深夜三時、気付けば桃色パニック
(………っ!!…………ーーー。)
「んん…………」
眠りにつき、意識を手放していた私の脳内に、何とも聞き分けられない音声が入り込み呻く。
いつの間にか寝返りを打っていたのだろう、仰向けの状態から寝台近くの窓に背を向けて横向きの体勢になっていた。
微睡みから意識が戻ってき始めた私は、徐々に現実の環境音が耳に入ってくるようになる。
(………とら……か!?)
(しっ!なつめさ……まだま………しんちゅうだ)
「………ん〜?…………な、に………とら?とらがいる……の?」
就寝中長らく喋っていなかった為か呂律は回らなく、うわ言のように耳から聞き入れ、唯一聞き取れた単語を呟く。
段々とはっきりしていく意識に呼応する様に閉じられていた己の瞼がピクリと動き、瞼を開くよう力を入れる。
うっすらと見えてくる室内の情景を回らない脳内で認識し、やっとの事で開けれた瞳で周囲を見回す。
もう朝かと、窓側へと視線を向けてみても、カーテンから漏れる光はなく、まだまだ夜が明けていないことが確認できた。
「………?まだ夜………」
ボーッとする頭で時間を確認しようと壁にかけられた時計を見ようと目を凝らそうにも、ぼんやりと寝台の周りだけを照らす室内魔灯だけでは見えなかった。
起きたばかりの体を寝台から起こし、のそのそと布団から這い出て時計が見える位置まで歩く。
時刻は深夜の三時四十分を指しており、まだまだ日の出には遠い時間帯だった。
であれば、さっき聞こえた人の声のようなものは何だったのだろうと言う疑問が湧く。
何か夢を見ていてその地続きで夢と現が曖昧になっていた幻聴だったのだろうか。
稀に睡眠が浅かった際、自身の寝息が嫌に耳につきびっくりしたように目が覚めることもあるが、今回はそれとも思えない。
確実に自分の寝息ではなかったし、確かに何か「とら」と聞こえた気がするのだ。
少し部屋の中を歩き回った事で目が冴え、意識がはっきりしてくる。
が、しかしこのまま目覚めていても一人で室内魔灯の操作をできない私は、ただただこの豆球程度の室内魔灯が灯る部屋の中で何も出来ないまま過ごす羽目になる。
そうなれば明日は絶対に寝不足になる。
ここは大人しく目が冴えてしまった事を忘れるように速やかに布団に入り再び寝る方がいいだろう。
ぺたぺたと覚束無い足取りで寝台へと向かい襲い来る大きな欠伸をかましながら横になろうとする。
「騎士が足りない!お前達来てくれ」
「え!?しかしここの警備は」
「副団長補佐が回るから安心しろ」
「…………!?誰々!?」
布団に足を突っ込み寝転がろうとした直後、部屋の窓の外から男性同士の会話が聞こえてきた。
いきなりの人の声に驚き暫く体が固まったと同時に、この公爵邸で何かが起こったのかと心配になった。
(……………)
少し迷った後、慎重に足音を消し寝台近くの閉じられたカーテンに手を掛け少しの隙間を開け、窓の外を覗き見る。
覗き見た先には、大きな公爵邸が鎮座しており、寝静まったであろう時間帯の筈なのに何故か公爵邸の一室が煌々と明かりが付いていた。
目を凝らしてみれば、その明かりはゆらゆらと揺れ動きながら部屋を移動していた。その動きは部屋に固定されて置いている室内魔灯ではありえない光り方だった。
「え、侵入者!?!」
「!? ナツメ様!?」
口からまろび出た独り言は、誰に言ったものでもなかったが、その言葉に反応しあろう事か私の名前を呼ばれる。
誰だ!?と思いもう少しカーテンを開け暗がりが広がる外を窓越しに見てみれば、少しズレた位置に公爵家お抱えの騎士団に所属する男性騎士が驚いた様にこちらを見ていた。
直ぐ様、公爵邸にもしかしたら侵入者が居るかもしれないと告げようと窓を開けようとすれば、それは駆け寄ってきた騎士によって阻止された。
「なっ!開けてはなりませんナツメ様」
「え、でも騎士さんもしかしたらお屋敷に侵入者が……」
「大丈夫です。ですのでどうか、そのお姿を晒すのはおやめ下さい……!!」
「…………あ。」
窓越しに声をかける騎士さんは顔を背けながら、こちらの姿を隠すように片手を盾にする。
