表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/72

31話

◇◇◇◇



 夢を見ていた。


 数十年前の、あの焦げた山脈の夢。


 空は赤く、竜の血と炎で世界が歪んでいた日。

 レードオーガルの咆哮が鼓膜を裂き、魔術の光が何度も弾け、そして最後に。


 自分は燃えていた。


 鎧が溶け、肉が焦げ、視界は白く掠れていた。

 竜の首は落ちた。だが身体の感覚は急速に遠のき、熱だけが残っていた。


 その掠れた視界の中に、ひとつだけ鮮明なものがあった。


 白。


 焦土に不釣り合いな、清楚な白い外套。


 顔は霞んで見えない。だが、声だけははっきりと覚えている。


「もう大丈夫」


 あの一言で、張り詰めていた意識が切れた。

 死臭も、痛みも、恐怖も、すべて遠のいた。


 白の魔女セレナ。


 そして今、その女は、この城にいる。



 レオニスは静かに目を開けた。


 天蓋(てんがい)越しに差し込む朝の光が、やけに澄んでいる。


 普段は朝が弱い。戦場では誰よりも早く目覚める癖がついているくせに、城ではどうにも起き抜けが悪い。


 だが今日は違った。


 胸の奥に、妙な澱みがない。


 嫌な気配もない。眉をしかめることもない。


 むしろ、あの日と同じような奇妙な安心がある。


「……おい」


 短く呼ぶと、すぐに扉が開いた。


 控えていたメイドが一礼する。


「支度を」


「はい」


 侍女が手際よく寝衣を脱がせ、王の衣を着せていく。

 金糸の刺繍が入った上衣、軽装ながら動きやすい長衣。王でありながら、常に剣を取れる装い。


 その最中、重い足音が廊下から近づいた。


 ノックもなく扉が開く。


「失礼いたします」


 入ってきたのは側近騎士、クリスだった。


 顔色が硬い。


「何だ」


 レオニスは鏡越しに問う。


「ヴァルディウス王国が、隣国エルピアータ帝国と同盟を結んだと報せが」


 着替えの手が一瞬止まる。


「ユークリッドも、まだ若いのに耄碌(もうろく)したか」


 他国の王を吐き捨てた。


 エルピアータ帝国。


 勝った瞬間から全てを奪う国。


 女子供は戦利品。食料も宝石も根こそぎ持ち去る。

 建物は破壊され、男と老人は見せしめのように殺される。


 その残虐さは、大陸中に知れ渡っている。


 そして何より。


「ヴァルディウスとは、国境を断絶するほどに仲が悪かったはずだ」


「はい。幾度も小競り合いを繰り返していました」


 クリスの声は慎重だ。


 レオニスは静かに息を吐いた。


「そこまでして、欲しいんだろうな」


 視線が、窓の外へ向く。


 城の最奥。ここからでも見える位置にある部屋。


「……セレナの血が」


 白の魔女。


 不老で、癒しをもたらす奇跡の存在。戦場で焼け落ちたはずの自分を、生かした女。


 あの一言で、レオニスは命を繋ぎ止めた。


「久しぶりに、いい目覚めだったというのに」


 苦く笑う。


「側近の騎士から最悪の報せを受けるとはな」


「申し訳ございません」


「お前が謝ることではない」


 レオニスは立ち上がる。


 王の顔に戻る。


「どうせ、いつかは知ることになる」


 腰に剣を差す。


 その重みが、現実を教える。


「ならばこちらも手を打つまでだ」


「エリシュニカ聖教国に?」


「ああ」


 同盟国、エリシュニカ聖教国。

 神の加護を掲げる宗教国家。軍事力は高くないが、影響力は絶大。


「ヴァルディウスが牙を剥くなら、こちらも盾を増やす」


 そして、続けた。


「クリス」


「は」


「ユークリッドには祝いの言葉を送れ」


「……祝い、でございますか」


「同盟成立を祝うと。心からな」


 皮肉は言わない。


「必ず添えます」


 騎士が踵を鳴らし、退室する。


 扉が閉まる。



 静寂。


 レオニスは一瞬だけ目を伏せた。


「セレナは誰にも渡さん」


 小さく呟く。



 この国に向けて、嵐の匂いが、確かに近づいていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