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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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49話

◇◇◇◇



 ヴァルディウス王国の王城。

 謁見の間は、夜の静けさに沈んでいた。


 高い天井を支える白大理石の柱。部屋の一番奥、本来ならば王が座るはずの椅子に、一人の女が腰を下ろしていた。


 ヴァルディウス王国王妃、アメリア。


 細い指が、肘掛けをゆっくりと叩く。

 玉座の高さは、彼女の小柄な身体には少し大きすぎるはずだった。


 だが、不思議なことに。


 その椅子はまるで、最初から彼女のものだったかのように馴染んでいる。


 玉座の前には、近衛騎士が膝をついていた。すぐに立ち上がり、謁見の間から出ていく。


 報告はすでに終わっていた。


 戦争の結末。

 ヴァルディウス王国の敗北。

 そして、バリスハリス軍による完全な勝利。


「……コホッ」


 黒い瘴気が小さな口から漏れる。


 アメリアは口元を押さえ、軽く咳き込んだ。


「コホ、コホ……」


 しばらく続いた咳がようやく収まると、彼女はゆっくりと息を吐いた。


 そして、呟く。


「やっぱり、あの人じゃダメね」


 その声は、ひどく冷めていた。


 遠くを見る目。

 落胆の色が、わずかに滲んでいる。


 まるで、つまらない芝居の結末を見せられた観客のようだった。


「魔女の血だったら、誰でもいいのに」


 アメリアは肩をすくめる。


「残念」


 玉座の前に座るもう一人の人物へ、視線を向けた。


「そう思うでしょ? リースペイト」


 その名を呼ばれた瞬間。


 目の前の女の瞳が揺れた。


 星篝の魔女、リースペイト。


 両手首には魔法を封じる重い手錠。鎖が床へと垂れ、動くたびに乾いた音を立てている。


 拘束されたまま、それでも彼女はアメリアを睨み返した。


「……なんで王妃様が、私の名前を」


 アメリアは、くすりと笑った。


「あの時代からいた魔女の名前なら」


 ゆっくりと足を組む。


「私は全員の名前を言えるわ」


 リースペイトの眉が寄る。


「あの時代?」


 アメリアの瞳が、ふっと暗く煌めく。


「魔族がいた時代よ」


 その一言で、謁見の間の空気が冷えた。


 燭台の炎が揺れる。


 リースペイトは、わずかに息を呑んで、大きく目を見開いた。


「ああ……。白の魔女は、何てものを蘇らせてくれたの」


「セレナの死者蘇生の魔法は完璧だったわ」


 アメリアは天井を見上げる。


「魔法を熟知しているはずの私が、彼女の魔法が薄くなる、月が曇る夜にしか出てこれなかったんだから」


 指先が玉座の肘掛けをなぞる。


「でも、ヴァルディウスの人間たちは単純ね。一度、白の魔女が悪だと知れ渡ったら……すぐに追い出した」


 謁見の間に、アメリアのくすくすとする笑い声だけが残る。


「セレナがいなくなったおかげで、随分と生きやすくなったわ」


 瞳が妖しく光る。


「近くに呪いがある国って、居心地がいいのよ。今では、月が曇るかどうかなんて関係ない。好きなときに外へ出られるもの」


 リースペイトは目を細めた。


「……人を食っていたのは、セレナを追い出すため?」


 アメリアは一瞬、きょとんとした顔をする。


 そして。


 吹き出した。


「ふふ……あはは。それはあなた達が勝手にやったこと」


 笑いを押さえながら言う。


「私にとっては都合が良かったけどね」


 アメリアは口に手を当てた。


「セレナがいると喉が渇くのよ」


 唇を舐める。


「血はいいわ」


 うっとりとした声。


「水より、ずっといい」


 しばらく考えるように目を細める。


「……そうね。私がやったことと言えば」


 軽く首を傾げた。


「図書室に、私の直筆の古文書を置いたくらいかしら」


 リースペイトの目が鋭くなる。


「古文書?」


「ええ」


 アメリアは楽しそうに笑う。


「私、『魔女の血は万能薬となる』とは書いたけど、『禁忌の』なんて付けたかしら?」


「……私は、魔族になった王妃様に踊らされていたというわけ」


「人聞きが悪いわ。誤った情報を王に伝えたのは、貴女でしょう?」


 指先が、軽く玉座を叩く。


「まあ、確実にセレナを殺すために書いたのは事実だけど」


 あっけらかんとした声だった。


「私はね」


 ゆっくりと言う。


「全員の魔女に死んで欲しいの。魔族を、死の世界に追いやった魔女たちに」


 瞳の奥が暗く燃える。


 リースペイトはしばらくアメリアを見つめていた。


 やがて、ふっと息を吐く。


「……貴女魔族にしては勤勉ね。忘れっぽいのだけが、魔族の良いところでしょ」


「リースペイトは随分昔のことを言うのね。今どきの魔族は勤勉でなくちゃ。だって、人間から世界を取り戻さなきゃいけないもの」


 優しい慈愛に満ちた笑みだった。









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