自称厄介な男、気づけば安堵
「ま、マリエッタちゃんって……王族……だったんですか………!?」
カイルさんの口から止めどなく告げられたのは、この世界において異界人という括りである私が知らない過去。
それも、カイルさんだけではなく、お義父様とマリエッタちゃんを合わせた三人の。
お義父様が公爵家の血筋の人間というのは出会った時から知っていたことだ。
しかしその奥方であるマリエッタちゃんもそれ相応な貴族の出であると言うことも頭で理解していた。
だが、それが真逆、この国を纏めあげる王族出身の皇女だとは思わないではないか。
他にも色々と物申したいところがあるにも関わらず、自身が養子へと入った公爵家が王族に近しい。
それも、なんなら書類上で最も近い関係となる母親であるマリエッタちゃんが王族。
そんな一平民育ちのドケチOLが、異世界の国を纏める王族に次いでの権力を持つ公爵家の娘になっていたという事実。
元々、不釣り合いだと感じていたものが最大級に不釣合だと思わざるを得なくなってしまった。
「な、なんて事……」
その驚愕な真実に頭を抱えるように顔を伏せれば、ティーカップに注がれたミルクティーに驚きに染まった自身の表情が映り込んでいた。
すると、元々近くにあった気配が更に近付いてきた気配を感じ、ビクリと肩を震わせる。
此処がカイルさんの私室で、その部屋の主であるカイルさんと私しか居ない今の状況で気配を感じるということは、十中八九それはカイルさんと言う事になる。
それも現在、対面で話していたはずのカイルさんは、わざわざ私の隣へと椅子ごと移動し真隣にいるのだ。
「驚く事はそれだけですか……?」
「っ………!?」
普段は執事長として屋敷で働く多くの人々を纏める為、要点をおさえてキッチリとした物言いをするカイルさん。
しかし今、私に降り掛かったその声色は、柔らかくもハキハキとした物言いとは違った明確なカイルさんの"素"を感じさせるものだった。
ソッと影が落ちてくる方向へと顔を上げてみれば、そこにあったカイルさんは眉根を下げ、僅かに唇をへの字に結んでいた。
その表情は出会ってから数週間という短い期間で見てきた今までの取り繕っていたであろう表情とのギャップにより、思った以上に私の心へとぶっ刺さる。
「え、あ、いや、あの………え〜っと、ですね」
どう取り繕おうかと、何か言葉を発するものの脳が正常に働いていない現在では明確な単語が口から発せられることはなかった。
勿論、カイルさんの口から告げられた過去の話でマリエッタちゃんとお義父様の事で驚く事が絶えずあったのは事実。
しかし、同時にこの話し合いの目的というのが私とカイルさんの未来を考える上で、お互いの事を知ろうと言う事だった。
それを踏まえた上でこの話を聞いていた私の身にもなって欲しい。
カイルさんに対して恋愛的な好意を持っている私が、カイルさんから告げられるカイルさんの過去を聞いて何の意見も湧き上がらない訳ある??
勿論!聞きたいことも沢山あるがそれ以上に、カイルさんの心の内を明かされたようで羞恥の方が勝ってしまっているのだ!!
だからこそ咄嗟に表に出てきた発言が、マリエッタちゃんが元々この国の皇女様だったのかという驚きだったと言うだけで。
カイルさんに対して物申したいことなど、この羞恥が無ければぶちまけていた!!!!
ただでさえマリエッタちゃんによってなんの前兆も無く行われた爆弾発言で露呈した私の恋情。
当然、そんな事があんなシリアスな場面で起こるとは思っていないのだからダメージは余計に大きかったのだ。
「私は幼い頃から仕えてきたスワン様がずっと憧れだったのです」
真隣に座るカイルさんから告げられたのは、そんな一言だった。
揺らぐ紅茶の水面のように私の心も何かを感じ取り、思考が鋭敏になる。
「物心ついた時から私の傍には、尊敬すべきスワン様が居られ、更に、そのスワン様には互いを想い合ったお相手が」
机上に置かれたミルクティーの水面が凪いているのを横目で見ながら、揺らぎなく真っ直ぐとこちらを見つめてくるカイルさんの瞳をおずおずと見つめ返す。
室内魔灯の仄かな橙色がカイルさんのダークブラウンの瞳にユラユラと溶け込む。
「私は身分上、どう足掻いてもウィリタース子爵家の三男であり、その子爵家の跡継ぎは既に我が兄が継承しています」
「そんな環境下で私が生涯の伴侶と添い遂げるのはとても難しいのです」
ゆっくりと語られるのはそんな、カイルさんの現実で。
その現実が有るからこそ今のカイルさんがあるがしかし、一方でカイルさんが望む一つの道を妨げると言う。
「当主以外の男児が生涯の伴侶を得るには、家督を継げる男児が居ない他家へ婿入りするか、自分自身で功績を立て爵位を賜り花嫁を迎え入れるしかありません」
「………なるほど」
どんどんと早まる鼓動を抑えながら、縮こまる様にその場で肩を竦める。
カイルさんの口から語られる言葉に頷きながらもその実、正確に脳内で理解しているとは言い難い。
これから何を言われるのかという期待と、緊張感により、頬が熱を持ち始め上気して行っていると理解する。
「それに私は……………とても厄介な男なのです」
コロコロと変わる自身の表情を気取られないようにと出来るだけ俯きがちで聞いていた。
それにもかかわらず、カイルさんとはかけ離れているワードが耳を掠め、思わず反射的に顔を上げる。
