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深夜の背徳、気付けば激不味

 ガチャ………


「ミルヴァさん、お仕事終わりにすみません」

「ん?」


 本日全ての業務を終え最後に一人残り就業の最終チェックを行っていたミルヴァの元に一人のメイドが訪れる。


「あぁ君か。お疲れ様何かあったかい?」


 ミルヴァは作業する手を止め、厨房に入ってきたメイドの方へと歩み寄る。


「実は、この後ナツメ様にお紅茶とちょっとしたスイーツを持って行ってあげたいなと思いまして」

「あぁ……!今日は一日慣れないことをしたものね。そういう事ならちょっと待っておいで」


 メイドをその場で静止し、厨房に存在する冷蔵庫へと向かう。


 中を開け、一つ固唾を飲み込んだミルヴァは中に陳列しておいた明日のデザートが入っているトレーを取り出す。


 冷蔵されひんやりとしたデザートスプーンに盛られているのは、生キャラメルにダークチョコレートが散らされキラキラとした飾りが添えられたスプーンデザート。


 残りのスプーンデザートが乗ったトレーを再び冷蔵庫へと戻し、メイドは食器棚からティーポットとティーカップ、ミルクポット、ソーサー、ティースプーンをそれぞれ出す。


「茶葉は何が良いかな?」

「そうですね……アールグレイ……いや、ダージリンなど如何でしょう」


 メイドの提案に、なるほど納得したミルヴァはそれに頷き提案を受け入れ、茶葉が保管されている棚に向かいダージリンの茶葉を探し出す。


 その間にメイドは魔石付きのミルクポットにミルクを注ぎ、紅茶に必要な水を用意しティーワゴンにクロスを敷く。


「甘い物と甘い物では嫌がられるでしょうか……?」

「うーん。ナツメ様はストレートの紅茶は苦手だとカイルさんが言っていたし、それに今日はいつもと違う一日だったのでご褒美、と言う体で大丈夫だと思うよ」


 探し出したダージリンの茶葉を取り出し、既にティーワゴンにセットされていた茶漉しの側へと置く。


「片付けの最中に申し訳ありませんでした」

「………いえいえ、ではナツメ様に宜しく伝えておいてくれるかい」

「はい。ではお疲れ様でした」


 一式をティーワゴンに乗せ終わったメイドはミルヴァに礼を言い、くるりと踵を返す。


 ミルヴァは廊下を静々と歩き厨房を後にしたメイドの背中を控え目に手を振りながら見送り、厨房の扉に脱力したかの様にもたれ掛かる。





「……………どうか。上手くやってくださいね」



 ・

 ・

 ・




「ふはっ………やっぱり公爵邸の使用人って大変なんじゃ……」


 お義母様もとい、マリエッタちゃんの体調不良により急遽中止になった識字授業とカイルさんの淑女教育。


 その空き時間を今日一日、公爵邸使用人として執事長のカイルさんや、メイド長の元で過ごした。


 大病明けの免疫力が弱った状態で罹ってしまった風邪は、健常者には殆どうつることがないということでマリエッタちゃんを看病するのが本日の私の業務内容だった。


 それでも、私専属のメイドであるミアは私に付き添いながらも少し手の足りない箇所に応援に行ったりなどしていた。


 きっと私よりミアの方が疲れているであろうが、流石に、空き時間にちょっとずつ手伝っていた時と一日使用人として働いた今日では疲れ方が違った。


 コンコンコン……


「ナツメ様、ミアでございます」

「! はーい」


 クラシカルメイド服を着たまま私室のベットに突っ伏していると、ドアノックする音が響くと同時にミアの声がする。


 慌てて立ち上がり身なりを整えれば、ガチャリと音を立て扉が開いた。


「ふふ。お疲れ様ですナツメ様」

「あ、ミアもお疲れ様です」


 部屋に入って来たミアは、私と同じくまだメイド服を着用したままの姿だった。


 それに何やらティーワゴンにお茶会セットを乗っけてやって来た。


「…………ミア、これは?」

「これは本日頑張ったナツメ様に、少しでも疲れをとって頂こうと思ってミルヴァさんに頼んで持ってきたものです」


 そう言いながら既に手際よく用意されていた茶葉を煮出している間、テキパキとテーブルに準備を整えて行く。


 私が口を出す間もなく、完璧なティータイム空間の完成だ。


 ティーポットに取り付けられた魔石と言う物によって温度調節が容易で、蒸らす時間も極限にまで短縮することができると言う万能ティーポットのお陰でこの部屋には既に紅茶の香りが漂い始めた。


