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19/22

明かされる現状、気づけば愕然

 

 暖かな紅茶を嗜んでいれば、コンコンとドアが鳴りカイルさんがドアを開けるために立ち上がる。


 扉が開けられた廊下に立っていたのは、昨夜私がディナを見送る際に初顔合わせをした女騎士だった。


「カイルさん、どうやら無事制圧出来たようです」

「! そうですか、良かった……」


 制圧という女騎士から告げられた言葉に、やはり先程の動く様な光を放っていたあの部屋に何か公爵家に仇なす不届き者が侵入していたのだと暗に察せられる。


 今夜が新月だったのもあり、それを目眩しに利用し作戦決行でもしたのだろうか。


 だとしたらやはり公爵家に恨みがある何者かによる夜襲か、それとも単なる賊か。


 どっちにしろこの公爵邸に居る騎士達は、常日頃から訓練をこなしているのを私もこの数週間見てきていた。


 そんな屈強で公爵家の主であるスワン・エリアルに忠誠を誓っている者達の集まりである騎士団がある限り、滅多な事は起こらないだろう。


 私は武闘や武術などを習っていた訳では無いのでそれがどれほど大変で難しいかは計り知れない。


 これもまた公爵邸に使えるカイルさんをはじめとした使用人達とは別のリスペクトがある。


「ではナツメ様、事の詳細をお教えしましょう」


 くるりと振り返り、私の方を見たカイルさんは、先程のような優しい雰囲気が消え、凛とした空気を放ち始める。


 本能的に、気が引き締まりに握っていたティーカップをソーサーに戻し背筋を伸ばす。


 目配せをしたカイルさんに反応した女騎士が私に一言、部屋に入ってもいいかと断りを入れ軽く頷く。


 そもそもここは私の私室では無いので、私の許可は要らないのでは?と思わなくもないが、一旦は私が使わせてもらっているのでこの判断は真っ当なのだろう。


 女騎士が部屋に入っていくと同時に、カイルさんは近くにある戸棚の戸を開け、中から何やら仰々しい謎の物体を取り出してくる。


「………??」


 何が起こっているかさっぱり見当もつかなかった為、ここは大人しく待っておく。


 目の前に置かれた謎の物体の中央には何かをはめ込む窪みのようなものがあり、そこから中心に何やら紋様が彫られていた。


 よくよく台座を見てみればとある片面に幾つかのボタンが備わっており、何かの機械のように見受けられる。


 パタンと扉が閉じられる音がし、そちらに視線を移せば、隣の部屋から出てきた女騎士がこちらへと歩いてきていた。


 その手元には、昨日私がマリエッタちゃんから貰ったルビーのビンズが乗っかっていた。


 女騎士からルビーのビンズを受け取ったカイルさんは、迷いなくそれを目の前にある窪みにはめ込む。


 カチッとはめ込まれた音がした瞬間、台座に刻まれていた紋様が中央から徐々に光を帯び始める。


 それを見たカイルさんが、片面に存在する幾つかのボタンの一つを押せば、白い光を帯びていた紋様が、青色へと変化して行った。


『ーーー、ザーーー、ーー、ーー。』


 するとどこからともなく、電子音の様な、砂嵐のような耳障りな音が聞こえ始める。


『………ツメ。無事かい?』

「! お義父様、の声………!?」


 突如この部屋にはいないはずのお義父様の声が聞こえ、反射的に辺りを見回す。


 しかしその声の主は、この場で探してみても姿形など何処にもいない。


 となると、先程の声は今しがたこの機械のような台座にルビーをはめ込んだことで聞こえてきたという結論に絞られるだろう。


 これは十中八九、通信機とでも言うのだろうか。


『あぁ、そうだ。どうやら繋がったようだね』

「ご無事で何よりです旦那様」


 装置にセットされたルビーがお義父様が喋る度淡く光る。


「な、何が起こったんですか……?」


 恐る恐ると言った調子で、目の前にあるルビーのビンズに語りかければ、ピンと空気が張り詰めた。


 女騎士は、一度立ち位置を私の左背後へと陣取り直し、カイルさんもいつもの執事の佇まいで私の側へと立つ。


 真剣な面持ちで生唾を飲み込めば、お義父様の吐息に反応したルビーが淡く光る。


『……ナツ』

『ナツメ!!大丈夫でしたの!?』


