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20/22

畏敬すべきお義父様、気づけば図星

 

「ミア……を拘束」


 お義父様からの淡々とした声色で告げられた新たな真実に絶句する。


 しかし息を呑んだのはどうやら私だけで、待機している女騎士もカイルさんもただ険しい表情をしたまま静かに通信機を見つめていた。


「ど、どういう事ですか………?ミアが誘拐未遂に……機密文書窃盗……なんて」

『カイル』

「はい旦那様」


 確かに先程までこの事件が起こりうるには、私の身近な人物に内通者が居るということは頭でも理解していた。


 がしかし、やはりお義父様から繰り出された全ての言葉が信じられなく、脳がそれを拒む。


「ナツメ様。貴方が昨日口にしたものを覚えていますか?」


「………はい。ミアが入れてくれた紅茶と、ミルヴァさんの、スイーツです」

 

 まさかと思い、昨夜にいただいた紅茶とミルヴァさん特製の生キャラメルの味を思い出す。


「その紅茶の中には、徐々に眠気が襲ってくる睡眠薬が混入していたのです」

「す、睡眠薬」


 そう言えば、あの紅茶を完飲したすぐ後から目がとろんとし眠気が襲ってきたのを覚えている。


 てっきりそれは一日慣れないことをした代償で体の芯から温まったからだったのかと思っていたが、実際の所そうではなかったらしいのだ。


 であれば、その後に食べたあの生キャラメルの激マズ具合は何だったのか。


 やはりただのミルヴァさんの試作品の失敗バージョンをミアが間違えて持ってきてしまっていたのだろうか。


「そして予めミルヴァに事の詳細を明かし、気付け薬入りのスイーツを作らせておいたのです」


 気付け薬と言うと、めまいや立ちくらみなどで遠退いた意識を引き戻すための薬の事だろう。


 日本にいた際は気付け薬など飲んだことがないので何とも言えないが、これは絶対気付け薬以外にも味の創意工夫がされているだろうと思うぐらいには不味かった。


 まぁ、そのお陰で私は直前まで襲って来ていた眠気が一瞬にして覚めきるぐらいには効果が発揮されていたのだが。


 しかし、問題はそれを事前に作っていたとしても、どうやってミアに持たせていたのかという点に疑問が浮かび上がる。


 大体こういう内通者が隠密に行動する時と言うのは、誰にもバレずに単独で他の人の目につかないよう行動し、密かに行うものだと思うのだが。


「……でもそれをどうやってミアに持たせたんですか?」


 私が仮にそちらの立場ならばいつもとは違う行動をすれば、怪しまれるかもしれないと警戒するものなのではと思わなくもない。


 まぁ、そもそもがそんな事、肝のちっさい私には到底無理なのだけど。


「彼女は勤務態度を見るにとても慎重な性格です。そんな彼女が事を実行するのに自らが用意した物だけを持って行った後にナツメ様が誘拐されたとなれば、事前に出したその紅茶に何かが入っていたとバレるかもしれないと考える事でしょう」


「……自分以外の手が加えられたものを同時に口にする事でどちらが原因かを曖昧にした、と」

「えぇ。しかしこれはあくまでもまだ想像の範疇にすぎません」


 私を安心させるようにカイルさんは、いつもよりも優しい声色でゆっくりと丁寧にミアの人柄とそこから導き出される行動心理を説明する。


「その混乱に乗じてミルヴァへと罪を擦り付け逃げる算段があり、それを助力する者達が居た。ですがこれはまだまだ本人自身が口を割っていないため明確ではありません」


 だが、今回に限っては作戦の全貌を既にお義父様を筆頭に公爵家の要人達全員に知れ渡っていた為、そんな小細工は効かなかったという訳だ。


 本当は少しの間だけでも情が移り信頼していたミアがこんな事をしたと信じたく無かったが、お義父様をはじめとした皆が何の証拠もなく人を拘束するなど有り得ない。


 数週間と言うたったのこれっぽっちにしか満たない期間でしか近くで過ごしていなくても、この公爵家の皆が虚言を吐き、仕事を疎かにする事は有り得ないと思うぐらいには人柄を理解しているつもりだ。


 つまりはそれがこの事件の対応が紛れも無い事実だと言うことを突き付けられる。


「私の誘拐、については理解しました。がしかし、その機密文書窃盗と言うのは何なんでしょうか」

『その名の通り、公爵家運営や、国家機密に関する門外不出の情報と、ナツメが持ってきた代物に関する調査資料だ』


「!」


『先程も言っただろうが、この計画を画策したのは今ある情報の中では反王室派の貴族連中だと言うのがほぼ確定していてね。私が王室派の筆頭が故にこれを機にと我々の失脚を狙い聖女誘拐と同時並行で行われた』


