26話
王都へ向かう馬車は、ゆるやかに石畳を刻んでいた。
窓の外では、ノクスグラートの城壁が小さくなっていく。
向かいに座るレオニスは、腕を組み、どこか落ち着かない様子で外を見ている。
その向かいで、セレナは膝の上に手を揃え、にこやかに微笑んだ。
「皆さん、本当にお優しくて……ノクスグラートを離れるのが少し寂しいです」
「……そうか」
短い返事。声が硬い。
「フェンも王都に来てくれますし、あの方、本当に真面目で、怪我人の手当てもよく手伝ってくださって」
レオニスの眉がぴくりと動く。
「ほう」
「魔物討伐のときも、真っ先に前に出ていて。勇敢で、誠実で……みんなから慕われているのも納得です」
無垢な賛辞。
悪意は一欠片もない。
だが。
「……やけに詳しいな」
「はい? ええと、よくお話ししましたから。ノクスグラートのことも教えてくださって」
ガタン、と馬車が大きく揺れる。レオニスが足を組み直し、視線を真正面からセレナへ向けた。
「楽しそうだな」
「はい、とても」
セレナの即答に、沈黙が落ちる。
馬車の車輪の音だけが響く中、レオニスはふっと息を吐いた。
「……他の男のことを話すな」
「え?」
きょとん、とセレナは首を傾げる。
「王の前で、別の男を褒めちぎるとはいい度胸だ」
「褒めちぎってなど……事実を申し上げただけです」
「それが余計だ」
レオニスの声は低い。だが頬はわずかに赤い。
セレナはしばらく考え込み、それからぱっと顔を上げた。
「では、陛下のお話をいたしましょうか?」
「……は?」
陛下は、強いだけではありません。戦場では誰よりも先に前に出て、けれど無謀ではなく、必ず帰ってこられる。あの背中は、みんなの希望です」
「……」
「兵たちの名前を覚えていらっしゃるでしょう? 怪我をした者の家族のことも。あれは、簡単なことではありません」
レオニスの視線が、わずかに揺れた。
「王である前に、一人の人として誠実であろうとなさる。私は、それが何より尊いと思います」
「セレナ」
「それに――」
彼女は少しだけ身を乗り出す。
「陛下は、誰よりも国を愛しておられる。だからこそ、私に『国を見せたい』とおっしゃったのでしょう?」
レオニスの喉がわずかに鳴る。
「……あれは、」
「私は、あの言葉がとても嬉しかったのです」
セレナの声は、柔らかく、けれど迷いがない
「待て、セレナ」
名前を呼ばれ、セレナは口を閉じる。
レオニスは片手で額を押さえ、深く息を吐いた。
「お前は……」
「はい?」
「無自覚というのは、罪だな」
「何のことでしょう?」
本気で分かっていない顔。
レオニスは席を詰め、セレナの手首をそっと掴んだ。逃がさないように、だが強くはない。
「俺をそんな目で見るな」
「そんな目……?」
「俺が勘違いする」
静かな告白。
セレナの頬が、ようやく染まる。
「陛下が、何を勘違いなさるのですか?」
それでもなお、無垢に問いかける。
レオニスは一瞬だけ目を閉じ、観念したように笑った。
「……お前が、俺のものだと思ってしまう」
馬車の中の空気が、甘く張りつめる。
セレナは小さく瞬きをして、そして。
「それは、いけないことなのですか?」
無自覚の、とどめ。
レオニスの理性が、音を立てて軋んだ。
「少し黙ってくれ」
「はい?」
レオニスは髪をかきあげ、手で顔を隠した。馬車は王都へ向かって進み続ける。甘く、危うい距離を乗せたまま。
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