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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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56話



 室内にいる全員の視線が、ひとりに集まっていた。


 重く閉ざされた執務室。積み上げられた魔導書の匂いと、張り詰めた沈黙。その中心に立つセレナ。


 それでも彼女は、静かに口を開く。


「……今の人には、あまり馴染みがないかもしれません」


 声は落ち着いていた。だが、その奥に微かな緊張が混じる。


「魔族は、人を食らう存在です。呪いに満たされた環境でなければ、徐々に衰弱し、やがて死に至る……そういう生き物です」


 淡々とした説明。


 だが、それは知識ではなく、実感のこもった言葉だった。


「ですから、本来であれば、この浄化された世界では、冥界から現れることすらできないはずでした」


 言葉が続く度に、部屋の空気がわずかに重くなる。


 ダルフィードが眉をひそめた。


「人を食う、ね……」


 腕を組み、吐き捨てる。


「だとしても、こんな馬鹿げた規模の魔法を使う理由にはならんだろう」


 窓の外に広がる夜の空を見る。


 あまりにも大きすぎる。


 あまりにも、意図的すぎる。


 セレナはゆっくりと首を横に振った。


「この魔法は、魔女全体に向けた合図です。魔族が蘇ったことを知らせるための」


 視線を空へと向ける。


 星々が、静かに瞬いていた。


 わずかな間を置く。


「……初代、星篝の魔女リースペイトが、そう定めたものです。現在のリースペイトは三代目。……おそらく、言いつけを守ったのでしょう」


 クリスが息を吐く。


「だからといってですね」


 理屈をなぞるように言う。


「魔族が蘇った程度で、ここまでのことをする必要があるのですか? 魔族など恐るるに足りません」


 クリスの余裕を感じてセレナは口を開く。


「……魔族は一体で、一日あれば、大国を三つほど滅ぼせます」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


「それほどの脅威です」


 淡々とした声音。


 誇張も、煽りもない。


 ただの事実。


「……そんな馬鹿な」


 クリスの余裕が揺らぐ。


「いや」


 短く、割って入る声。


 レオニスだった。


「セレナが言うのなら、俺は信じる」


 その一言は、あまりにも迷いがなかった。


「ですが、陛下!」


 セレナが続ける。


「ヴァルディウス王国の王は、私の言いつけを守らず、王妃を好きにさせていたんでしょう」


 ダルフィードの視線が鋭くなる。


「……お前が蘇らせたという、王妃か? その身体を器にして、魔族が冥界からこの世界へ出てきている……そういうことか」


 セレナは、わずかに目を伏せた。


「……はい。連れてきたか。冥界の門が開いているか。経緯は分かりませんが、私にも責任があります」


 その言葉が落ちた瞬間。


「ッ!」


 ダルフィードの拳が振り上がった。


 衝動だった。


 だが、それは振り下ろされることはない。


 途中で、止められた。


「やめろ、ダルフィード」


 レオニスの手が、その腕を掴んでいた。


「……陛下」


「仮にだ。お前に、死者を蘇らせる力があったとして、俺が命じたら、どうする」


「……そんな力、私にはありません」


「あったらの話だ」


 間を詰める。


「どうする」


 ダルフィードは歯を食いしばる。


 逃げ場のない問いだった。


「……王命は、絶対です」


「そうだ」


 短く頷く。


「セレナも同じだ」


 セレナは、息が詰まる。


 責められると、そう思っていた。


 だが。


 向けられたレオニスの視線は、どこまでも穏やかだった。


 責める色など、一欠片もない。


 胸の奥に、わずかな熱が灯る。


「……ありがとうございます」


「いい」


 レオニスは短く返す。


 それ以上は何も言わない。


 それで十分だった。


 そして、視線を切り替える。


「問題は、これからだ」


 空気が再び引き締まる。


「魔族をどうするか」


 その問いに。


 セレナは、一歩前へ出た。


「レオニス様たちは、何もなさらなくて大丈夫です」


 覚悟をしている声だった。芯が通っている。


「ここから先は、私が対処します」


「……何を言っている。ダメだ」


 即座の否定。


 だが、セレナは揺れない。


「魔族を冥界へ送り返す方法を知っているのは、私だけです。魔女ですから。魔族の一体や二体……どうとでもなります」


 軽く言った。あまりにも軽く。


 まるで、本当に些細なことのように。


 だが、レオニスはその裏にあるものを、感じ取っていた。


「……簡単なのか」


 レオニスの問い。


 セレナは微笑む。


「はい」


 柔らかく。


「任せてください」


 そして、くるりと踵を返す。


「それよりも……バリスハリスの皆さんに、この空は安全だと伝えてあげてください」


 扉へと歩き出す。


 その背は、小さい。止める暇もなく、セレナは、そのまま執務室を後にした。



 




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