『この一連の事件が成功していれば、我々公爵家の力の無さが各方面へと広がる』

『不祥事ほど直ぐに広まる話題などありませんものね』


『あぁ。そして一度落ちた評判など公爵家と言えどもそうそう上げれぬ』


 一度そこでお義父様の言葉が区切られジジジッと通信をキャッチするルビーが電子音を響かせ、それが夜の静けさに消え行く。


『…………舐められたものだよ』


 ゾッと怖気が襲うほどの覇気が孕んだその声色は、私の背筋を走り全身に震えを齎す。


 この少しの間に交流してきたお義父様のどれとも違う聞いた事のない声に恐れ戦き、再び傍にいるカイルさんの服を反射的に掴む。


「旦那様。……ナツメ様が」


『………あぁ。いや、すまないナツメ』


 カイルさんがお義父様を窘めると、その声に気付いたお義父様の声は普段の穏やかな声のトーンに戻り謝罪した。


『これは国家運営にも関わる重要な物でね』


 それはそうだろう。


 カイルさんの淑女教育で教えて貰ってくれた内容の中でも、王室を守護し王室に忠誠を誓い、忠実に国家運営を一番傍で支えてきたのが、王室派の筆頭貴族であるエリアル公爵家。


 勿論他にも、国の防衛や、内政の政に関わる役職に代々就いている王室派の貴族もある。


 しかし、その中でもこのエリアル公爵家が特出して王室全体から信頼され内情を共有しているらしい。


 そんなお家の機密情報など、王家に反旗を翻そうとしている勢力にその重大な情報が漏れるなどあってはならないことだ。


 きっと頭の切れるお義父様の事だ。


 私の誘拐が画策されているのに気づいた時には、この可能性があると言うことも視野に入れて動いていたのだろう。


 つくづく恐ろしいお方だ。


『それは、ナツメが持ち寄った代物たちの調査資料も同義でね』

「………ミルヴァさんが、私の持ってきた物には国家間の貿易に革命を起こすかもしれないと言っていました。……それは、新たな貿易の一つとして扱われると莫大な利益を齎すからですか?」

『あぁ、全くもってその通りだ』


 以前、ミルヴァさんのテリトリーである厨房に雑炊風のお粥を作りに行った際、お米が炊ける間の時間に持ってきていた日本酒について説明した。


 すると、この日本酒はハイディア王国の王侯貴族や、市民にとって嗜好品が少ない中で好まれている傾向の強い"お酒"


 そのお酒という分類に今までと違う趣向の新作が出るとなれば、王侯貴族を中心とした民に瞬く間に広がるだろうとミルヴァさんに推察された。


 おまけにこの事がハイディア王国以外にも当てはまるとするのならば、国家間の新たな輸入出の貿易手段として用いられる可能性も秘めている。


 日本酒がこの国、ひいては他国にも好評であれば莫大な利益を産む結果となるだろう。


『この事は既に陛下に確認を取り、米の生産量が多い我が領地で独占的に行って良いと承諾を得た。

 順番が前後してしまったが後は、ナツメの意志を確認し実行するまでの所まで来ていたのだ』

「え゛……私の許可など不要でしょう」


 確かに、本来はこの新しいアイディアとやらを提示した人にまずはそのアイディアを扱っても良いかを許可取りしてから、諸々の話を詰めるのだろう。


 しかしこんな美味しい話、早く着手しない手はなかったのだろう。


 シゴデキなお義父様とて人間だ。


 商人よりも商人らしく、商機を逃さまいと普段の執務に加えて私が持ってきた他の代物達の解析を行うポールさん達との連絡を取りつつの作業だった事だろう。


 そりゃあ究極的なマルチタスクの中で一つ工程が前後することがあってもなんら不思議じゃない。


 別にそこは私としては自分の許可が無くても良いとも思っている。


 もう既に国王陛下によって独占的な製造に関しての諸々の詳細事項を受理している状態でその全てを無かったことにする様に断ることなどできない。


 そもそもが私は日本酒の開発者でも無いので、別にアイディアを取られたなどと思い至ることは無い。


 それにこのアイディアを扱われるのなら、このエリアル公爵家が管理する公爵領であって欲しい。


 そうすれば、拾ってくれた恩返しにもなるしそれでお義父様が忠義を誓っているこの国の利益となるならばそれはそれで嬉しい。


 誰が好き好んで自分を拾ってくれた公爵家が属する国の衰退など望むか。それと比べれば逆に繁栄する方が何倍もマシだろう。


 所謂これが、異世界チートと言われようとも私は肩書きだけが独り歩きした公爵家に拾われたただの平凡な一般人。


 恐らく私は生涯この国から日本には帰れず此処に留まらざるを得ないのだろうと察する。


 だとするのならば私が持ってきた物でこれから生涯お世話になるこの公爵家の一つの大きな功績になるならば、それが本望だ。


(…………ん?逆に先に陛下に事の詳細全ての許可を得ていれば、権力に弱いと判断された私を言いくるめられると見透かされていたというのか………!?)


