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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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59話

◇◇◇◇



 瘴気は、空気そのものに溶け込んでいた。


 見えないはずのそれは、確かに存在を主張している。肺に入るたび、じわりと内側から侵食されるような不快感が残る。呼吸を重ねるほどに、身体の奥へと染み込んでくる。


 ヴァルディウス王国。


 かつては秩序に満ちていた国は、いまや静かに腐り始めていた。


 その中を、三つの影が進む。


 先頭を歩くのはセレナ。その後ろに、レオニスと近衛騎士クリスが続く。


 バリスハリスの兵は一人もいない。


 大軍で動けば、それだけで目立つ。魔族に察知される危険を避けるため、あえて最小限の人数で侵入していた。


 セレナは足を止めない。


 瘴気の濃淡を読み取るように、わずかに進路を変えながら、細い糸を縫うように王城へと向かっていく。


「……瘴気がきついですね」


 クリスが呟く。


「ああ」


 レオニスは短く応じる。


「セレナの浄化がなければ、王城に辿り着く前に動けなくなっていたかもしれん」


 事実だった。


 身体の奥に溜まる重さが、魔法によって辛うじて押し返されているのが分かる。


 だが。


 レオニスの視線は、通りの先へと向けられていた。


「……だが、妙だな」


 歩く人影。


 店先で言葉を交わす者たち。


 子供が走り、誰かが笑う。


 一見すれば、何も変わらない日常。


「この国の民は、普通に生活しているように見える」


 その違和感。


 セレナは迷いなく答えた。


「……いいえ」


 視線を落とし、静かに言う。


「普通に見えるだけです。全員、魔族に操られています」


 空気が、わずかに冷えた。


「……器用なものだな」


 レオニスが呟く。


「はい。人を操るのは、魔族の常套手段です」


 やがて、足を止める。


 一軒の屋敷の前だった。


 外見は、どこにでもある貴族の屋敷。しかし、周囲の空気だけが澄んでいる。瘴気の薄いところを進んできた。その終着点がこの屋敷。


「ここで休みましょう。魔女の結界が張られています」


「……魔女の結界?」


 クリスが眉をひそめる。


 セレナは答えない。


 門へと歩み寄り、躊躇なく押し開ける。


 ベルも鳴らさず、そのまま屋敷へと入っていく。


 迷いのない足取り。


 まるで、来たことがあるかのように。


 レオニスとクリスも後に続いた。


 屋敷の扉を押し開ける。玄関の先にいたのは、剣を構えた一人の青年だった。


「……セレナ?」


 その声にセレナの身体が、ぴたりと止まる。


 ゆっくりと、顔を上げる。


「……ジーク?」


 名を呼んだ瞬間、時間が止まったようだった。


「なんで……」


 言葉が、続かない。


 死んだはずの人間が、目の前にいる。


 現実が、認識に追いつかない。


「セレナ!」


 ジークが駆け寄ろうとする。


 だが、その間に。


「止まれ」


 鋭い声とともに、レオニスとクリスが割って入った。


 剣こそ抜かないが、その動きは完全に臨戦態勢だった。


「君たちは誰」


 ジークの視線が、レオニスとクリスへと向く。


「待ってください!」


 セレナが慌てて前に出る。


「レオニス様、この人は……ジーク。私の恩人です。生きて会えるなんて……思ってもなかった」


 震える声。


 その瞳には、すでに涙が滲んでいた。



 ジークは、他の二人など見えていないかのように、まっすぐセレナだけを見る。


 そして、掲げた剣をその場に捨てると、レオニスとクリス、二人の間をすり抜ける。


 誰かが止める間もなく、セレナを、抱きしめた。


「……無事でよかった」


 強く、確かめるように。


「僕は死んでもないし、どこも怪我していない。でも……また君に会えた」


 その言葉に。


 セレナの肩から、力が抜ける。


「……そうね」


 小さく、笑う。


 その瞬間。


「そこまでだ」


 レオニスの手が、二人の間に割って入る。


 やや強引に、引き離した。


「感動の再会は、その辺にしておけ」


「おいおい、無粋だな。君は誰だ?」


 ジークが不満げに眉をひそめる。


 レオニスは一歩前へ出る。


 視線を外さず、名乗る。


「レオニス。レオニス・バリスハリスだ」


 短く、だが十分だった。


「……王様か」


 ジークは軽く肩をすくめる。


「リースペイトから聞いてる」


 その名に、空気が変わる。


 クリスが一歩踏み出した。


「陛下へのその口の利き方ッ!」


「いい、クリス」


 レオニスが制する。


 視線はジークから外さないまま。


「こいつは、俺の妻セレナの恩人らしいからな」


「妻?」


 ジークが目を見開く。


「……え?」


 同時に、セレナの声も重なった。


 頬が、みるみる赤く染まっていく。


 ジークはセレナの様子を見て、表情を曇らせた。


 戸惑いと、理解と、納得しきれない何かが混ざる。


 だが。


 レオニスは気に留めない。


「それよりも」


 声音が変わる。


「リースペイトはどこだ」


 空気が、張り詰める。


 ジークの表情も、引き締まった。


「……分からない」


 正直に答える。


「たぶん王城だ。でも、生きてるかどうかは分からない。王城に行ってから、もう一ヶ月は経ってる」


「……そうか」


 レオニスは短く応じた。


 セレナが一歩前に出る。


「ジーク」


 まっすぐに見つめる。


「……ここに、一日だけ泊めてくれる?」


「いいよ」


 即答。


 そして、少しだけ笑う。


「ただし、男女は別だ」


「……分かりました」


 セレナは頷く。


 そして振り返る。


「レオニス様、クリス様。決戦は、明日です。今は、休んでください」


 クリスが大きく息を吐き、背負っていた荷を下ろした。


「助かります。まともに休めていませんでしたから」


「……明日か」


 レオニスも、わずかに肩の力を抜く。


 だが、その瞳の奥にある緊張は消えない。


「はい」


 セレナは頷く。


 そして、もう一度ジークを見る。


「ありがとう」


 その言葉に。


 ジークは、柔らかく笑った。


「セレナの頼みなら、なんだって聞くさ」


 その声音は軽い。


 けれど。


 その奥にある感情は、決して軽くはなかった。








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