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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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58話

◇◇◇◇



 ヴァルディウス王城、謁見の間。


 かつて王が国を見渡していたその場所は、いまや別の気配に塗り替えられていた。


 高い天井。大理石の柱は清潔を保っているはずなのに、その奥に沈む空気は濁り、淀み、呼吸すら重くする。


 玉座に腰掛けているのは、王ではない。


 王妃アメリア。


 その小柄な身体は深く背もたれに沈み込みながらも、どこか支配する側の余裕を漂わせていた。肘掛けに置かれた指先が、退屈そうに、しかし規則正しく音を鳴らしていた。


 乾いた音が、広い空間に不自然に響く。


 その正面。


 鎖の音が、かすかに鳴る。


 星篝の魔女、リースペイト。


 両手首には重い拘束具。魔力を封じるそれは、彼女の存在そのものを押さえつけるように鈍く光っていた。垂れた鎖が床に触れ、わずかに擦れるたび、耳障りな余韻を残す。


 それでも、彼女の瞳は死んでいない。


 まっすぐに、玉座を見据えていた。


「星篝の魔女」


 アメリアが、ゆっくりと口を開く。


 その声音は柔らかい。だが、温度はなかった。


「貴女はここにいる」


 わずかに首を傾げる。


「なら、どうして『朝月のカーテン』が空に敷かれているのかしら?」


 問いかけというより、確かめるような声音。


 リースペイトは肩をすくめた。


「さあ」


 乾いた返答。


「私は魔法を封じられて、牢に押し込められていたのよ。外のことなんて知るはずないでしょう」


 視線は逸らさない。


 あくまで対等であるかのように。


 アメリアは、ふっと小さく笑った。


「そうね」


 興味を失ったように、指先がまた肘掛けをなぞる。


「ああ、そういえば」


 リースペイトが、不意に言葉を差し込む。


 何気ない調子だった。


「あの魔法、ただの演出じゃないの」


 アメリアの瞳が、わずかに細まる。


「魔族の存在を知らせるためのものでもあるって、お師匠様に聞いたことがあるわ」


 鎖が、かすかに鳴る。


「だから、さっさとこの国から出た方がいいんじゃない?」


 軽い忠告。



 リースペイトの言葉にアメリアは沈黙する。


 一拍。


 そして。


「知らせて、どうするの?」


 声音が変わる。


 わずかに、口角が上がる。


「周りの国の魔女たちに伝える? 魔族がいますよって?」


 くす、と笑う。


 その笑いは、ひどく軽い。


「今の魔女たちが、何人集まったところで、意味があるとは思えないわ」


 足を組み替える。


 布が擦れる音が、やけに大きく響いた。


「浄化も満足にできない半端者ばかり」


 吐き捨てるように。


「そんな連中が、魔族に勝てると本気で思っているの?」


 視線が鋭くなる。


「私が、それを知らないとでも?」


「今は魔女以外にも、浄化の手段はあるわ」


「ええ、知ってる」


 即答すると、


「ヴァルディウスにはいないけどね。浄化専門の魔術師」


 肩をすくめる。


「でも、それでどうするの?」


 ゆっくりと言葉を刻む。


「その魔術師が周辺の国から集まっても、国中に広がる瘴気を浄化するのに、何年。いや何十年かかるのかしら」


 唇が、ゆるやかに歪む。



「ましてや、魔族が生み出す瘴気を?」



 試すような間。


「……やってみないと分からないわね」


 その言葉は、ほとんど結論だった。


 リースペイトの指先が、わずかに動く。


「お師匠様たちが来れば……」


 言いかけた言葉を。


 アメリアの笑いが、遮った。


「ああ、怖い怖い」


 芝居がかった声。


「来ないわよ」


「……は?」


 空気が止まる。


 リースペイトの眉が寄った。


「魔女はね」


 アメリアはゆっくりと身体を前に持ってくる。


「瘴気の中では戦わない生き物なの」


 断言した。


「貴女の言うお師匠様って、二代目でしょう?」


 わずかに顎を上げる。


「彼女は知っているはずよ。一代目と魔族の戦いを」


 その記憶が意味するものを、含ませるように。


「なら、分かるでしょう?」


 微笑む。


「この国に足を踏み入れることが、どういうことか」


 静かに言い切る。


「馬鹿じゃない限り、来ない」


 重い言葉だった。


「せいぜい、外側で結界でも張って、瘴気が広がらないようにするのが関の山」


 興味を失ったように、視線を逸らす。


「残念だったわね」


 その響きは、どこか愉悦に近い。


「貴女はここで生きるのよ。私の飲み物として」


 空気が凍る。


 アメリアの舌が、唇をなぞった。


「魔女はね……美味しいの」


 その一言に、理性の仮面の奥が覗く。


 リースペイトは、一瞬だけ目を伏せ、


 次の瞬間には、いつもの軽さを取り戻していた。


「……せめて、美味しい料理とワインくらいは用意してほしいわね」


 皮肉。


 だが、折れない声音。


「いいわよ」


 あっさりと返る。


 興味はすでに別に移っている。


「連れていきなさい」


 アメリアが命令すると、左右に控えていた兵が動いた。


 虚ろな瞳。


 意思のない足取り。


 鎖が引かれ、リースペイトの身体が引きずられるように動く。


 乾いた音が、遠ざかっていく。


 やがて、扉が閉じた。


 重い音が、空間を断ち切る。


 静寂。


 広い謁見の間に、アメリアだけが残された。


「……そう」


 ぽつりと。


 誰に向けるでもなく。


「馬鹿じゃなければ、ね」


 その言葉とは裏腹に。


 胸の奥が、ざわめいていた。














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