 は………!!!これも計算のうちだと言うのですか!?だとしたら大正解ですよお義父様!


『莫大な富を得る可能性があるこれらの情報が、反王室派の手に渡れば中途半端に権力を持ち制御が効かなくなりそれこそ貿易面からの国家転覆を狙われるだろう』


 下手に反乱分子達が国家間での貿易面で有利な立場を一つでも手に入れてしまうとする。


 もし仮にそれが、今まで友好関係を築けていない国との貿易関係だとすれば、その貿易品であるニホンシュを製造し、取り引きする領地はハイディア国にとって重要な責務を負うこととなる。


 そうなれば、反乱分子である反王室派の何処かの貴族にこの貿易を行われてしまえば、ニホンシュにより友好関係を結べたという事実を盾に取られての暴挙に出ないとも限らない。


 考えすぎかもと思わなくもないが、こう言う自分で制御のできない他人の交差する事象と言うのは、最悪なことが起きる前に先に予想しておくのが重要だ。


 そしてそれが国家運営に関する最も重要な事であれば尚更だ。


 私でもこの思考にたどり着くのだから、もっと色々な内情を知りさまざまな視野を持つお義父様からすればここまで考えていたのだろう。


 何度でも言う。本当に恐ろしい。


『しかし幸運にも、それらの計画はナツメの誘拐事件と共に綺麗に潰すことができた。片手間でこれとは………本当に、幸運だったよ………』


 フフッと隠しきれない笑みを零すお義父様の声は、姿が見えずともほくそ笑んでいるのが分かる。


 この二つの物事を同時進行して成功するだろうと舐められていた事が、お義父様の逆鱗に触れたのだろう。


 絶対目が笑っていないし、据わっている。


 声聞いただけでも怖いよお義父様。


『ナツメには怖い思いをさせてしまったね』

「いえ、怖いと思う前に終わっていたので特には………」


 誘拐事件については私は本当に何も被害を受けていないので別に恐怖などは無い。


 ただ、寝る前に食べた気付け薬入りの生キャラメルがまじで激マズだっただけで。


 何なら今のお義父様の方が怖い。


『私も、ナツメが無事でとても安心したわ』


 可憐な声色で紡がれたマリエッタちゃんの私の安全に配慮した言葉にお義父様も頷き、続いてカイルさんや女騎士も頷く。


 本当に、今頃あのまま公爵本邸の与えられた自室でそのまま眠ってしまっていたと思えば、怖気がする。


 それを阻止すべく、お義父様やマリエッタちゃん、一部の公爵家使用人達へと事前に詳細を告げられ行動を起こしたのだろう。


 それが確かであれば、ミアが私に紅茶を届けに来る際、疑われる場所を増やす為ミルヴァさん手製の食べ物を取り入れるであろう事を予測し、そこへと手を回す。


 無事私の部屋へ届けられた後、万が一私が紅茶を飲み気付け薬入りの生キャラメルを食べずに眠りに落ちれば直ぐに対処出来るよう私が知らない間に騎士たちが配置されていたのだろう。


 でなければ、あの瞬間タイミング良くカイルさんが部屋に入ってくる奇跡は起きなかったかもしれないのだ。


 全てが計算済みかと思えば本当に頭が上がらない。


 きっと私には量りきれ無い程、様々なプランが綿密に組まれていたのだろう。


「…………ん?」


 待てよ?もし仮にカイルさんがずっと私の部屋前で待機していたとしても一つ疑問が残る。


 私の部屋は公爵本邸の一室という事で、普通に広い。


 それはそれは、日本にいた頃の私のマンションの一室よりも広い。


 しかも、私が紅茶を飲んでいた場所は部屋の扉から一番遠い窓際に置かれた寝台の近く。


 それだけ離れていれば、大きな声量で会話をしない限り扉の向こうまでその話し声は聞こえはしない。


 カイルさんはどうやって入るタイミングを見計らったのか??


 扉に耳をつけてでも聞いていたのか?いや、だとしても耳良すぎじゃない??


 と言うか、扉に頬をつけて聞き耳を立てるカイルさんって構図を見たらシュールすぎて笑う自信がある。


 いやいや、ジェントルマンなカイルさんはそんな行動を見かければ真っ先に咎める立場の人間。


 そのような人間が咎められる様な行動をする訳………


『それでそれで!?ナツメはカイルの事が好きなの!?!』


 跳ね上がる様なウキウキとした様子でマリエッタちゃんから突拍子無く告げられたのは、事前の話題とは何ら関係性の無い。


 しかし確実に私の図星を突いてくる鋭い言葉の矢。




「………はぁ!?!?!!」

「奥様!?!?!」


 その返答は、直ぐ様告げられる訳もなく、名の上がった両者共にうわずった悲鳴の様な声だけがルビーの通信機を通して部屋に反響した。


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