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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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45話

◇◇◇◇


 木造の観客席。


 聖教国の貴族や各国の使節たちが並び、絹の衣擦れとざわめきが絶えず波のように揺れていた。


 その華やかな席の隅。


 場違いなほど小さく身体を縮め、椅子に座る一人の女がいた。


 白い外套に身を包んだ白の魔女。


 セレナは、両手を胸の前で組み、固く祈っていた。


 指先が白くなるほど力を込め、瞳を閉じ、唇をわずかに震わせる。


 祈りの言葉は、ただ一つ。


 レオニスの無事。


 それだけだった。


 しかし。


「……あやつ、白の魔女じゃないか!」


 観客席のどこかから、驚愕の声が上がる。


「私はあの顔を知っているぞ!」


「なんでここに禁忌の魔女がいるんじゃ!」


 ざわめきが一瞬で広がる。


 何人もの視線が、祈る女へと突き刺さった。


 指が向けられる。


 怯え。


 嫌悪。


 そして、恐怖。


 それでも。


 セレナは目を開けない。


 祈りをやめない。


 どれほど騒ぎが広がろうと、ただ静かに祈り続けていた。


「……血は万能薬になると聞く」


 どこかの国の使節が、顔を歪めながら呟く。


「殺せ」


 その一言に、背後の騎士が即座に反応した。


 剣の柄に手が掛かる。


 金属がわずかに鳴る。


 その瞬間。


「誰であっても」


 穏やかな声が割り込んだ。


「彼女の祈りの邪魔はさせんよ」


 いつの間にか。


 白の魔女の隣の席に、一人の司祭服に身を包んだ武骨な男が腰掛けていた。


 静かな威厳。


 その男はエリシュニカ聖教国の頂点、教皇バルタザールだった。


 彼はゆっくりと周囲を見渡す。


「我は、ヴァルディウス王国とバリスハリス王国から、観客の安全を一任されておる」


 その声は小さい。


 しかし、不思議と席全体に響いた。


「お主らは、どこの代理だ? まさか……我の顔に泥を塗るつもりではあるまいな」


 使節の顔が、わずかに引きつる。


「そいつは禁忌の魔女だ!」


 それでも、男は声を荒げた。


「エリシュニカ聖教国は、人の皮を被った化け物を庇うのか!」


 バルタザールは、ゆっくりと首を傾げた。


「……分からんか?」


 視線が、まっすぐ使節を射抜く。


「今、どっちが化け物だ」


 その言葉に、席が静まり返った。


 使節は口を開く。


 しかし、何も言えない。


 やがて、舌打ちを一つ残し、席へと腰を下ろした。


 騎士もまた、剣から手を離す。


 静寂が戻る。


 バルタザールは、周囲に立つ聖教国の兵たちへ軽く視線を送った。


 それだけで、兵たちは理解する。


 観客席は、守られている。


 そして隣に座るセレナへ顔を向けた。


「……なぜ見ない?」


 セレナは、目を閉じたまま答える。


「怖いのです」


 声は震えていた。


「レオニス様が傷付くのを見るのが……怖い」


 少し間を置き。


「人の死を見るのも、辛いのです」


 バルタザールは、平原へと視線を向けた。


「そうか」


 静かな声。


「もうそろそろ決着がつく」


 淡々と言葉を口にする。


「ヴァルディウスの勝利で終わるだろう」


「はい……」


 セレナは小さく頷いた。


「分かっております」


 胸に手を当てる。


「感じるのです。レオニス様の気配が……だんだんと弱くなっています」


 バルタザールは顎に手を当てた。


「そうか。ここから勝つには、グリオラの斧を攻略せんことには、レオニスの勝機はない」


「呪いの武器ですね」


 セレナは即答した。


「あれは呪いの武器なのか?」


「はい」


 ゆっくりと目を開く。


「とても強力な呪いを宿しています」


 少しだけ考えるように視線を落とし。


「……あの呪いと同等になると、私の長い人生でも、百ちょっとしか見たことがありません」


 バルタザールは眉を上げた。


「百もあるのか」


「私、結構生きてますので」


 セレナは、少し困ったように微笑んだ。


 バルタザールは平原を見つめる。


 しばし沈黙。


 そして。


「ここから、呪いを消すことはできるか?」


「もっと近くないと無理です」


「ほぅ」


 口元がわずかに上がる。


「無くすこと自体は、できるのだな」


「はい。レオニス様が近くにいたら、一定時間だけ、呪いを無効化することもできます。でもあまりにも遠い」


 バルタザールは頷く。


「それ、我に掛けてくれんか?」


「……はい?」


 セレナは目を瞬かせた。


「我はな」


 静かに立ち上がる。


「一人でも参戦しようかと思っていた」


 平原を見下ろす。


「その前に、白の魔女と話せて良かった」


 振り返る。


「やってくれ」


 セレナは一瞬だけ驚いた顔をした。


 だが。


 すぐに頷く。


「……分かりました」


 小さく息を吸い。


「では、念入りに、呪いの無効化を付与します」


 手を胸の前で組む。


 白の魔女セレナは、ゆっくりと瞼を閉じた。


 喧騒に満ちていた観客席の音が、遠くへ退いていく。


 呼吸は小さかった。けれど確かに空気を震わせていた。


 次の瞬間。


 セレナの指先から、淡い白光がこぼれ落ちる。


 まるで雪の欠片のような、柔らかな光。


 それは一つ、また一つと生まれ、静かに空中へと浮かび上がった。


 光は消えない。


 空中に留まり、ゆっくりと数を増やす。


 やがて白い雪のように舞い、静かにバルタザールの肩へ降り積もった


 それは、呪いを否定する魔法。


 触れた瞬間。


 光は溶ける。


 水のように、体の中へ染み込んでいく。


 やがて。


 バルタザールの周囲に、薄い光の膜が広がった。


 目に見えるか見えないかほどの、かすかな輝き。


 しかしその光の内側では、世界の理がわずかに書き換えられている。


 呪いは届かない。


 歪んだ力は、触れた瞬間に消失する。


「息がしやすい。身体も軽い」


 バルタザールが自分の体を見やり、感じることを言った。


 それは静かな奇跡だった。


 セレナは、ゆっくりと目を開く。


「……これで」


 かすかに息を吐く。


「しばらくの間、呪いは届きません」


 その声は確かな力を持っていた。








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