 ポカンとしていれば、ミアに促され椅子へと座るよう案内される。


 大人しく椅子に着席すれば、目の前には丁寧に整えられたお茶会スタイルが広がる。


「疲れが取れるよう疲労回復効果のあるダージリンを入れさせてもらいました」


 ティーカップから漂う蜜のような華やかな香りに混ざり、温かなミルクが加わることで更に甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。


 こんな仕事が終わって夜遅い時間まで私の為にここまでしてくれるミアは、なんて仕事熱心なのだろう。


 とっくに疲れていてもおかしくないはずなのに、私の体を慮り紅茶をわざわざ用意してくれるとは。


 出来るメイドとはこのことを言うのだな。


「ありがとうミア。美味しくいただくね」


 ミアに感謝を伝え、今日はもう遅いから飲み終わったら自分の足で片付けに行こうと思いミアを部屋に返そうとお礼をいえば「いえいえ。ナツメ様が飲み終わるまでミアは居りますよ」とやんわりと断られる。


 いや。そんなこと言われても、私猫舌だから今から直ぐに飲めないんだけども………なんて仕事熱心なメイドなのだろう。


 今すぐにでも仕事を終わらせてミアを解放してあげたいのに……!!この時ばかりは私の猫舌を恨むしか無かった。


 とにかく早めに休んでもらいたいという意志の元、はしたないと思いつつもバレない程度に息を吹きかけ湯気を飛ばし、そろりと紅茶を嗜む。


 舌に乗っかった瞬間マスカットのような風味と少しの渋みが来るものの、先程入れられたミルクのお陰で非常にまろやかな舌触りとなりとても飲みやすかった。


 意外と舌を火傷せずにスっと飲めた事に驚きながらも完飲する。


「ん。とても美味しかったです」

「ふふ。お口に合ったようで何よりです」


 疲れた体が温まったからか、直後眠気が少しづつやって来るのを感じた。


 確かに今日は朝からずっとマリエッタちゃんのお世話をしていたものの、途中からは何かとお屋敷の中を駆け回ったりしていた。


 きっと歩き疲れてもいたのだろう。


 眠気を噛み締めながらも、机の上に置かれたもう一つの存在に気づき目を瞬かせ重くなっていく瞼を起こす。


「………ミア、これは?」

「あぁ、そちらはミルヴァさん特製の生キャラメルですよ」


 飲み終わったティーカップ達を片しながら私の視線の先を見たミアは、何を言っているのか瞬時に理解し教えてくれる。


 それは、普通のスプーンより掬う面積が大きく一人で自立しているスプーンの匙部分に生キャラメルが乗っかっており、その上にダークチョコレートらしきものが振りかかっていた。


 キラキラとした粉末も、アラザンみたいで少し可愛い。


 こちらも良かったらどうぞとミアから勧められ、折角持ってきてくれたのなら食べてしまおうと短い柄の部分を持つ。


 お仕事が終わり今日の夕食は一日使用人体験という事で、厨房の一角で他の皆と集まって一緒に取るという体験をした。


 それなのに皆とはまた別でデザートを食べるというのはなんと言うか、罪悪感が湧いて出てしまうがこれを無下に出来るほど私も肝は座っていない。


 深夜の夜食ほど背徳感にかられ美味しいと思うものはないのだ。


 これは有難く頂くこととしよう。


 ひんやりとした感触の柄を持ち生キャラメルを口元に近づける。


 生キャラメルといえばさすがの私も食べたことがある。


 小さめの正方形にカッティングされ、何個か手に収まる程度の箱に入れられたお手軽価格の生キャラメル。


 いつかの懐かしい甘さを持つあのキャラメルは、噛み締めると歯にくっつくというのが少し難点だったがそれもまた趣があって好きだった。


 少しワクワクしながら口を開き一口で含み、キャラメルの甘さを楽し…………


(!?!?!?)


