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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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40話

◇◇◇◇



 城門をくぐると、石畳の上で馬車の車輪が静かに止まった。

 軋む音がひとつ、冷えた空気の中に溶けて消える。


 御者をしていたレオニスは先に馬車を降りる。


 石畳に靴音が小さく響いたあと、振り返り、荷台にいるセレナへと手を差し出す。


 セレナは一瞬だけその手を見つめ、それから迷いなく取る。


 温かく、力強い手だった。


 軽く体を支えられながら、セレナは石畳へと降り立つ。


 そのときだった。


 城の方から一人の男が姿を現した。


 整った衣服の裾を揺らしながら、ずんずんと早足でこちらへ向かってくる。歩みは早いが乱れてはいない。だが、その速度には明らかな怒りが混じっていた。


 ダルフィードだった。


 知的な顔立ちの奥、眼鏡のレンズが光る。その瞳はまっすぐにセレナを捉え、隠そうともせず敵意を滲ませていた。


 数歩の距離まで近づいた瞬間、


「おい、ダルフィード。止まれ」


 レオニスの声が静かに落ちた。


 怒鳴り声ではない。

 だが、その一言だけで空気がぴたりと止まる。


 ダルフィードの足もまた、そこで止まった。


 彼の視線はなおもセレナに向けられている。


「何故ですか」


 王に向ける声に、怒気が押し殺されていた。


「この怒りを……どこへぶつければいいとお思いで」


 石畳の上で、その声が重く響く。


 レオニスはゆっくりと息を吐いた。


「お前が怒ることではない」


 短い言葉だった。


 だがそこには、感情を押し流すだけの重さがあった。


「すぐ側の脅威に晒されて、先を読む目を失ったか」


 レオニスの視線が鋭くなる。


「セレナをヴァルディウスに送ったからといって、バリスハリスが助かった。……そんな甘い話を信じているわけではあるまいな」


「そ、それは……」


 言葉が喉につかえる。


 ダルフィードの顔に一瞬、動揺が走った。


 痛いところを突かれたのだ。


 彼自身が誰より理解している。あの決断は、救いではなく、ただの先送りに過ぎなかったことを。


 レオニスは小さく肩をすくめる。


「ダルフィード。お前は後回しにしただけにすぎん。ヴァルディウス王国を傀儡(くぐつ)にしたエルピアータ帝国は、いずれ必ず俺たちにも噛み付く」


 その言葉のあと、レオニスは喉の奥で小さく笑った。


 くくく、と。くぐもった笑い。



「お前……」



 その瞬間、空気が冷えた。


 目に見えない圧が城を覆い、空気そのものが重く沈む。


 門にいる兵士たちも、城の扉の前で控えているメイドたちも、誰一人として息を立てない。


 ただ、王の声だけが落ちる。


「俺の大切な人を切り捨てて」


 一瞬の沈黙。


「時間稼ぎで済ませる気ではないだろうな」


 威圧。


 それは怒声ではなかった。


 だが抗うことの出来ない力が、言葉そのものに宿っていた。


 ダルフィードの膝が石畳に落ちる。


 かすかな音がした。


「……私の不徳の致すところです」


 頭を垂れる。


 誇り高い宰相が、完全に頭を下げていた。


 レオニスはしばらくその姿を見下ろしていたが、やがて歩み寄る。


 ぽん、と。


 軽くダルフィードの肩を叩いた。


「自身の過失を認めたところで悪いがな」


 声は少しだけ柔らぐ。


「今の国政は緊張している。罰ひとつでも与えたいところだがダルフィード。お前に抜けてもらっては困る」


「わかっております」


 ダルフィードはレオニスの言葉を噛み締める。


「頼むぞ」


 レオニスはそれだけ言うと、きびすを返した。


 そして歩き出す。


 城へと。


 だが数歩進んだところで、ふと足を止めた。


「それと」


 振り返らずに言う。


「もうセレナは、この王国の人間だ。最初からな」


 声が静かに落ちる。


「お前もそのように扱え」


「……は」


 短い返答。


 それを聞くと、レオニスはそのまま城の中へ消えていった。


 しばらく、沈黙が残る。


 ダルフィードはゆっくりと立ち上がり、眼鏡の位置を直した。


 そしてセレナを見る。


「白の魔女」


 声は落ち着いていた。


 だが、感情が消えたわけではない。


「私はお前が嫌いだ」


 率直だった。


 しかしそのあと、わずかに言葉が途切れる。


「だが……お前がバリスハリス王国の一人だとしたら」


 小さく息を吐く。


「悪かった。仲間を切り捨てるところだった」


 セレナは肩をすくめる。


「私もレオニス陛下の口車に乗せられた一人よ。お互い様でいいんじゃない」


 苦笑が漏れる。


「でも」


 少しだけ空を見上げる。


「なんだか全部、上手く行きそうな気がしてくるのよね。不思議な人よね、あの人」


 ダルフィードは小さく笑う。


「あぁ」


 その笑みには、どこか諦めと信頼が混じっていた。


「それで上手く運ばなかったことがないからな。……不思議なものだ」


 眼鏡の奥の瞳が細くなる。


 星空の下、今日はやけに明るい夜だった。









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