 バタンと大きな音がしたと思えば、ルビーの通信機から聞こえてきたのは、大層元気なマリエッタちゃんの声だった。


「おっ、マリエッタちゃん!?」


 あまりにも元気なマリエッタちゃんの声に驚き、目をひん剥く。


 マリエッタちゃんは確か、昨日はお風邪を召されて私が看病をしたはず。


 それなのにどうしてこんなにも元気なのか……。もしかしたら公爵家専属の主治医が処方した薬が、ものすごく効いたのかもしれない。


 そうこう考えているうちにも、公爵邸の恐らくお義父様の執務室であろう場所でマリエッタちゃんとお義父様のやり取りが聞こえてくる。


『ナツメ、すまないね。実は、マリエッタは風邪になんてかかっていなかったんだよ』

『えぇ、このように元気ですわ』

「…………はい??」


 今さっきまで公爵家お抱えの主治医すげ〜とか考えていたのに、それは今の一瞬の内に砕かれた。


「………仮病だったんですか?」

『えぇ。騙していてごめんなさい……ナツメ』


 ほっと胸を撫で下ろした私が力無く返答すれば、少し凄んでいたように聞こえたのか、マリエッタちゃんが分かりやすく声のトーンがしゅんと落ち込んでいた。


「あぁ、いえ、別に怒っているわけではなく……ただ安心しただけです」


 仮病だということは、今のマリエッタちゃんは病気に罹っていないという事。


 それが事実なら、色々複雑ではあるもののなんだかんだ言って一安心なのだ。


 誰もこんな美少女が病に犯されるところなぞ好き好んで見たいと思わないだろう。


 私は思わない。いつもずっと元気に微笑んで、お義父様の隣に並んでいて欲しいよ。


「でも、それでは何故、わざわざ仮病なんか?」


 そう。疑問はそこなのだ。


 今のこの状況でマリエッタちゃんの仮病の事をカミングアウトしたという事は、屋敷に侵入者が現れた事と何かしらの関係があるのだろう。


 しかし状況が上手く飲み込めていない私では、その意図が把握出来ない。


『……色々と事象が絡み合っているのだが……簡潔に言えばナツメ。お前が何者かに狙われていた。そしてそれを阻止する為の作戦の一つだったんだ』

「狙う………は?私を??」


 あまりに聞きなれない単語が耳を掠め、聞き間違いかと、共にこの通信を聞いていたカイルさんに視線を移せば、その表情は重苦しく決して嘘を言っているような感じではなかった。


 意味が分からない。何故私を?


 私が何かしたのか?いや、それは無い。私がこの世界に飛ばされて行った場所といえば偶然飛ばされたこのエリアル公爵家と、連れらて行った王宮のみ。


 誰かから恨みを買われたなどという心当たりも全くない。


 それなのに私を狙う??


『ナツメにはあまり、貴族間の問題に触れさせたくはなかったが、本人を巻き込んでしまうとなれば説明が必要だろう』

「………はい、そう、ですね。正直何が何だか………」


 寝起きの脳内と言うのもあるのか、思考が纏まらず、お義父様から発せられた言葉を脳内で考える事が出来ていない。


 それを拭う為にも、お義父様からの説明が欲しい。


『まず、このハイディア王国の貴族は王室派と反王室派、そのどちらにも属さない中立派の三つの派閥に別れている』


 お義父様が言うには、王室派が王室絶対至上主義。所謂、王族こそが国の頂点に立ち国を率いていくべきだと言う考えの元、王族に忠誠を誓う派閥。エリアル公爵家を筆頭に数々の貴族が属する。


 反王室派も貴族至上主義ではあるものの、所謂富と権力を欲する野心家達が、自らが国の頂点に立ちたいという者達の派閥である。


 どうやら過去には、王室を引きずり下ろすことは叶わなかったものの、政略結婚の末、傀儡の国王を作り上げ国を傾けかけた時代もあったという。


 なんかこれと似た様な話、日本史にのどっかに載ってあった気がするような。


「でもそれがなんで私と繋がるんです?」

『ナツメ、……ナツメは国王様から何を授かった?』


 国王からの授かりもの。それは私が現代日本からこの世界に転移してきた日に国王直々に私へと授けられた称号のことだろう。


「………聖女の称号、ですかね」


『あぁ、そうだ。その称号をナツメが授かってしまったが故にこの事件が起こってしまったんだ』


 "聖女"


