が、起きてるの?」


 魔法が、応じない。


 その瞬間。


 身体が、勝手に動いた。


 腕が開かれる。


 迎え入れるように。


 抱きしめるように。


 抗えない。


 内側から、引き戻される。


「ユークリッド様……」


 声が、変わる。


 やわらかく。


 優しく。


 懐かしい。


「終わらせて……ください」


 涙の滲む笑顔。


 それはもう、魔族の物ではなかった。


 ユークリッドは、理解する。


 迷いは、なかった。


 剣に、魔力を流し込む。


 燃える。


 刀身から、炎が噴き上がる。


 赤ではない。


 黄金に近い、澄んだ光。


 穢れを拒む、聖なる炎。


 その背に。


 さらに力が重なる。


「魔族を焼くには……ちょっと足りないでしょ?」


 リースペイトの声。


 魔力が、流れ込む。


 炎が、膨れ上がる。


 謁見の間を、満たすほどに。


 光が、溢れる。


 瘴気を、押し返す。


 世界が、白に染まる。


 浄化を満たしたこの場で、聖剣に昇華された。



「……ありがとう、ユークリッド様」



 アメリアが、微笑む。


 涙に濡れたまま。


 救われたように。


 ユークリッドの視界もまた、滲んでいた。


「ああ……さよならだ」


 振り切る。


 一閃。


 炎が、すべてを呑み込む。


 焼く。


 浄化する。


 存在ごと。


 消し去るために。


「ッ!!!」


 その瞬間。


 魔族の意識が、再び浮上する。


 魔族としての、最後の抵抗。


「あそこには……!」


 するりと舞い上がった羊皮紙へ、手を伸ばす。


 それもまた、炎に包まれる。


 逃げ場はない。


 契約も、器も、すべて。


「あそこには、戻りたくないッッッ!!!」


 絶叫。


 怒り。


 怯え。


 すべてが、焼かれていく。


 そして、魔族の声は途切れた。







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