どうやら私は鳥頭らしく、昨日とその前に散々カイルさんに注意された事をたった数時間寝ただけでもう忘れているのだ。
このネグリジェは私にとってワンピースに見えて、この世界にとっては下着同然なのだ。
急いで昨夜カイルさんから借りたブランケットを羽織り再び窓越しに居る騎士さんと対面する。
寝起きのボサボサの髪で申し訳ないのだが、何しろこれは公爵家の危機かもしれないのだ。
公爵邸にはこの屋敷の主であるお義父様と、弱った体で現在進行形的に風邪を貰ったおかあ……マリエッタちゃんが居るのだ。
例え騎士団所属の夜勤勤務している騎士さんが居るとしても、油断出来ない状況だろう。
もし犯人が愉快犯で、命を軽率に扱う類いの者であればマリエッタちゃんを人質に取られでもしたら最愛の妻を取られたお義父様はきっと手も足も出なくなる。
「大丈夫って、やっぱり侵入者が居るのですね!?てことはマリエッタちゃんが危ないのでは!?」
「いえ、ナツメ様奥様は大丈夫で………」
「もしマリエッタちゃんを人質にでも取られたら………!」
ついつい公爵邸に居るマリエッタちゃんに危険が迫っているかもしれないと思えば、不安に思うことを全て口走ってしまう。
「あ、ナツメ様そんな慌てなくても……!それに狙いは奥様では無く………!」
コンコン
「ナツメ様。お目覚めになったのですか?」
「! カ、カイルさん」
部屋の外の庭園に佇んでいる騎士と言葉を交わしていれば、カイルさんの部屋と繋がっているドアからのノック音と共にカイルさんのくぐもった声が聞こえる。
「は、はい。目が、覚めました。カイルさん大変です公爵邸に誰かが侵入しているみたいなんです」
カイルさんと言葉を交わすため、ドアの方へと駆け寄っていけば、部屋全体が暗かった為か、それともまだまだ寝起きで足元がおぼつかなかった為か。
足がもつれ前のめりに躓き、転ばないようにと前に差し出した手は、ドアノブに触れた。
触れたまでは良かったが、体が倒れるのを支えるには押戸では引き止めることは不可能だと考えが至った時にはもう遅かった。
倒れる勢いと共に扉が開き、床へと体が衝突する痛さに耐える為咄嗟にギュッと瞼を閉じる。
「っ……!」
誰かの呻きが耳元で聞こえ、そろりと片目を開けてみると目の前に広がったのは黒色とベストと思われるものだった。
恐る恐る視線を上にあげて行って見れば、そこに居たのは、床にへたりこみ倒れる私を間一髪的に上半身を抱き抱えているカイルさんだった。
…………抱き抱え!?!?!
「わ、わ、わー!?ごめんなさいごめんなさい!!」
流石の私も恥ずかしく直ぐに退けようと膝を立て、立ち上がろうとするも、裾の長いネグリジェでは膝上まで裾を捲りあげ無ければ立ち上がれず、思ったより身動きが取れなかった。
せめて上半身だけでも移動しようと、床に手を付き移動しようとすれば、「なっ!?」という鳴き声のような声と同時に、近くに滑り落ちたブランケットをカイルさんが勢いよく肩周りに巻き付けてくる。
「いけません………いけませんよナツメ様、今床に手をついては…………」
私の肩にブランケットを掛け、両手で抑えているカイルさんは、目を伏せがちにそう言う。
何を言っているのか意味が分からず、カイルさんの足の間から抜け出す為に床に手を付いている今の状況で、何となく自身を見下ろしてみる。
「!!!」
そう。私は今、普段着として着させてもらっているきちんとしたワンピースではなく、就寝用の"ネグリジェ"を着ているのだ。
ネグリジェは柔らかい素材で、全体的にゆったりとしている。それは胸元も例外ではない………!!
「や!あのあの、違うんです!!み、見えましたよね!?おぉ、お見苦しいものをっ……!!」
この事実に気づいた途端に、急激に身体中の血液が頬に集まってきたかのように熱を持つ。
現状カイルさんの間に居座り且つ、その間から抜け出す為にカイルさんの腰元付近に両手を付き見上げるような体勢。
これ、もしかしなくても、傍から見れば私がカイルさんを襲ってる風に見えなくも無いな!?!?!
