47話
◇◇◇◇
ヴァルディウス王国の魔術師団が放つ魔法など、もはや戦場の空気の揺らぎに過ぎなかった。
炎が裂け、雷が走り、氷が槍のように降り注ぐ。
だが、そのすべてを意にも介さず、二人の英雄は前へ出る。
レオニスと、バルタザール。
ひとりは王。ひとりは教皇。
その歩みは揺るがない。
レオニスの剣が閃く。
片腕を失ったとは思えぬほど流麗で、研ぎ澄まされた剣筋だった。魔剣は空気を裂き、軌跡に白い残光を引く。迫る魔法は刃に触れた瞬間、まるで紙のように断ち切られていく。
一方で、バルタザールはまるで嵐だった。
巨体が踏み込み、拳が振るわれる。
拳。
ただそれだけ。
だがその一撃一撃が、まるで大槌で大地を叩きつけるような威力を持っていた。
轟音。
空気が震え、衝撃が戦場を揺らす。
グリオラは二人の攻勢に押され、一歩後退する。するとヴァルディウス側の兵もゆっくりと確実に後退した。
レオニスの剣。
バルタザールの拳。
二つの猛威が、交互に、容赦なく叩き込まれる。
グリオラは防戦一方だった。
だが勝ちが確定した戦争で負ける訳にはいかない。戦斧を振るうたび、火花が散り、衝撃が空を震わせる。
グリオラに余裕は無くなっていた。
巨斧を振り上げる。
「ッラァァ!!」
狙いはバルタザール。
呪いを宿す戦斧が、天から落ちる雷のように振り下ろされた。
その瞬間だった。
バルタザールの体が、煌々と光を放つ。
まばゆい白金の輝き。
聖堂の奥深くに灯る神秘のような光だった。
斧がその光に触れる。
衝突。
だが次の瞬間、斧は弾き返された。
キィィィィンッッッ!!!
金属が悲鳴を上げる。
巨大な戦斧が、あり得ない角度で跳ね上がった。
グリオラの目が見開かれる。
呪いの斧だ。
触れた肉体を侵し、骨を砕き、命を押し潰す。
それが。
まるで意味を持たないかのように、バルタザールはかすり傷も付いていない。
「……なんだ!」
グリオラは再び斧を振るう。
叩きつける。
振り抜く。
だが結果は同じだった。
光が弾き返す。
何度やっても変わらない。
「なんだその力は!!」
驚愕と苛立ちが声に滲む。
その時だった。
レオニスが、二人の間へ滑り込む。
空から降る魔法がバルタザールへ集中する。
火球。
雷槍。
氷柱。
だがレオニスの剣が舞う。
一閃。
二閃。
三閃。
魔法が次々と断ち落とされ、空中で砕け散る。
刹那の時、雨を斬り払うようだった。
「お前に教えると思っているのか?」
レオニスが添える。
グリオラは眉間に皺を寄せた。
「お前は知っているのか!」
その問いに答える者は、別にいた。
バルタザールだった。
レオニスと入れ替わるように前へ出る。
巨体が一歩踏み出す。
拳を振りかぶる。
空気が軋んだ。
そして、ゆっくりと言い放つ。
「盗人の国の王とは……こんなものか」
「なッ!?」
その瞬間。
拳が振り抜かれた。
轟音。
衝撃。
まるで大砲が至近距離で炸裂したかのような一撃だった。
拳はグリオラの顔面を捉える。
骨が軋む音が響く。
グリオラの巨体が宙を舞った。
吹き飛ばされる。
兵の隊列を突き破る。
ヴァルディウス、エルピアータの兵たちが巻き込まれ、弾き飛ばされていく。
土煙が上がる。
その勢いは止まらない。
グリオラの身体はさらに後方へ叩き飛ばされ。
ついには、ヴァルディウス王が座している高台へ激突した。
簡素に組まれていた高台は、轟音とともに崩れ落ちた。
静寂。
戦場の空気が、一瞬止まる。
そして。
バルタザールが静かに言った。
「戦争は我らの勝ちだ」
その言葉に、レオニスが肩を揺らして笑う。
「良いところを持っていくな」
「我がこの戦争にトドメを刺したのは事実だ」
「まあいい」
バルタザールを見て、苦笑する。
「俺は腕も取られた。お前にも良いところを取られた。というのに今、実に気分がいい」
レオニスは短く息を吐く。
「血を出しすぎたな」
「ああ、まったくだ」
二人の言葉は軽い。
だが、その背後には、幾千の刃と魔法が交差した戦場の重みがあった。
止まっていた戦場の空気が、ゆっくりと動き始める。
兵たちはまだ動けない。
誰もが、今起きた出来事を理解しきれていなかった。
グリオラは崩れた高台の瓦礫の中。
勝敗は、すでに誰の目にも明らかだった。
レオニスは剣を肩に担ぐ。
バルタザールは拳を軽く鳴らした。
二人は並ぶ。
そして。
止まってしまった戦場に、勝敗を確定させる為の一歩を踏み出した。




