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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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48話

◇◇◇◇



 崩れ落ちた高台の瓦礫が、まだわずかに軋んでいた。

 砕けた木材と石片のあいだから、ユークリッドはゆっくりと姿を現す。


 舞い上がった土煙が、夜の戦場に薄く漂っていた。


 視界が開けた瞬間。


 目の前に、二つの影が立っていた。


 レオニス。

 そして、教皇バルタザール。


 二人は並んでいる。


 高台の上には、瓦礫の中に埋もれる巨体があった。

 グリオラだ。


 顔面は腫れ上がり、まるで別人のように歪んでいる。

 意識は完全に途切れていた。


 拳ひとつで叩き伏せられた王の姿だった。


 ユークリッドはその光景を一瞬見つめ、やがて視線を二人へ戻す。


 そして、重く息を吐いた。


「……私たちの負けだ」


 言葉は静かだった。


 だが、その声には、長い緊張の糸が切れたような疲労が滲んでいた。


 ユークリッドの口元が、わずかに歪む。

 罰の悪さを隠せない、しかめ面だった。


「認めたら許されると思っている訳じゃないよな」


 レオニスが言う。


 だがその声には、戦場の空気を押し潰すほどの重さがあった。


 怒り。


 それも、剥き出しの激情ではない。

 底の方で静かに燃え続けている、深い怒りだった。


 ユークリッドは小さく肩をすくめる。


「最初からバリスハリスに喧嘩を売るつもりじゃなかった」


 視線はどこか遠くへ向いている。


「……ただ、どうしても私は白の魔女が欲しかっただけだ」


 その言葉に、レオニスの眉がわずかに動く。


「戦争を引き合いに出せば、俺が白の魔女を手放すと本気で思っていたのか?」


「ああ」


 ユークリッドは即答した。


「報奨金付きの指名手配までやったんだ。君には庇う理由がないだろう」


 レオニスの瞳が冷える。


「……お前は、なんで白の魔女が欲しいんだ?」


 その問いに、ユークリッドはわずかに目を伏せた。


 少しの沈黙。


 やがて、口を開く。


「今のヴァルディウス王国は……おかしい」


 掠れた声だった。


「最初に白の魔女の血を欲したのは、王妃の治療のためだった」


 レオニスの脳裏に、ある言葉が浮かぶ。


「……万能薬」


 ユークリッドは頷いた。


「そうだ」


 そして、空を見上げる。


 どこか遠い昔を思い出すように。


「そこからだ」


 声が、わずかに震えた。


「そこから、何もかもが狂った」


 戦場を渡る風が、瓦礫を鳴らす。


「呪いが蔓延した。そして……国が回らなくなった」


 レオニスは、ユークリッドをじっと見つめて、口を開いた。


「お前も」


 視線が、ユークリッドの身体をなぞる。


「お前の兵も」


 さらに遠くの兵士たちへ向ける。


「全員に呪いの瘴気が見える」


 ユークリッドの表情が固まる。


「……何を言っている?」


「ずっと思っていた。ヴァルディウス王国は、呪いに対する考えが甘すぎる」


 ユークリッドは眉を歪める。


「呪い?」


 鼻で笑う。


「呪いなんて風邪みたいなものだ」


 その言葉は、まるで常識を語るようだった。


「寝れば治る。それが普通だったんだよ」


 その瞬間。


 レオニスの瞳に、明確な怒りが宿った。


「……お前こそ、何を言っている」


 声は低い。


 しかし、氷のように鋭かった。


「呪いは、解呪しなければ治らん。死んでもな」


 ユークリッドの顔色が変わる。


「……いや。そんなこと、ないはずだ」


 言葉が乱れる。


 視線が揺れる。


「誰かがヴァルディウス王国に強力な呪いを掛けたんだ!」


 叫ぶ。


「そうだ! 白の魔女が、私たちを苦しめようとしている!」


 声が狂気に近づいていく。


「早く殺して、血をッ!」


 呼吸が荒くなる。


「血を飲まないと。国民も……全員が死んでしまう!」


 静寂が落ちた。


 その沈黙を破ったのは、レオニスだった。


「白の魔女を殺して血を取ったところで」


 冷たい声。


「一滴ずつ配ったとしても、ヴァルディウス王国の全員には足りない」


 ユークリッドが言葉を失う。


「もし血が足りたとして、次に強力な呪いが来たらどうする?」


 レオニスは続ける。


「他の魔女の血を取るのか?」


「そんなことをするはずがない!」


 ユークリッドは叫ぶ。


「禁忌の魔女の血だけだ!」


 レオニスは、ふっと鼻で笑った。


「それはどうかな」


 その視線は冷酷だった。


「ヴァルディウス王国は、白の魔女から絶大な恩を受けていた」


 ゆっくりと歩く。


「それなのに、殺そうとしているだろうが」


 足音が瓦礫を踏む。


「そんな野蛮なことをする国だからな」


 ユークリッドは歯を食いしばる。


「……私の気持ちは、レオニスには分からない」


 震える声で言った。


「分かりたくもない。お前らは長い年月をかけて、白の魔女が起こす奇跡に慣れてしまった」


 レオニスはユークリッドを真っ直ぐ見据える。


「そのツケ来ただけだ」


 レオニスはゆっくりと魔剣を抜く。


 刃先がユークリッドの額へ触れる。


 冷たい鉄の感触。


 一滴の汗が、ユークリッドの頬を伝った。


「一つ教えてやる」


 戦場の風が止まったようだった。


「ヴァルディウス王国が被るはずだった呪いの瘴気を」


 言葉が落ちる。


「散らして回っていたのは、白の魔女だ」


 レオニスの声が、静かに響く。












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