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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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51話

◇◇◇◇



 夜の王城、その奥に広がる花園は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。


 白い石造りの回廊からこぼれる灯りが、闇に沈みかけた庭をやわらかく撫でている。月光と灯火が混ざり合い、花々の輪郭を淡く縁取っていた。風が吹くたび、色とりどりの花びらがかすかに揺れ、静寂の中にざわめきを生む。


 その中に、ひとり。


 セレナは膝を折り、花に触れていた。


 指先が花びらをなぞるたび、その白い肌に夜気がまとわりつく。けれど、その仕草とは裏腹に、彼女の顔色は冴えなかった。灯りに照らされてもなお、どこか影を帯びている。


「セレナ」


 背後から呼ぶ声に、彼女は静かに振り返る。


「レオニス様」


 そこに立っていたのは、戦勝の宴を抜け出してきたレオニスだった。まだ熱の残る戦場の空気をまとったまま、まっすぐにセレナを見つめている。


 セレナは立ち上がり、裾を整えながら彼を迎えた。


「戻ろう。ここは冷える」


 短い言葉だったが、そこには気遣いが滲んでいた。


 しかしセレナは、小さく首を振る。


「いいえ。今は……少し、涼みたい気分なのです」


 そう言って、空を仰いだ。


 夜空には星が散りばめられている。だがその光を見つめる瞳は、どこか遠く、悲しみに沈んでいた。


「人が死にました」


 ぽつりと落ちた言葉は、あまりにも静かで、それでいて重かった。


「ああ」


 レオニスは否定も慰めもせず、ただ受け止めるように応じる。


「バリスハリスの人も……ヴァルディウス王国の兵も」


 セレナの声は揺れていた。


「私……戦争が終わるまで、ヴァルディウスのことなんて考えていなかったんです」


 自嘲のような息が漏れる。


「レオニス様の無事を、ただそれだけを……一番に考えていました」


「それの何が悪い」


「悪い、というより……」


 言葉を探すように、視線を落とす。


「自分が、薄情な人間に思えたのです。私はヴァルディウスの兵たち……傷ついていたあの人たちの、全員の名前を知っています」


 指先が閉まり、揺れる。


「子供の頃から、何度も顔を合わせてきた人たちです」


 そして、少しだけ苦笑する。


「……全員と、結婚の約束までしていました」


「結婚の約束?」


 レオニスが眉を上げる。


「はい。子供の頃の話ですから……向こうは忘れているかもしれませんけど」


 遠い記憶をなぞるように、セレナは目を細めた。


「でも、その中の三十人が……今日、死にました」


 言い終えた瞬間、瞳に涙が溜まる。


 こぼれ落ちる寸前で、必死に堪えているのがわかった。


「セレナを殺そうとした連中だ。セレナが心を砕く必要はない」


「……でも」


 言葉は続かない。


 胸の奥に溜まった感情が、うまく形にならない。


「俺が助かってよかった」


 はっきりと告げる。


「バリスハリスが勝ってよかった」


 一歩、距離を詰める。


「それだけでいい。違うか?」


 迷いのない言葉だった。


 次の瞬間、レオニスはそっと腕を伸ばし、セレナを抱き寄せる。


 強すぎず、けれど逃がさない力で。


 セレナは抗うことなく、その胸に顔を埋めた。温もりが、じわりと体に広がる。


「……では」


 小さく、くぐもった声が漏れる。


「そう思えるように、努力します」


 そして、ほんの少しだけ顔を上げた。


「ですから……レオニス様の左腕を、治させてください」


「それはダメだ」


 間を置かず返ってくる。


「なぜですか?」


 不意を突かれたように、セレナが目を丸くする。


 レオニスはわずかに笑みを浮かべた。


「これはな、セレナを守った証だ」


 空いた袖が、夜風に揺れる。


「そう簡単に手放すつもりはない」


「……なんですか、それ」


 呆れたような、しかしどこか救われたような声だった。


 セレナの口元に、ようやく微かな笑みが戻る。


 それを見て、レオニスもくくくと、くぐもった笑いを見せる。


「頭を何かで埋めたいなら、俺を使え」


「使う……?」


 涙の余韻を残したまま、首を傾げる。


「どうやってですか?」


「目を閉じていればいい」


 その言葉の意味を考えるよりも早く。


 レオニスの顔が近づき、次の瞬間、唇が重なった。


「ッ///!!!」


 声にならない息が漏れる。


 力が抜ける身体を、レオニスの腕がしっかりと支える。


 逃げ場のない距離で、ただ触れ合う熱だけが残る。


「こういうことだ」


 囁くような声。


「……は、はい……」


 頬を真っ赤に染め、視線を泳がせるセレナ。


 先ほどまで胸を満たしていた悲しみは、いつの間にか形を変えていた。


「顔が熱いな」


 レオニスは空を見上げる。


「もう少しここで涼んでから戻るか」


「そ、そうですね……」


 ぎこちなく頷くセレナは、もう他のことを考える余裕などなかった。


 夜風が、二人の間を静かに通り抜けていく。


 花々は変わらず揺れ続けていた。









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