(え!?全部見えた!?見えたかな!?いやいやそんな事ないって言うか私そんな大きくないし、ちゃんと下着着とったし…………小さいし…………)
恥ずかしかった気持ちは、私が生まれ持った果実の大きさが小さい事を自認していたので段々と鎮火して行った。
こんなもの見てもただただ迷惑をかけただけですよね。
誰が好き好んで小ぶりのものを、しかも異世界から来た身元不明の人間の物を見せられてもって感じですよね。
マジごめんなさい。
「お、お見苦しくは………無いです、が!何度も言いますがその格好で男性の前に出ては行けない理由が、コレです………」
「お、お見苦しく……ない!?」
「好きでもない殿方の前にそのお姿で軽率に会いに行ってしまえば、相手に好意を持っていると勘違いされてしまいます……!」
「今、お見苦しくないって言いました!?」
「………っ!お、お誘いしていると勘違いされてしまいますよっ!!」
「見苦しく無………へ!?!」
カイルさんが発した言葉の意図が気になり、今度こそ話が流れて行かないよう聞き直していれば、カイルさんの口からとんでもない爆弾が投下されてしまった。
羞恥と驚きに目を見開き、火照ったままの頬が更に火照り散らかし、目眩がしそうなほどの熱さに、とうとう自身の耳までもが熱を持ち始める。
「おさっ!?ち、違っ!いや、違っわなくも、ないけど」
「ナツメ様!?!」
正直、この状況。大分恥ずかしいと思いつつも嫌だという感情は沸き起こっていない。
むしろちょっとラッキーと思っているのがまぁ、なんともヘタレというか、受け身気質だなぁと自覚せざるを得ない。
少なくとも私はカイルさんに好意を持っている。
がしかし、それはカイルさんからも同じ矢印を返されているのとは限らないのだ。
そんな相手から急に変なこと口走られたら嫌ですよね!?しかも勤め先の主人の、書類上の娘に!!!
複雑ですよね!?色々!!!
チラリとカイルさんの方を盗み見れば、ブランケットを持ったままどうすることも出来ずに私同様、床にへたりこんだままのカイルさんは普段の表情とは一味違っていた。
いつも冷静に微笑むその表情は、くしゃっと歪み、一貫して同色の肌を持っている頬は赤く色付き、首筋には何やら冷や汗をかいている。
こんなカイルさんなど初めて目にした。
「!? だっ、大丈夫ですか!?」
「……え!?」
いつも何事にも冷静沈着に対応するカイルさんがこんなにも取り乱している姿に、何か体に異常が起こってしまったのかと心配する。
これ絶対熱の症状だよね!?皆働きすぎだって先日思ったばかりだし、なんなら今ド深夜!!
そんな疲れた体でこんな真夜中に起きてるなんて自律神経ブレッブレになって体調崩すわ!
しかもなんか、寝る前に見た私服じゃなくて執事服だし!?まさか今の時間から仕事してたの???
それで多分トドメは私の意味わからん言葉攻め(?)だろ!?いやぁあああ!カイルさんごめんなさぁあい!!!
「……………なるほどそういう感じか…………」
一度天を仰ぎ見るように何かを呟き、上を見上げたカイルさんが再びこちらへと視線を戻した時には、また普段と同じ様な飄々とした表情に変化していた。
「落ち着いてくださいナツメ様。一先ずお紅茶でも召し上がりませんか」
「ぇあ………はい。ありがとう、ございます?」
先程の出来事がまるで夢だったのかと思うぐらい、何事も無かったように対応するカイルさんに拍子抜けしつつも、肩から掛けられたブランケットがズレ落ちないよう抑えられながら立ち上がる。
導かれながら向かった先は、シンプルな机が鎮座する部屋の中央。
予め用意していたかのように置かれていた茶葉の入ったティーポットとティーカップが既に机上に用意されていた。
カイルさんに促されるがままに椅子へと着席すれば、部屋の奥に姿を消したカイルさんはその手にまた違うブランケットを持ち現れる。
そのブランケットを、私の膝に掛けるとカイルさんは丁寧な所作でティーポットへお水を注げば、内蔵された魔石により瞬時に温まり、注ぎ口からは白い湯気が漂い始める。
コポコポと紅茶が注がれる音を聞きながら、立ち上る暖かな湯気を頬に感じる。
追加で注がれるミルクが濃い赤褐色に混ざり合い、ティースプーンでかき混ぜられるとクルクル渦を巻き綺麗なキャラメル色へと変化する。
「こちらはアッサムのミルクティーでございます」
「アッサム」
カップを手に取り甘いカラメルのような柔らかな風味を嗅ぎ、一口呑み込めば、紅茶独特の渋みが特別抑えられミルクの甘みがまろやかに広がった。
「…………うまい……」
「落ち着かれましたね」
クピリと紅茶を飲み込んでいれば、目の前に座ったカイルさんが覗き込むように囁く。
先程の攻防はなんだったのかと思うぐらいの緩急の差。
私じゃなきゃ風邪引いちゃうね。