「…………? カイルさんが、厄介??」
お義父様のサポートを始めとした、執事長としての役割を日々全うしている姿はほんの一端だが昨日の一日メイド体験で垣間見た。
そんなカイルさん本人の口から、自身が厄介だと言った事に大きな違和感を感じた。
少なからず私にとってのカイルさんは、厄介の"や"の文字も感じたことの無い優しいシゴデキなお人なのだ。
「私は既にスワン様に忠誠を誓ったことで、この公爵家の中枢を担う執事長という大役を任されここに住まわせてもらっています。そんな私が添い遂げたいと思う相手の条件がとんでもなく傲慢な物なのです」
「そ、それは……どう言う……?」
恐る恐るそのカイルさんが求めると言う、相手の条件が何なのかを問いかけると、そこで一呼吸置くようにカイルさんが手元の紅茶を口に含む。
ゴクリと生唾を飲み込みその様子を眺め、その焦らされる返答を静かに待つ。
「まず第一に、私と同じくスワン様を心から敬愛する人であり、公爵家へと身を置かせて頂いている身分として、何処かへ婿入りするという選択肢が無くなる事によって必然的にお相手の方にもこの公爵家を支える為に共に働いて頂きたいという事。
故にウィリタース子爵家という肩書きだけを持ち合わせている私の元へやって来るということは、言わば姓だけが貴族なものの実際の生活はこの公爵邸で使用人として働くこととなるのです。しかしそんな事は、行儀見習いとして私と同じく幼少の頃から行儀見習いに行ったことのある貴族令嬢か、それ相応の教育を受け使用人として今後働くことを考えていた淑女でなければ難しい話なのです」
「え、あ、え、え…………あの」
つらつらと途切れること無くカイルさんの口から発せられたその言葉達は、流れる川のごとく何事からも干渉されなけれ止まることなどないように吐き出される。
あまりにもなその饒舌さに、真剣に耳を傾けて聞いていようと聞き役に徹していた私も流石に困惑を隠しきれない。
カイルさん自身が自分を厄介だと言っていた本当の意味が分かった。
本人自身に芽生えた、誰かと共にありたいという願望はお義父様の元で叶えたいというその忠誠心。
要は、カイルさん自身が主だと認めたお義父様を自分自身と同等な位に心から尊敬している事を大前提としたお相手を探していた。
それにプラスされたカイルさんの元へと嫁ぎに行くための数々の条件。
それは、言葉は悪いが、位の高い貴族令嬢からすれば公爵家へと務める子爵家の三男へ嫁ぐというなんとも言えない微妙さ。
逆に教育を受けた、一平民からすれば爵位を持たない自分自身が姓だけと言えども貴族の一員になると言う少し勇気のいるハードルの高さ。
私からすれば、日本で一市民として汗水垂らしながら働いていた生活から身分的に一気に社長夫人やら、皇居に嫁入りするとかそう言った次元の事なのかもしれない。
まぁ後者は現代日本では確実に有り得ない話ではあるのは重々承知の上だが、ここは日本とは全く文化もしきたりも、世界の理も違う異世界。
もしかしたら平民が王族に嫁入りすることだって出来るかもしれないのだから。
現に、素性も知れない怪しさ満点だった異世界人である私もこの国の決まりと称して此処、公爵邸へとイレギュラー的に養子として迎え入れられたのだから。
それを踏まえた上で考えれば、一市民として働き口を探している女性達にとって、働く環境としては教養があればとてつもなく良い職場。
しかしその代償に、貴族としての身分を持ち、それ相応の義務もかせられる羽目となるのだ。
「あ、勿論、この事をスワン様に相談してみた所、諸々の事を承諾してくださったのですが如何せんそんな都合の良い相手など居ようはずも無いという結論に至ったのです」
「な、なるほど………?」
私の脳内では絶えず様々な単語が端から端へと移動し、カイルさんが私へと伝えたいであろう内容を理解しようと言葉達が組み上がって行く。
「理解………は、難しい、と言いたげな表情ですね?」
そう言って合わされる瞳は微笑む表情により柔らかく見えた。
「…………自意識過剰な発言だったらすみません」
「?」
「もしかしなくとも、カイルさんはその条件にハマる上での最良の相手として私の事を好ましく思ってくれている、と言う事で良いのでしょうか……?」
出来るだけ変な事を口走らないようにと注意を払いながら言葉を選び、隣合ったカイルさんの表情を伺うように恐る恐る視線を投げかける。
「えぇ。ナツメ様の言う通りです。………こんな、自己中心的な願いが揃った貴方を好ましいと。純粋に私の事を好いてくれている貴方に対して不釣り合いにも程があると言うことは重々承知の上です」
「カイルさん………」
「すみません。私は所詮、上辺を取り繕ったただの自己中心的な男なのです………幻滅、しました……?」
今にも泣いてしまいそうな程に眉根を下げ、伏し目がちにこちらへと問いかけるカイルさんの声色は、底知れぬ恐怖に怯える子供のよう。
こんなにもコロコロと変化するカイルさんの喜怒哀楽、全ての表情は見た事がなかった。
故に、多くの人から頼られ、支持されている姿を遠くから見ていた私が持っていたカイルさんへの憧憬。
それが今、塗り替えられるようにして私と同じく感情に左右されるただの人間なのだと証明され一気に手の届く様な感覚がした。




