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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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20話

◇◇◇◇



 執務室の窓辺に腰掛け、レオニスは腕を組んだまま、険しい顔で唸っていた。


 机の上には山積みの書類。だが彼の視線は書類の文字を一文字も追っていない。


「市場は歩いた。同じ場所を幾度もだ。次は何だ……劇場か? いや、あいつは騒がしいのは好まんかもしれん。ならば湖か。静かな場所なら」


「陛下」


 鋭い声が空気を断つ。


 振り返れば、側近の騎士クリスが片膝をついていた。鎧がわずかに鳴る。


「なんだ、クリス。今は忙しい。小言なら後でまとめて聞いてやる」


「承知しております。ですが、あえて申し上げます」


 顔を上げた騎士の瞳は、主をいさめる覚悟を宿していた。


「ここ最近、白の魔女とデート、デート、デートと……バリスハリス王に相応しくない振る舞いが目立ちます」


 空気が凍る。


 レオニスは一拍置き、鼻で笑った。


「相応しくない、だと?」


「周辺諸国は警戒を強めております。ヴァルディウス王国との関係も不安定な中、禁忌の魔女と親密に振る舞うなど、王の品位を損ないます」


「品位か」


 レオニスはゆっくりと立ち上がった。


「品位を落とすだけで白の魔女と並び立てるなら、いくらでも落としてやる」


 静かな声だったが、揺るぎはない。


「俺は白の魔女を嫁にする」


 騎士の瞳が大きく見開かれる。


「……本気ですか、陛下」


「本気だ」


「正気とは思えません! 彼女は指名手配の身。百万エギルの賞金首です。王妃に迎えれば、国内外とわず反発は避けられません!」


 忠誠ゆえの焦りが、言葉に滲む。


 レオニスはクリスを見下ろし、淡く笑った。


「お前らは、いつもつまらんことを言う」


「……陛下」


「あんな面白い女、そうそうおらん」


 口元がわずかに歪む。


「俺に媚びぬ。怯えぬ。怒れば声を荒らげずに真正面から噛みついてくる。王という肩書きを、ただの道具としか見ておらん。そんな女だ」


「それは無礼というのです」


「違う。対等というのだ」


 確かな声だった。


「俺の周りには、俺を王としてしか見ぬ者ばかりだ。だがあいつは違う。俺を一人の男として見る。王も領民もない、同じ目線で見下ろしも持ち上げもしない」


 騎士は言葉を失った。


「……それでも陛下は、我らの王です」


「当然だ」


 即答。


「だからこそ、王の俺が選んだ女だ」


 レオニスは窓の外を見やる。ノクスグラートの街並み。人々の営み。


「白の魔女をめとることが、この国をさらに強くする。そういう予感がする」


「感情ではなく、打算だと?」


「両方だ」


 迷いはない。


 騎士は深く息を吐く。


「……なぜ、そこまで」


 その問いに、レオニスは目を細めた。


 ほんの一瞬、王の仮面が外れる。


「俺はな」


 静かに告げる。


「あの女の笑顔が見たくなったのだ」


 騎士がわずかに目を瞬かせる。


「俺が何をしようと、あいつは簡単には笑わん。皮肉を返し、睨み、怒る。……驚く顔を見せたと思えば、顔を赤く染める。それがたまらなく愛おしい」


 一拍。


「だが、俺は白の魔女の本気で笑った顔を、まだ見ておらん」


 窓から差す光が、その横顔を照らす。


「女の笑顔を待ち焦がれるなど、初めてだ」


 重くもなく、軽くもない沈黙が落ちた。


 ただ、偽りのない言葉だけが残る。


 騎士はゆっくりと頭を垂れた。


「……承知しました、陛下」


 レオニスは小さく笑う。


「次は湖だ。邪魔はするなよ、クリス」


「警護は最低限つけさせていただきます」


「好きにしろ」


 執務室に、かすかな笑いが落ちる。


 それは戦場では決して響かぬ、穏やかな音だった。








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