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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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62話

◇◇◇◇



 ヴァルディウス王城、執務室。


 かつて国の中枢として機能していたその部屋は、いまや荒れ果てていた。


 机の上には書類が乱雑に散らばり、引き出しはすべて開け放たれ、中身は床へとぶちまけられている。羊皮紙の擦れる音と、木製の引き出しが何度も乱暴に開閉される音だけが、静まり返った室内に響いていた。


「……まだ?」


 呆れを隠そうともしない声が、背後から飛ぶ。


 窓辺にもたれかかるように立つリースペイトが、冷めた視線を向けていた。


 ユークリッドは答える余裕もなく、机の引き出しをひっくり返すように漁り続ける。


「まだだ……」


 息を荒くしながら、震える手で書類を払いのける。


「ここに、あったはずなんだ」


 焦燥が声に滲んでいた。


 王であった男の面影は、いまやその必死さの中にしか残っていない。


 リースペイトは深くため息をついた。


 その吐息には、最悪の予感が現実になった諦めが混じっている。


「……もうやめなさい。契約の魔法陣は、もう魔族の手にあるわ」


 ユークリッドの手が止まる。


 振り返る瞳に、驚愕が走った。


「そんなはずはない」


 否定するように言葉を吐く。


「誰にも話していない。あれの存在を、魔族が知るはずがない」


 リースペイトは肩をすくめた。


「もし私が魔族なら、自分の弱点をそのまま放置するなんて、ありえないわ」


 その一言は冷酷なまでに現実的だった。


 ユークリッドの顔から、血の気が引いていく。


「……もう、破棄されたのか?」


 落胆の声。


 だが、リースペイトはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。それはないでしょうね。白の魔女が何かしらの罠を仕掛けている可能性もある。だからこそ、簡単には処分しないはずよ」


 ユークリッドは唇を噛んだ。


「なら……どこにある」


 絞り出すような問い。


 リースペイトの口元に、わずかな皮肉が浮かぶ。


「決まってるじゃない。一番安全な場所よ」


「……それは?」


 問い返した瞬間、リースペイトは呆れたように眉を寄せた。


「本当に分からないの?」


 わざとらしく息を吐く。


「はぁ……肌身離さず持っているに決まってるでしょう」


「……なら、戦うしかないのか」


 その問いに、リースペイトは即座に鼻で笑った。


「戦う? この国がどれだけ瘴気に侵されていると思ってるの」


 窓の外へ視線を向ける。


 紫の湯気のようなものが国全体を覆っている。


「この環境で魔族と正面から戦うなんて、冗談でしょ。万に一つも勝ち目なんてない」


 その言葉は、希望を断ち切る刃のようだった。


「……なら、逃げるか」


 リースペイトはユークリッドの顔をチラリと見た。


「今、魔族は謁見の間にいる。この国で、最も瘴気の濃い場所にね。それは、お師匠様たちが国の外で目を光らせているからよ。瘴気が広がらないように、包囲している」


 そして、薄く笑う。


「逃げるなら、確かに今が絶好の機会」


 だが、その笑みはすぐに消えた。


「……それでも、私は待つ」


 ぽつりと落ちた言葉。


 ユークリッドが眉をひそめる。


「待つ? 誰をだ」


 リースペイトは、どこか懐かしむように目を伏せた。


「私は一人だけ知っているの。たった一人で、魔族を冥界へ送り返せる魔女を」


 ユークリッドの息が止まる。


「……誰だ」


 リースペイトの唇が、ゆっくりと動く。


「初代の魔女の生き残り。貴方が追放した白の魔女よ」


「な……!」


 ユークリッドの目が見開かれる。


 驚愕が、その顔を支配した。


 その瞬間。


 リースペイトの表情が変わる。


 ふっと、笑った。


「……来たわね」


 その声に、室内の空気が張り詰めた。


「もう、城の中に入ってる」


 確信に満ちた声。


 彼女はそっと手のひらを開いた。


 そこから、淡い星の粒がふわりと湧き上がる。


 夜の欠片のような光。


 小さな星々は静かに宙へ浮かび、執務室の天井近くで揺れたかと思うと、そのまま音もなく消えていった。


「……魔族のところまで、案内しましょうか」


 その微笑みは、まるで決戦を待ち望んでいたかのようだった。








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