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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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54話

◇◇◇◇



 星篝の魔女、リースペイトの家。


 夜は深く、空には雲ひとつない。無数の星の光が街に降り注いでいた。


 ヴァルディウス王国の敗北。


 その報は風のように広がって、リースペイトの元まで届いていた。


「……明日にはバリスハリスへ向かうわ。準備をしておきなさい」


 リースペイトは窓辺に立ったまま、振り返りもせずに言った。


 その声音は淡々としている。だが、その奥にわずかな焦りが混じっていることに、ジークは気づいていた。


「わかった」


 ジークは肩の力を抜くように息を吐く。


「僕がセレナの貢物でも……それでもセレナに会えるって思うと、少し楽しみなんだ」


 自嘲とも、本音ともつかない声音だった。


 リースペイトはゆっくりと振り返る。


「前にも言ったはずよ。白の魔女の心の端にも、貴方はいない。それは自覚しておきなさい」


 言葉は刃のように鋭い。


「バリスハリスの王の前で、馴れ初めなんて語り出したら、貴方も、私も、その場で首が飛ぶわ」


 軽く言われたその一言は、冗談の色を一切含んでいなかった。


 ジークは苦笑する。


「……そこまでか」


「そこまでよ。セレナ一人のために戦争を起こすような男よ。正気で測ろうとする方が間違ってる」


 窓の外へと視線を戻す。


「狂ってるわ」


 ぽつりと溢れたその言葉は、どこか乾いていた。


 ジークは肩をすくめる。


「愛の重さなら負けないつもりだったけどな。それを聞くと、僕のは愛はずいぶんと軽い」


「ええ」


 リースペイトはあっさりと頷いた。


「羽みたいなものね」


 そのときだった。


 ちりん、と。


 鈴の音にも似た、かすかな金属音が室内に響き渡る。


 ジークの表情が引き締まる。


「……なんだ?」


「さあ」


 リースペイトはわずかに首を傾げる。


「こんな時間に訪ねてくるなんて、珍しいわね」


「訪ねてくるって……客か?」


 違和感が、言葉の端に滲む。


 ジークはゆっくりと窓へ歩み寄った。


 外を覗く。


 そして。


 息を呑んだ。


 門の前に、整然と並ぶ影。


 ヴァルディウス王国の兵たちが、数十。


 夜の闇の中で、鎧の輪郭だけが鈍く光っている。


「……逃げよう」


 ジークの思わず言葉は、震えていた。


 だが。


 リースペイトは首を横に振る。


「無理よ」


 その声には、すでに諦めが混じっていた。


「あの女からは逃げられない」


 窓の外をいちべつする。


「明日、こっそりとヴァルディウスから出るつもりだったのに……遅かったわね。戦争の結果なんて待たず、さっさとバリスハリスへ行くべきだったかしら」


 ジークは眉を寄せる。


「あの女って……誰だよ」


「アメリア。ヴァルディウス王国の王妃よ」


 空気が、ひやりと冷えた。


 ジークの背筋を、見えない手が撫でたような感覚が走る。


「……王妃様が何で?」


「さぁ? 魔女が嫌いなんでしょ。貴方を助けた意味も、これで半分、消えたわね」


 そう言いながら、懐に手を入れる。


 取り出したのは、小さな玉だった。


 手のひらの上で、それはかすかに光を宿している。


 まるで夜空を削り取って閉じ込めたように、小さな星々が内側で瞬いていた。


「これを持って」


 ジークの手に押し付ける。


「明日までに私が戻らなかったら、これを空へ投げなさい」


「……それは?」


「保険よ」


 それ以上は語らない。


 ただ、静かに言葉を重ねる。


「それが終わったら、貴方は自由」


 ジークの手の中で、玉が微かに温もりを帯びている。


「どこへでも行きなさい」


 一瞬だけ、視線が柔らかくなる。


「ただし、この国には残らない方がいいわ」


 その言葉には、優しさがあった。


 そして。


 ジークが瞬く間に。


 リースペイトの姿は、そこから消えていた。


 風も、音もなく。


 まるで最初から存在していなかったかのように。


 ジークは息を止めたまま、窓へ駆け寄る。


 視線の先。


 門の前に、彼女は立っていた。


 兵たちに囲まれ、その中心で、抵抗はしない。


 ただ、受け入れている。


 金属音が響く。


 手錠が嵌められる音。夜の静寂に、その音だけが妙に大きく広がった。


 ジークは、動けなかった。


 窓越しに、その光景を見つめることしかできない。


 手の中の玉だけが、やけに重い。


「……自由、か」


 ぽつりとこぼれた言葉は、ひどく空虚だった。


 与えられたはずのそれは、どこにも実感がない。


 ただ。


 失われていくものの輪郭だけが、はっきりと胸に残っていた。








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