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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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53話

◇◇◇◇



「陛下はやめろ。セレナには名前で呼ばれたい」


 レオニスの声は寂しそうに揺れる。


「はい……レオニス様」


 セレナはわずかに肩をすぼめ、身を小さくするようにして答える。


 その様子を一瞬だけ見つめてから、レオニスは視線をずらした。


「で、これは何だ? フェン・オルマイディ」


「え!? えっと……」


 セレナの背後に控えていたフェンは、唐突に名を呼ばれ、身体をびくりと震わせる。その拍子に肘が扉へとぶつかり、乾いた音が夜の静寂を裂いた。


 木造の廊下は音をよく響かせる。遠くで寝息を立てている兵たちの存在が、急に現実味を帯びて迫ってきた。


 レオニスはわずかに眉を寄せる。


「ここでは兵が起きる。場所を変えるぞ」


「「はい」」


 異を唱える者はいない。


 ただ、その短い返答の裏で、それぞれの胸中に別の緊張が芽生えていた。



◇◇◇◇



 外へ出ると、空気は一変した。


 夜の風が肌を撫でる。見上げれば、雲ひとつない空に星々が散りばめられていた。


 三人はその下で向き合う。


 距離は近いはずなのに、どこか張り詰めた隔たりがあった。


「俺の王命を聞かないとは、重罪だぞ」


 レオニスの声は重い。


 その視線はまっすぐフェンへと向けられていた。逃げ場のない圧がのしかかる。


「フェンは私が唆したのです。温情を」


 間に割って入るように、セレナが一歩前へ出る。


 まるで庇うように。


 その小さな背中が、フェンとレオニスのあいだに立ちはだかる。


 レオニスはそれを見て、鼻を鳴らした。


「……ふん」


 短い音だったが、そこに含まれる感情は単純ではない。


 やがて、視線をわずかに逸らす。


「フェン・オルマイディ。もう寝ろ」


「セレナはどうするんですか?」


 食い下がる声。だが、次の瞬間にはそれを断ち切るように言葉が落ちる。


「もう寝ろ。俺の気が変わらないうちにな」


 有無を言わせぬ響きだった。


「は……!」


 フェンはなお納得しきれない顔をしながらも、深く頭を下げる。


 兵としての礼を崩すことはできない。


 踵を返し、足早に兵舎へと戻っていく背中は、どこか未練を引きずっているようにも見えた。


 残されたのは、二人。


 夜の静けさが、再び周囲を満たしていく。


「私、傷は治してません」


 沈黙を破るように、セレナが口を開く。


「そういうことじゃない。俺は……」


「何回も聞きました」


 被せるような声だった。


 小さいが、はっきりとした拒絶がそこにある。


「私を戦争には巻き込みたくないんでしょ」


「ああ、そうだ」


 迷いのない肯定。


「でも私は、ただ兵の人たちの眠りを……快適にして回っていただけです」


 言葉を選びながら、セレナは続ける。


「私は戦争に巻き込まれてはいません」


 その言い方が、かえって無理をしているように聞こえた。


 レオニスは一拍置いて、息を吐く。


「……そういうことにしておいてやる」


 完全な納得ではない。だが、それ以上は踏み込まないという線引きだった。


「だがセレナは、今日より兵舎への立ち入りを禁じる」


「レオニス様は、意地悪です」


 拗ねたような声音。


 けれどその奥には、理解してしまっている諦めが滲んでいる。


 レオニスは静かに首を振った。


「白の魔女の奇跡なんか、いらないんだよ」


 その言葉は鋭くはなかった。


 むしろ、何かを切り離すように、そっと置かれる。


「え……?」


 セレナの瞳が揺れる。


 自分を形作ってきたものを否定されたような、空白の感覚が胸に広がる。


「確かに、白の魔女の力は凄い。誇りにしていい力だ。奇跡と呼ばれて当然だろう」


 一歩、距離を詰める。


「だがな。そんなもの、この国ではいらない」


 断言。


 夜気が一瞬、重く沈んだ気がした。


 セレナの指先が、かすかに震える。


「私は……魔女です」


 か細い声。


「魔法しか、使えない」


 それは、長い年月の中で刷り込まれてきた、自分という存在の輪郭だった。


 けれど。


「そんなことはない」


 レオニスは即座に否定する。


 まっすぐに、逃げることなく。


「セレナの素敵なところなら、いくらでもある」


 夜の冷たさの中で、その言葉だけが不思議な温度を持っていた。


「誰よりも優しい。敵だろうと関係なく、手を差し伸べる」


「自分がどうなろうと、目の前の命を見捨てないし。一人ひとりの名前を覚えている。そんなこと、普通はできない」


 言葉は、ゆっくりと、確実に積み重なっていく。


「どれだけ絶望的でも、諦めない」


 視線が深くなる。


「それは魔法じゃない。意志だ」


 セレナの瞳が、わずかに見開かれる。


「自分のことは後回しにして、他人ばかり気にする……そんな不器用さもな」


 苦笑が混じる。だが、その奥には確かな温度がある。


「……そんなやつを、ただの魔女で終わらせてたまるか」


 そっと、セレナの顔にレオニスの手が伸びる。


 触れる寸前で止まりながらも、その距離は限りなく近い。


「花を愛でる瞳は、いつ見ても素敵だ」


 夜の静寂が、二人を包み込む。


 そして。


「だから、一緒に探そう。セレナだけの幸せを」


 レオニスの手がセレナの頬に触れた。


「誰かのために力を使うのはやめて……今度は、自分のために使え」


 風が吹く。


 その一瞬、世界から音が消えたように感じられた。








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