46話
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拮抗していた戦線が、わずかに揺らいだ。
レオニスは、あの呪い斧に触れさせぬよう、戦闘の最初から神経を研ぎ澄ませていた。魔剣で刃を受け流し、間合いを崩し、斧の軌道を逸らす。だがヴァルディウス王国の魔術師団が放つ無数の魔法が、その動きを確実に削っていた。
空気が裂ける。
火が弾ける。
氷が地を穿つ。
その嵐のような魔法の合間を縫いながら、レオニスは戦い続けていた。
そして、ついにグリオラの戦斧の刃が、レオニスの左腕へ触れる。
ほんの掠り、それだけの接触。
だが、それで十分だった。
「チッ!」
鈍い音が響く。
次の瞬間には、左腕が内側から押し潰された。
肉と骨が砕け、形を失い、腕は無残に歪む。
レオニスは、迷わなかった。
右手の剣を振り上げる。
刃が、肩口を一息に走る。
斬ッ!
断ち落とされた腕が宙に舞う。
血が噴き上がる。赤い飛沫が大地へ降り注ぎ、鉄の匂いが濃く漂った。
だが、地に落ちた腕は、そのままでは終わらない。
崩れた肉が、縮み始める。
骨も肉も、血も。
すべてが内側へ吸い込まれるように凝縮されていく。
一瞬で、手のひらに乗るほどの赤い玉となった。
レオニスの肩から大量に血が流れ続けている。
肩口から溢れ、鎧の隙間を伝い、地面へ滴る。
それでも。
レオニスの瞳は、少しも揺らいでいなかった。
硬く強い、強い意思を宿している。
その様子を見て、グリオラの目が見開かれた。
「そんなに早く腕を落とせるものか?」
驚愕が声に混じる。
レオニスは血を振り払うようにして剣を構え直した。
「使えぬ腕などいらん」
短い答え。
「そうかよ」
グリオラは歯を剥いた。
そして、間髪入れず踏み込む。
血を失い、足元が揺らいでいるレオニスへ、怒涛の攻め。
空気を引き裂き、暴風のように戦斧が振り回される。
その一振り一振りが、致命の一撃。
レオニスは片腕で魔剣を操り、必死に受け流す。
火花が散る。
衝撃が腕を痺れさせる。
そして空から、氷の槍が降った。
鋭く細い氷柱が、矢のように一直線に落下する。
回避は、間に合わない。
氷槍がレオニスの太ももへ深々と突き刺さった。
肉を貫き、骨に届く。
その衝撃で、身体が止まる。
ほんの、一瞬。
だが戦場では、それが致命的だった。
グリオラの目が、獲物を捕らえた猛獣のように輝く。
「いっちょあがりィィィイイイ!!!」
咆哮。
巨体が跳ぶ。
空を裂くように戦斧が振り上げられる。
そして、レオニスの頭上から振り下ろされた。
刹那。
戦斧が、あり得ない角度で真上へ弾き飛ばされる。
巨斧が空を舞う。
グリオラの目が見開かれた。
「……なにッ!?」
そこに立っていたのは、一人の男だった。
拳を高く掲げたまま、斧を打ち上げている。
「またせたな」
低く響く声。
教皇バルタザールだった。
レオニスは、息を吐きながら言う。
「遅い」
「バリスハリスの王妃に挨拶してきたからな」
「それなら、もう少しゆっくりしててもよかったぞ」
バルタザールが、ガハハと腹の底から豪快な笑い声。
その横で、レオニスもくくく、とくぐもった笑いを見せた。
戦場の中央で、戦場には似合わない光景だった。
グリオラの瞳に、怒りが滲む。
「……エリシュニカ聖教国は、この戦争に手出ししないと聞いていたが?」
バルタザールは肩をすくめた。
「盟友のピンチを助ける」
そして、ゆっくりと言い放つ。
「これに国は関係あるのか?」
「なに!?」
怒声。
バルタザールは鼻で笑った。
「小さい」
そして一歩踏み出す。
拳を鳴らす。
「あぁ、小さな王よ」
重く響く声が、戦場に落ちた。
「胸を貸してやろう」
拳を構える。
「覚悟してかかってこい」
「バルタザール」
グリオラの頬が、ぴくりと痙攣した。




