塗り変わる憧憬、気付けば相愛
「………ナツメ様?」
「…………え?………あ。」
私の返答が無いことを不思議に思ったカイルさんから名前を呼ばれる。
その声で意識を戻せば、いつの間にか目の前には、少し驚いたような表情をするカイルさんの顔があった。
何を驚いているのだろうと疑問に思っていれば、何やら私の右手に感触があり、それが何なのかを確認する為視線を落とす。
そこで目に入ってきたのは私の右手が無意識の内にカイルさんの服を現在進行形で握っている光景だった。
無意識の内に行ってしまった自らの行動に驚きと羞恥が湧き上がってきたものの、直ぐ様かぶりを振りそれらの感情を吹き飛ばす。
私がカイルさんを恋愛的に好きだと間接的にバレ、当の本人からも二人の将来を考える上で互いの心の内を晒そうと提案し、明かしてくれた心象。
カイルさんばかりが私に対して心の内を明かすのは、何処からどう考えてもフェアじゃない。
「…………カイルさん」
「!」
意を決し、無意識下に握ってしまっていたカイルさんの服が皺にならないよう配慮し、握っていた右手の力を少し緩める。
二枚のブランケットに包まれた体全体をカイルさんの方向へと変え、真正面に見つめ合える態勢へと座り直す。
もうこれ以上、焦らすのも焦らされるのもごめんだ。
「………私は家族という温もりを知らずに人生の半分以上を生き、公爵邸に運良く引き取られたただの異世界人です」
カイルさんの過去と、今の心境全てを私に吐露してくれたのだと言うのなら。
カイルさんとの将来が欲しいと願うのなら。
私の心境も、嘘偽り無く伝えなければ意味が無い。
地元である日本が存在する地球とは全く異なる異世界へと転移し、はや数週間。
突然見知らぬ土地へと何の前触れも無く転移した私の恐怖と焦りが渦巻く心を落ち着かせたのは、日本人である自身とほとんど変わらぬ容姿をしたカイルさんだった。
「知らない土地で、初めて接した貴方は、正直言えば元の世界でいつも見ていた人達と同じ容姿をしていたので一番の安心材料だったんです」
事実。髪色だけで言うならお義父様も黒髪なのだが、如何せん瞳の色が明らかに純日本人では有り得ないシトラスイエロー。
それに比べ、カイルさんの容姿は黒髪に、ダークブラウンの瞳と言う正にThe日本人と言っても過言ではない容姿なのだ。
「それも踏まえて、とても接しやすい人だなぁ〜なんて思っていたら………な、なんでお姫様抱っこなんてしちゃったんですか………?」
そう。私と同じく、日本人に最も近しい見た目でありながらも、その正体は中世ヨーロッパ文化で生まれ育ったゴリゴリのジェントルメン。
レディーファーストが服を着て歩いているカイルさんとの初対面で繰り出されたお姫様抱っこ。
きっと、気付いていなかっただけで既に、出会った時から私は彼に心を奪われていたのだ。
「それに、それに!意味分かんない緊張と心配で口走ったお願いを了承して一緒に馬車に乗って…………それも隣だったし!?……おまけにポプリもくれたし!?!」
自分自身が本当に伝えたいと思っていた事が上手く伝えられていない事に気付かないまま、一人その場でワタワタと慌てふためく。
先程吹き飛ばしたはずの羞恥が再び蘇り、それらを紛らわせようと見当違いにも、段々と話が脱線していく。
しかし、それらの話題も私が今まで心の中で密かに思っていたカイルさんに対する明らかに意識していると言ったような言動の数々だった。
「そ、そ、それに!!昨日の夜も!!」
私の中で何かが弾け飛んだ音がしたと同時に、もうどうにでもなれ、ともう一人の私が叫ぶ。
「目眩がしたのなら一言声をかけてくれればいいものの!!突然肩を掴まれたら………ド、ドキドキして!心臓潰れちゃうじゃないですか!!!」