「どうでしょう?ミルヴァさんのスイーツは美味しいですよね〜」


 ティーワゴンのクロスを治すため、にこやかに笑いながら俯くミアにそう言われる。


「は、はいぃ。み、ミルヴァさんのご飯も、美味しいです……もんねぇ」


 引き攣りながら言ったその言葉に違和感を持たれないよう必死に表情を取り繕う。


 今、私は甘い生キャラメルを口に含んだ。


 その筈なのに味わった舌から広がった生キャラメルの甘味は初めだけ。次の瞬間食べたことの無い不思議な苦さが口内いっぱいに広がったのだ。


 なんとも言えないこの苦味が、生キャラメルとダークチョコレートの甘さと合わさりその相乗効果か、気持ち悪いほど美味しくなかったのだ。


 いわば、病院で処方された甘苦い粉薬を水に含む前段階で既に口内に溶け不味い味が広がるかの様だった。


 これはお世辞にも美味しいとは言えないものだったけれど、流石にこれをわざわざ持ってきてくれたミアに言うものでも無いし、言う勇気もない!!!!


 何よりミルヴァさんに申し訳ない!!もしかしたら試作品の失敗作を間違えてミアに手渡した可能性だって否めない!


 だって私は本来、この時間には紅茶もスイーツも食べる時間じゃないし、仕事終わりで気が抜けていたのかも……!


 口直しに何かと思ったものの、既に紅茶は飲み切ってしまった為お水も何も無くただ不思議な甘苦い味覚が口内に残るだけだった。


 先程の眠気は何処へやら。


 この口内の不味さにより目は爛々と輝くように覚めてしまった。


 コンコンコン


「夜分遅く失礼しますナツメ様」


 控えめにドアノックがされたと思えば、ドア越しのくぐもった声で私の名前を呼んだのはこの公爵邸の執事長カイルさんのものだった。


 ミアよりドアに近かった私が急いでドアを開ければ、燕尾服に身を包んだ仕事終わりであろうカイルさんが疲れも見せない表情でそこに立っていた。


「カイルさん!どうしたんですか?」

「実は今ミアを探していまして」

「あ、ミアなら今私にお紅茶を届けに来てくれたので部屋にいますよ」


 どうやらカイルさんはミアを探しているようだったので、覗くように開けていた扉を入りやすいよう開ける。


 私も同時に振り返れば、ミアはティーワゴンにティーポットや、ティーカップ等ここに持ってきていた道具一式を綺麗に片してこちらにやって来ていた。


「ミア。旦那様への報告は行きましたか?」

「いえ、すみません。まだ行ってません」

「お義父様へ報告?」


 日報かなんかの報告かなと疑問に首を傾げていれば、優しく微笑んだカイルさんが口を開く。


「旦那様が本日のナツメ様のご様子を知りたいとミアに報告を頼んでいたのですよ」

「え!?」


 まさかの私の事だった。


 それじゃあミアの事を足止めて報告に行けなかったのは私のせいじゃないか!!!


 多分ミアは私が紅茶を飲むのにこんなに時間がかかるとは思ってなかった為、お義父様への報告を後回しにしていたのだろう。


 ごめん。


「こちらの片付けは私がやっておくので早くお行きなさい」


 ティーワゴンをじっと見つめていたミアはチラリと私を横目に見つめ、カイルさんに一度頭を下げる。


「……はい、すみません。カイルさんありがとうございます。ではナツメ様………良い夢を」


「ミアこそ今日はお疲れ様」


 廊下を歩いて行くミアの背をカイルさんと共に見送っていれば不意に何かが自らの肩に触れていることに気づく。


 何だろうと右肩口に視線を落としてみると、そこにはゴツゴツとした男性らしい骨ばった手が………


 手が!?!?


 ギュッと少し力が入れられ、暖かい体温がメイド服越しに分かる。


 これは状況的に左隣に立つカイルさんが置いているとしか思えない物。


(????)


 何故こんな事になっているのか分からずにこんがらがっていれば、するりとその温もりが逃げカイルさんの方を見れば反対の手で口元を抑え何やら少し顔を顰めていた。


 あぁ、成程。立ちくらみでもしたのかな。


 やっぱりカイルさんもミアも、皆働き過ぎだよ。



 私で良ければ幾らでも支えになりますよ。



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