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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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64話

◇◇◇◇



 星の道標は、やがて一枚の扉の前で途切れていた。


 重厚な扉。


 王城の最奥に相応しい、威圧感すら帯びた存在。


 その前に立つだけで、空気が変わる。


 息が、浅くなる。


「……セレナの浄化に守られているのに、息苦しいな」


 レオニスが呟く。


 胸の奥を圧し潰されるような感覚。瘴気は、扉の向こうから滲み出していた。


「はい」


 セレナの声は、どこまでも冷静だった。


「この先にいるのが、魔族です。レオニス様、クリス様、お覚悟を」


「ああ」


 レオニスの短い返答。


 迷いはない。


「覚悟なら、最初からできています」


 クリスもまた、刃のような声で続く。



 三人は扉の前に立つ。


 その瞬間、レオニスの足が、扉を蹴り抜いた。


 轟音とともに、扉が内側へと弾け飛ぶ。


 広がるのは、謁見の間。


 かつて王が座していた玉座。


 そこには王妃アメリアが座っていた。


 深く腰掛けたまま、頬杖をつき、こちらを見下ろしている。


 その唇が、ゆっくりと歪んだ。


「あら」


 楽しげな声。


「気づかなかったわ」


 視線が三人をなぞる。


「星篝の魔女の仕業かしら」


 くすり、と笑う。


「やっぱり魔女は、どんなに美味しくても生かしておくものじゃないわね。次からは、即殺すことにするわ」


 アメリアの言葉を聞くと、セレナは一歩前に出た。


「……貴女に、次はないわ。魔族」


 アメリアの瞳が細まる。


「ふふ」


 鼻を鳴らして笑う。


「二人も足手まといを連れて、よくそんなことが言えるわね」


 視線がレオニスとクリスへと流れる。


「私の元まで来るようなおバカさんはいないと思っていたんだけど、白の魔女がいたわね」


「光栄ね」


 セレナは、わずかに口元を緩めた。


 皮肉にも似た応答。


「……私に勝てると思っているの?」


 アメリアの圧が、空間を満たす。


 それでも。


「ええ」


 セレナは、即答した。


「勝てると思っているから、ここに来たの。貴女を冥界から連れてきたのは私。だから送り返すのも、私よ」



 アメリアは、小さく息を吐いた。


「冥界には、何もないの」


 声音が、変わる。


 どこか、遠くを見ているような。


「人は罪を洗い流せば、どこかへ消えていく」


 指先が、虚空をなぞる。


「触れることもできない。声も届かない」


 微笑む。


 だが、それはひどく空虚なものだった。


「そんな場所で、千年」


 首を傾げる。


「長すぎると思わない?」


 視線が、セレナへ戻る。


「……感謝しているのよ。ここへ連れ出してくれたこと」


 一瞬だけ、本音のような色が混じる。


「だから一度だけ、チャンスをくれない? そうね。友好関係なんてどう?」


 軽やかな提案。


「ヴァルディウスはもらう。でも、人は殺さない」


 指を一本立てる。


「他国にも手は出さない。魔族も召喚することはない。私だけ。私だけ見逃してくれない?」


 アメリアは懇願に近い、同情を誘うような儚げな表情を見せた。


 それでもセレナの心は揺れることはない。


「魔族の貴女なんかに一つもあげる気はないわ」


 アメリアの目が、細くなる。


「いいじゃない!」


 声が、強くなる。


「貴女を捨てた国よ? 石を投げられたんでしょう? 罵られたんでしょう? 怒りを向けられたんでしょう?」


 過去を抉る。


「子供も、大人も、関係なく。まだ私は、誰も操っていなかった。そんな国、見捨てればいいじゃない」


 そして、囁く。


心契約(パージャント)をしてもいい。いや、するわ」


 空気が張り詰める。


「それだけ、私は本気ってことよ」


 クリスが、わずかに眉をひそめた。


「……パージャントとは?」


「誓約違反で、死ぬ契約です」


 セレナが答える。


 アメリアは、ゆっくりと視線を動かした。


 レオニスへ。


「レオニス王」


 名を呼ぶ。


「貴方の意見も聞きたいわ」


 レオニスの手が、わずかに強張る。敗北の二文字がチラリと頭をよぎる。


「……俺は」


 言葉が、揺れた。


 その瞬間。


「レオニス様」


 セレナの声が、それを断ち切る。


「魔族は、迷いにつけ込みます。揺れないでください」


 レオニスは、目を閉じた。


 一瞬。


 そして、開く。


「……ああ」


 迷いは消えていた。


 剣を抜く。


 魔剣ディスパテル。


 その刃を、まっすぐにアメリアへ向けた。


「魔族よ、断る」


 言い切ったことで空気が、変わった。


 アメリアの笑みが、崩れる。


「なによ」


 苛立ちが、滲む。


「面倒くさいわね」


 椅子から気だるげに立ち上がる。


 その瞳に、初めて明確な怒りが宿った。


「その、鬱陶しい(けが)れなき魂」


 唸るように、低く声を出す。


「目障りなのよ」


 瘴気が、爆ぜるように膨れ上がった。


 戦いが、始まる。









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