 それはこの国にとって何か特別な役割があってこその称号だったのだろう。


 やはり身元の知れない私などが授かっていい代物ではなく、多少無理をしてでも断るべきだったのか………


 ………いや、冷静に考えても無理だな。あの凄みを前に断る方が私の心臓が縮れてしまう。


『聖女という称号は、この国の子女に与えられる物でね。教会があるのは知っているだろう?』

「はい、国王様が本来異世界から来た異界人を引き取ってくださるのは教会なのだ、と言っていました」


 本来、現代からやってきたなんの力の無い異界人は保護対象であり、王室の庇護下である教会で引き取られる事が通例だという。


 しかし私の場合、本人的にはなんの力も持っていないはずなのに私が持ってきたもののせいか、お陰か。


 凡人とはかけ離れた功績と認められ非凡となってしまった私の安全を、民間解放されている教会では保証できないとも言っていた。


『教会では常に民へ対する慈しみを込めて、シスター達が傷付いた民達の治療を行っている』

『医師とは少し違いますけど、おまじない程度で治る怪我の治癒活動を行っているんですの』


『ナツメ、この国の子女は生まれながらにして治癒能力を扱える女性が多いの。この一連の流れと今回の事件との繋がりが分かるかしら?』


 昨日、子猫が鳴くように可愛らしい声色で会話をしたマリエッタちゃんとはうってかわり、淡々と落ち着いた声色で言葉を交わす。


 この国に生まれた子女には治癒能力を扱える子女が多い。


 物語でよく聞く聖女であれば、強力な癒しの力を持つ女性が多くを助くことができればそれは国民から聖女と囃子立てられる事例が多いだろう。


 この事から推察するに、国王から賜る栄誉ある"聖女"という称号は、多く住まう国民の支持を得やすく王家に反旗を翻す為の切り札になり得る。


 これは、子女が存命している反王室派に属した野心家達にとってこの上ない極上の蜜なのだ。


 自身の娘が聖女という、必然的に力ある立場になれば国の過半数を占める国民達の心を奪ってしまえば王の事など一捻りだろう。


 人間とは一人ではちっぽけな力だとしても、集まればそれだけ大きなことをも成し遂げる。


 それと、私が聖女の称号を預かった意味。いや、奪ってしまった影響がこれなのだ。


『………この情報量で理解するのは難しいだろう』

「いえ、何となく察しはつきました」


 先程自身の中で考え結論づけた話を簡単にまとめれば、本来治癒能力の最も優れた貴族子女に贈られる聖女という称号。


 それを異世界人の私が奪い取ってしまったことが原因で、聖女という大きな権力を持ち合わせることの出来なくなった貴族による犯行だったのだろう。


「私が聖女の称号を授かった事で、反旗を翻そうと画策していた反王室派の最大のチャンスを私が奪ってしまった。その事によって………私を殺そうとした!?」


 よくよく考えれば今まで念入りに練ってきた計画を根本からぶっ壊した私は、反王室派の最大の敵。


 であれば、私を亡き者にし自らの子女を再び聖女として推薦し地位を得ようとしたのではないか。


 今考えれば恐ろしいな!?私もしかして殺されかけたの!?!


