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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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29話

◇◇◇◇



 夜の王城・花園


 夜の王城は、昼とは違う顔を見せていた。


 白い石造りの回廊からこぼれる灯りが、庭園の花々を柔らかく照らす。

 薔薇も、百合も、見知らぬ異国の花々も、まるで宝石のように光を宿していた。


 その中心で、セレナは楽しそうに花に触れている。


「……すごい」


 指先で花弁を撫で、香りを確かめ、くすくすと笑う。


 そこへ、報告を終えたレオニスが静かに歩み寄った。


「お茶にしよう。甘い物は好きと言っていたな」


 振り返ったセレナの顔が、ぱっと明るくなる。


「はい」


 その無垢な笑みに、レオニスの目元がわずかに緩む。


「クリス」


「かしこまりました」


 セレナに付き従っていたクリスが一礼すると、すぐにメイドたちが動き出す。

 花園の中央に置かれた白い円卓へ、優雅に茶器が並べられていく。


 湯気が夜気に溶け、甘い香りが広がった。



「俺のいない間に、楽しみは見つけたか?」


 レオニスが椅子に腰かけながら尋ねる。


「はい。ここのお花は、どれもヴァルディウスでは見たことがないものばかりで……香りも心地良くて」


 セレナは目を閉じ、そっと息を吸う。


「……陛下と、同じ匂いがします」


 その瞬間。


 紅茶を口に含んだレオニスが、ごほっと咳き込んだ。


「大丈夫ですか!?」


「んっ……大丈夫だ。ほ、他は?」


 耳の先がわずかに赤い。


「他には……クリス様が、チョコレートというものが甘くて美味しいと教えてくださいました」


 横で控えていたクリスが、無表情のまま小さく目を伏せる。


「チョコは慣れない者には毒だ」


「え?」


「……酒は平気か?」


「たしなむ程度なら……。でも、すぐに気を失ってしまいます」


 レオニスが少し考える素振りをする。


「少しだけなら良いだろう」


 目くばせひとつで、すぐに運ばれてくるチョコレートケーキ。

 艶やかな濃茶色の表面が、灯りを映して輝く。


「これがチョコですか?」


「シフォンケーキにコーティングしてある」


「なるほど……では、いただきます」


 フォークで切り分け、一口。


 次の瞬間、ぱあっと顔が花のように綻んだ。


「これは……! とても美味しいです!」


「そうか」


 その表情を見た瞬間、レオニスの視線が柔らかく溶ける。


 酒を一口、またケーキを一口。


 やがてセレナの頬がほんのり赤く染まる。


「……熱いですね」


 首元を仰ぐ仕草が、妙に無防備だ。


 体がふらりと揺れる。


「セレナ」


 レオニスは立ち上がると、そのまま彼女を抱き上げた。


「陛下が……キラキラして見えます」


「酒のせいだ」


 だが、その声は優しい。


「ここまで馬車での移動が続いた。今日はこれで終いだ」


 安心しきったセレナは、すぐに目を閉じる。


 腕の中で、小さな寝息。


 横からクリスが静かに言った。


「安い手口ですね」


「お前の考えているようなことはせん」


 フッと笑って、真面目に返す。


「バリスハリスに来た初日は、楽しい思い出にしてやりたかった。それだけだ」


 眠るセレナの顔を見る。


 無防備で、穢れを知らない寝顔。


 その額に、そっと口づける。


「……だが」


 レオニスはほんの一瞬だけ、セレナを抱く腕に力が入った。


「早く手放した方が良さそうだ」


 独占欲と理性が、静かにせめぎ合う夜。


 チョコの香りと、甘い酒の匂いが漂っていた。










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