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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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61話

◇◇◇◇



 朝であるはずの空に、まだ星が残っていた。


 夜は退かず、光もまた完全には勝てない。ふたつの時間が重なり合い、世界はどこか歪んだまま、均衡を保っている。


 あべこべな空の下。


 セレナは静かに振り返った。


「……準備はいいですか?」


 問いは短い。


 レオニスとクリスは、言葉を返さずに頷く。


 セレナは門へと手をかけた。


 軋む音とともに、ゆっくりと開かれていく。


 その向こうには、瘴気に満ちた世界が広がっていた。


 ここから先は、隠れる場所などない。


 王城まで、一直線。


 濃密な瘴気の中を、突き進むしかない。


 一歩、踏み出そうとしたそのとき。


「セレナ、待って」


 背後から声がかかった。


 振り返る。


「……ジーク?」


 駆け寄ってくる青年の顔は、どこか決意に満ちた目をしていた。


「僕が先頭に立つ」


 息を整えながら、まっすぐに言う。


「城へ行くなら、星篝の魔女が使っていた通路を辿った方がいい」


 セレナは、わずかに目を細める。


「理由は?」


「分からない。でも……何度か、城の前まで連れて行ってもらったことがあるんだ」


 記憶を辿るように、視線を彷徨わせる。


「真っ直ぐ行けば、すぐに着く距離なのに、リースペイトはわざと遠回りする。ジグザグに、何かを避けるみたいに。……だから、城に行くなら、あの人の通った道をなぞった方がいい」


 迷いはなかった。


 セレナは、ジークの言葉に頷く。


「……分かったわ。でも、ジーク」


 一歩近づく。


「あなたにも、傷ついてほしくないの。危険になったら」


「ああ」


 遮るように笑う。


「分かってる」


 軽く肩をすくめる。


「危なくなったら、妖精みたいに消えるよ」


 冗談めかした言い方。


 セレナはそっと手を伸ばす。


 ジークの胸元に触れる。


 指先から、淡い光が滲む。


 浄化の膜。


 目には見えないそれが、彼の全身を包み込む。


「……これで大丈夫」


 囁くように。


 ジークは、少しだけ目を見開き、そして笑った。


「ありがとう」


 そのやり取りを、レオニスは黙って見ていた。そして、ゆっくりと剣の柄に手をかける。


 無言の圧。


「……こわいこわい、もう臨戦態勢? まだ早いって」


 くるりと背を向ける。


「こっちだよ」


 小走りで、先頭へ。


「……気に入らん」


 レオニスが呟く。


 だが足は止めない。


 その後ろを、セレナとクリスが続く。


 隊列が、静かに動き出した。



 進路は、奇妙だった。


 真っ直ぐ進めば見えるはずの王城が、なかなか視界に入らない。


 右へ、左へ。


 時に引き返し。


 また別の道へ。


 まるで、見えない何かを避けるように。


 あるいは、踏んではならない線をなぞるように。


 一度、来た道を戻ったとき。


 レオニスの眉が、わずかに寄る。


 口を開きかける。


 だが。


 前を行くセレナが何も言わないのを見て、言葉を飲み込んだ。


 彼女が黙っているなら、それが答えだ。


 やがて。


「……もうすぐだよ」


 ジークが振り返る。


 その声に、セレナが応じた。


「ジーク。もういいわ」


「え?」


「ここからは、真っ直ぐに行く。城へ」


「……そう?」


 ジークが首を傾げる。


「リースペイトは、いつもこの道を?」


「うん。毎回、欠かさずにね。僕がいないときは知らないけど」


 セレナは、足元を見る。


 見えないはずの何かを確かめるように。


「……これは、呪いを弾くための道筋よ」


 ぽつりと呟く。


「誰かが敷いた魔法陣に沿っている」


 空気の流れ。


 微かな魔力の残滓。


 それらが、一本の線として繋がっていく。


「懐かしい魔力……」


 目を細める。


「初代リースペイトのものね」


 ジークが、ほっとしたように笑う。


「じゃあ、僕も少しは役に立てた?」


「ええ」


 セレナは小さく頷く。


「十分すぎるほどに」


 一瞬の静寂。


 そして、ジークは少しだけ視線を逸らした。


「……もし、あの人に会ったら」


 軽い口調を装いながら。


「助けてやってくれよ。僕の命の恩人らしいしさ。死んでたら、寝覚めが悪い」


 セレナは、まっすぐにその言葉を受け止める。


「私の命の恩人からの頼みなら断る理由はないわ」


 ジークは、満足げに笑った。


「じゃあ、ここまでだな」


 踵を返す。


「屋敷で待ってる」


「……ええ。待っていて」


 短い別れ。


 振り返らない。


 その背が、瘴気の中へと溶けていく。


 やがて見えなくなると、セレナは前を向いた。


 王城。


 そこに、すべてがある。


「ここから先は、どれだけ隠れても魔族に察知されます」


 空気が、張り詰める。


「いつ、どこから現れてもおかしくない」


 一歩、踏み出す。


「そのことだけは、忘れないでください」


 レオニスとクリスが、同時に剣を抜いた。


 金属音が、静かに鳴る。


 それは、開戦の合図だ。








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