『ふむ、大方合ってはいるものの惜しいな』

「こ、殺されかけたんですか……私」


 もしかしたら、この世界の社会の情勢に疎いまま何も知らずに殺されていたのかもしれないと想像すれば、恐怖により勝手に声が震え始める。


 それに気づいてか、傍に控えていたカイルさんが私の肩にかけられたブランケット越しにギュッと肩を抱く。


 優しく赤子をあやす様にさするその手つきは、一定のリズムで行われ私の跳ね上がった心拍数もそれに倣い徐々に落ち着いていく。


『いや、殺されかけたのではなく………ナツメを攫い、無理矢理洗脳する事により傀儡にしようとしていた』

「く、ぐつ」


『あぁ。もし阻止出来ていなかったとすれば、それは……お前の意思など関係無く、無慈悲に行われるものだったろう』


 低く低く落とされたお義父様の声色は、強ばっており普段の温和な雰囲気とは全く違っていた。


 ぐっと肩にあるカイルさんの手にも力が込められるのを感じ、それが余計に未遂で終わった犯行の恐ろしさを物語っていた。


 殺されると言うのも非常に恐ろしい事だが、自身の意思関係なく洗脳されれば、それはもう私が私でなくなる。


 例え、生きていたとしても意思なく誰かの思いのままに操られるなど、最早生きる屍。


 そんなのは殺されるより、もっと悪質で考えたくもない事だ。


『しかしそれも失敗に終わった。全ては上手く収束している。だから安心しなさい、ナツメ』


 張り詰めた口調だったお義父様は、私の恐怖心が通信機越しでも伝わったのか、安心させるように諭す。


「………なんだか、何も知らなかったのが私だけのようで、呑気に寝ていてすみません」

「その様に計画を立てたのは、他でもない私達です。謝る必要など、どこにも無いのですよ」


 優しく紡がれたカイルさんの言葉は、同じく傍に控えていた女騎士の同意と、通信機越しのお義父様とマリエッタちゃんの頷きにより私の心に染み入る。


 この一連の事件は、事が起き、対応している最中に偶然私が気が付いた。


 それは、お義父様をはじめとした公爵家の人々が、予め事件の全容を粗方把握し、適切に対応したということ。


 もし、私がもっと深い眠りにつき、外で警備していた騎士達の声が聞こえなければ、これらは私に知られず処理されていたのだろう。


 なんと有能で、なんと恐ろしい。


 その事に気がつけば、事件に巻き込まれていたかもしれない恐怖は一瞬で薄れて行った。


 しかし、ここで一つ疑問が浮かび上がる。


 聖女という称号が欲しいがために私を狙ったというのなら、例え名のある貴族が暗殺者を雇って私を殺したとしてもこの公爵家を相手にすればきっと足はつく。


 だとすれば、私を誘拐するなどそれこそ厄介なことなのではないかと。


 私が寝ている間に担がれ運ばれれば、流石に途中で目が覚めると思う。


 それとも何か。転移魔法とかそう言うのがあったりするのか?


 この際だからと思い、一呼吸おき口を開く。


「………ですがお義父様、一つ疑問があります。聖女の称号を賜った私が煩わしいと思った反王室派の誰かによるこの犯行は、何故成功すると思ったのでしょう。この世界には転移魔法などそういった類の魔法があるのですか?」

『いや、転移の術と言うのは貴重な魔石を加工した魔導具でなければ扱えない。それも使用に制限があり、所有しているのは王室騎士団・魔術師団のみだ』


「では、どうやって?攫うにしても担いでいかれれば、流石の私も目が覚めます」


『単純な話だよナツメ』


 そこでお義父様の言葉が区切れ、ルビーの光が弱まる。


 少しの沈黙の後、お義父様の吐息に反応したルビーがまた淡く点滅する。


『お前を深い眠りに誘い、昏睡させた状態で連れ出そうとしていたんだ』

「こ、昏睡!?」


 確かに睡眠薬かなんかで眠らされて連れ出すまでは私が思いつかなかっただけで確かに、と納得した。


 がしかし、その後に発せられたお義父様の言葉に驚きを隠せなかった。


「でも私、使用人棟に来るまで眠くなったりとかはしませんでしたよ!?それにそもそも睡眠薬を飲んだ記憶も………」


 少なくとも、実行犯にはこの作戦が上手くいっていると確信持たせた状態で、犯行に至った瞬間状況証拠を押さえ捕らえる事をしなければ、煙に巻かれて逃げられるだけ。


 その為には、私が何処かで睡眠薬を飲んだと相手に安心感を覚えさせ油断させなければ、なら、な…………い。


 ハッと自分が至った思考に息を呑み、口元に手を当てる。


 犯行が行なわれる前に睡眠薬を飲んだと安心させる、という事は。この屋敷に。


 私の一番傍に居た人物が実行に移さなければ、()()()()()()()


 まさかそんな、信じられない、という感情で埋め尽くされ上がっていく息はトントンとさすられるカイルさんの掌の感触で抑えられる。


『…………お前は聡いね』


「か、カイル、さん………」


 聞きたくない、と耳を塞ぎたくなる衝動を逃がす為か。


 自らのその手は傍らに立つカイルさんの制服をひしと掴めば、それに答えるように私の肩を持つ反対の掌がその上へと重なる。




『ミア・アルバス。彼女を公爵家長子誘拐未遂及び、機密文書窃盗罪により拘束した』


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