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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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31/72

30話

◇◇◇◇



 数十年前。

 ヴァルディウスとバリスハリスが手を組んだ、ただ一度の大規模討伐。


 標的は、竜種レードオーガル。


 山脈を巣とし、雲を裂いて飛ぶ災厄。

 その翼が影を落とすだけで都市は恐怖に陥り、炎の吐息ひとつで城壁は溶け落ちると言われた存在。


 空は赤く、地は焦げ、空気そのものが焼けている。


 竜が咆哮する。


 鼓膜を裂く音圧。

 兵が膝をつき、馬が暴れ、岩肌がひび割れる。


「隊列を崩すな!」


 若きユークリッドの声が戦場を貫いた。


 ヴァルディウス王国が誇る魔術師団が、一斉に詠唱を開始する。

 幾重にも重なった魔法陣が空を埋め尽くし、雷光が幾筋も落ち、氷槍が雨のように降り注ぎ、重力の檻が竜を押し潰す。


 世界最高峰と謳われる連携。


 だが、爆煙が晴れた先で、レードオーガルは立っていた。


 鱗の隙間から煙が上がるだけ。血は、流れていない。


 竜は、笑っていた。


 翼が振るわれる。


 衝撃波が大地を抉り、魔術師団が弾き飛ばされる。詠唱が途切れ、悲鳴が上がる。


 それでもユークリッドは叫ぶ。


「止めろ! 一瞬でいい、動きを止めろ!!!」


 魔術が再び重なる。


 氷が竜の脚を凍らせ、鎖の魔法が翼を絡め取り、空間固定術が巨体の動きを鈍らせる。


 完全な隙ではなかった。ほんの数瞬。


 それで十分だった。


 地を蹴る音が一つ。


 レオニスが前へ出る。


 手に持つ剣は、バリスハリス王家の魔剣ディスパテル。


 鞘から抜いた瞬間に刃が唸った。

 王家の血に呼応し、禍々しい光を帯びる。


 炎が迫る。


 ヴァルディウスの魔術師が横から結界を張る。

 灼熱がぶつかり、光の壁が砕け散る。


「行け、レオニス!!」


 ユークリッドの声。


 レオニスは走る。


 熱風で皮膚が裂ける。肺が焼ける。鎧が軋む。


 それでも止まらない。


 竜の爪が振り下ろされる。


 回避は不可能。


 その瞬間、横合いから雷撃が走る。ユークリッドの魔術の一撃が竜の体勢を崩す。


 爪がわずかに軌道を外した。


 衝撃で骨が軋み、血が飛ぶ。

 だが致命傷ではない。


「もう一撃!!!」


 氷の杭が喉元を貫き、竜の顎がわずかに上を向く。


 その隙に、レオニスは屈んだ。


 首へと、剣先を向ける。


 竜の瞳が、初めて人間を脅威と映す。


 顎が開き、喉奥に灼熱が集束する。


 レオニスの頭上で、カッカッカッと熱で死を凝縮したような音がなる。


 それでも踏み込む。


 ディスパテルが首を裂く。


 初めて、深く血が噴いた。


 竜が絶叫する。


 だが同時に、至近距離で炎が解き放たれる。


 白熱。


 レオニスに直撃してはいないが、視界が焼き潰される。


 鎧が溶け、肉が焦げる。


 それでも、


 レオニスは剣を離さなかった。


「終わりだ、災厄」


 最後の力を振り絞る。


 ディスパテルが、炎を吸収したように鈍く光る。


 炎の中、レオニスはもう一度、踏み込んだ。


 渾身の一太刀。


 深く、深く、首を断ち切る一撃を。


 魔剣が咆哮し、竜の声を両断した。


 同時に、レオニスは魔剣を手放す。


 レオニスの体は治療不可能なほどに、焦げ、溶けていた。


 竜と英雄の相打ち。勝利の歓声は上がらなかった。


 レードオーガルの巨体が、山のように崩れ落ちる。



 轟音とともに、土煙が空を覆う。


 静寂。


 災厄は、動かない。


 だがレオニスも地に倒れていた。


 血が止まらない。意識が遠のく。


 遠くで誰かが叫んでいる。


 勝ちは確信していた。国を守るための戦いだったからだ。


 ただレオニスは『熱かったはずの体が、今はやけに寒い』と、そんな悠長なことを考える余裕すらあった。



 焦げた戦場に、不釣り合いな女がいた。


 白い外套を羽織った女が、レオニスを覗き込んでいる。


 顔は霞む。


 だが声だけは、はっきり届いた。


「もう大丈夫」


 その安心する一言で、張り詰めていたものが切れた。


 若き王子は、竜の首を断ったまま、静かに意識を手放した。



 ヴァルディウスの命懸けの援護と、

 バリスハリスの王子の最後の一太刀。


 幾千の犠牲の上に、やっと掴み取った、紙一重の勝利だった。












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