掴んでいたカイルさんの服が皺にならないようにと、緩めていた力が再び込められ、加えていつの間にか反対側の服も握っていた。
今、とてつもなく自分が恥ずかしい言動をし、自分の首を絞めているのを理解しているからこそ、まともに顔が上げられずにカイルさんの胸元付近を見つめる。
すると、見つめていた胸元が微かに揺れ始めると思えば、掴んでいたと思ったカイルさんの右腕が私の手から離れる。
「………フフ。ナツメ様。そんないじらしい事を下心がある男の前で言ってはなりませんよ」
「した………?………!?」
下心と呟こうと口を開くのより早く、先ほど私の手の拘束から離れたカイルさんの掌があろう事か自身の頬へと添えられていた。
「あ!?………カッ!!?」
「私は今しがた旦那様から休みを言い渡された、ただのカイルですので。少し大胆なこともできちゃうんですよ?」
サラリと頬を掠める指先は、私に甘い痺れをもたらす。
あまりにも過剰なその刺激は、状況を理解する為にフル回転している脳の働きを妨げる。
「実の所、あれは目眩がした訳ではありません」
「…………てことは!?」
「わざとです♡」
頬を手を当てられたまま目の前でにこやかに笑ったカイルさんの表情は、優しげながらも何処か悪戯げなものだった。
コテンッと首を傾げた事により、既に整えられていた前髪がサラサラと流れ落ちる。
「カッ!!カイルさん!!!!」
その仕草と表情たるや。
執事長としてのカイルさんでは到底見ることの出来ない組み合わせに、カッと頬が熱を持つ。
おまけして、目眩だと思っていたあの出来事が、カイルさんにとって、私の気持ちを探る為の試し行為だったことに気づいた。
確かにこの人!!!見かけによらず用意周到ながらも、実に人間らしく、実に!!厄介!!!!!
「くぅうう………………」
でも正直、それが嫌だという感情が全く湧いてでない自分の方に呆れが来る。
何処まで、私は無意識下のうちにカイルさんにこれ程までに入れ込んでいたのか。
この人を好きになってしまったというのなら、もう私が彼を上回れる要素などただの一つもないなと思うと同時に、そんな彼に振り回されるのも悪くないと思うのはもう、私が末期だからなのだろうか。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「そんな私でも、ナツメ様は、私と共にありたいと、思ってくれるのですか?」
今一度、こちらを真っ直ぐと見つめるカイルさんのダークブラウンの瞳を目の当たりにし、それに答えるように私は黒々としたその瞳孔を見つめる。
最早、家族という概念が存在しない日本には、未練など殆ど無い。
それならば、長年夢見ていた自分だけの"家族"が持てる可能性が残るこの地に生きていきたいという願望が残る。
カイルさんをパートナーとして生きて行くには、この地で出会い、共に過ごした期間がまだ浅いということも十分理解している。
だが、カイルさんは身寄りのない私を引き取ってくれたお義父様を昔から知り、慕い、私と出会った頃から細やかに配慮してくれていた。
好意を持ってしまった私に気付きながらも慎重に距離感を押し計りつつ、カイルさん自身の願望にも奇跡的に重なった。
お互いを思い合い、一方で恩人であり、一方で主君であるお義父様に対する同等の敬愛の心を持つ。
これ以上無い、最高の相手。
「私は、この公爵邸で拾ってもらったお義父様のお役に立ちたいし、カイルさんの横にも立ちたい。こんな欲張りな私でも良いのなら!!」
カイルさんのダークブラウンの瞳には、椅子に座り下から覗き込む私自身の姿が映り込む。
一度瞳を瞬かせたと思えば、次の瞬間。
カイルさんの瞳の表面には薄いキラキラとした膜が貼り、一粒、目の端から橙色が反射する美しい涙粒が零れ落ちた。
「欲張り上等ですナツメ。愛しています」




