掌コロコロ、気付けばお友達
「! お義母様が熱を??」
私室に響いた声は、モーニングコールをしにやってきたメイドのミアから告げられた言葉に驚いた私の声だった。
「はい。どうやら昨夜からお体の倦怠感があり、早朝になり発熱した模様です」
「………大丈夫かな」
「主治医が見た所、今はまた落ち着いているようです」
ミアのその言葉に少し安心する。
お母様は不治の病から奇跡的に生還し、まだまだ療養中の身。
そんな状態で私の識字授業をゆっくりと私が絵本を読みながら分からないところがあれば教えてくれたり、文字の書く練習をしたり。
負担を掛けないよう出来るだけお義母様の私室で授業を行うものの、授業内容的には殆ど私の自主学習だった。
それでも長い間寝たきりだった体には、本人が分からないうちに大きな負担が掛かっていたのだろう。
私より幼いお義母様が病に伏せる姿を想像すれば、自然と施設で共に暮らしていた幼い子供達がよく熱を出して寝込んでいたのを思い出す。
「ナツメ様、これはナツメ様のお仕事ですよ!」
「ん?」
「奥様が体調を崩された。それ即ちナツメ様には空き時間が出来た」
「………! 私が看病する!ですね!?」
「その通りです!許可は既にカイルさんから頂いております」
なんと優秀なメイドなのだろう!
そう。お義母様が病に伏せり時間が空くということは必然的に私の空き時間が倍増するということ。
それ即ち、私がメイドとしてのお仕事を請け負うことができ、オマケに他のメイドさん達のお仕事の負担を減らすことができる。
一石二鳥だ!!
先んじて許可を得てくれたミアにも、許諾をくれたカイルさんにも感謝だ!
「分かりました!今日は私がお義母様専属のメイドになります!!!」
へい!喜んで!!!と急いでお義母様の元へと走り出そうとすれば、むんずと私の腕を掴んだ手があった。
私の進行を誰が阻むのかと振り返れば、私の腕を掴んでいたのはメイドのミアだった。
ミアは何やらいたずらげな表情でこちらを見ながら右手人差し指をチッチッチッと小刻みに揺らす。
「ナツメ様?今こそ出番なんですよ?」
「?? 何がですか??」
ミアの言っている意味が分からず、首を傾げればミアは私室として使われている私の部屋の隅にあるクローゼットに手を差し出す。
「本日はカイルさんの淑女教育もお休みです。であれば今日のナツメ様は一日使用人なのです」
その言葉にハッとし、ミアの言いたいことを大方理解する。
つい数日前、お義父様と話を付け、お義母様の識字授業とカイルさんの淑女教育が無い少し空いた時間をこの公爵邸で働くメイドや庭師の中に混じり働かせて貰える許可を得た。
それについて、ある程度の教育が終われば必然的に空き時間が倍増し、長時間使用人として働く機会があればというお義父様の計らいにより何故か私専用のメイド服を用意された。
そして本日。
私はお義母様の看病の為、書類上の公爵家の長子でありながら、一日使用人として過ごしても良いと言う許諾が降りた。
それ即ち一日メイド服を着る絶好の機会が早くも訪れてしまったということ!!!!
「え、あの、いや」
「さぁさぁ!ナツメ様!お着替えなさいましょうね〜」
「いや待って待ってまだ心の準備がッ」
「メイド服ならばいつも着慣れているこの私ミアが!手とり足とりお手伝いいたしますからね〜!」
普段の私服は私が一人でも着れるようなシンプルなデザインの服が多く、かつ、私が朝早起きな為勝手に身支度を揃えることが多い。
その為自分一人で着れない服を全く着ない私の身支度を手伝ったことの無いミアがここぞとばかりに食い付いてくる。
何気にクラシカルメイド服を貰ったはいいものの、現代日本でも殆どスカートを履かない人生だった。
この世界に来てからは寧ろドレスワンピースなど逆にズボンを履かなくなってしまったが如何せん、現代日本のメイド服という概念が頭に有れば少し躊躇われるものがある。
しかし、抵抗するまもなくあっという間にクラシカルメイド服に身を包んでいたのは言うまでもなく。
丈の長いシンプルな黒を基調としたメイド服に白いエプロンが映える。
私の髪を後頭部で一つに纏めお団子にした上に小さめのヘッドドレスを装着。
これで私はあまり派手でない自身の顔も含め、どこからどう見てもこのお屋敷の使用人の風貌となった。
「ではでは参りましょう!まずはミルヴァさんが予め作ってくれている奥様の朝食を運びましょう!」
「は、はい!!」
しかし、恥ずかしがっている暇はなく、直ちに使用人としての業務を開始する。
私の私室を飛び出し黒いロングスカートを靡かせながらいの一番にミアと共に向かったのは、食堂。
食堂に入れば、既に出来上がっていた朝食をトレイにのせ、ナッツブラウンの髪色を持つ公爵家専属の毒味役であるアンリと一緒にお義母様が待つ私室へと向かう。
ミアが静かにノックし声が返ってきたのを聞き、扉を開ける。
「奥様、お加減は如何でしょうか?」
「えぇ、さっきより大分落ち着いたわ」
「おはようございますお義母様」
「おはようナツメ」
ふっと目を細め、鈴のなるような声色でこんな姿でごめんなさいねと謝られる。
何も、お義母様は悪くない。元々病が治っただけで体の免疫力などは万全に治った訳では無いのだから。
ゆっくりと寝台から起き上がるお義母様をミアが手伝っている間、寝台の近くにあるサイドテーブルに持ってきていた刺繍クロスをアンリが敷き、その上に朝食が乗ったトレイを置く。
ミアがお義母様の容態を確認している間に、毒味用の小匙をアンリに手渡す。
アンリと共に銀食器に異常がないか目視し、匂いも嗅ぎ異臭が無いことを確認すれば、アンリが口に含むのを見守る。
口内に異変がやってこないかを慎重に吟味し、手元にあるナプキンで口元を拭う。
「大丈夫です」
「よ、良かったです」
無事毒が混入していない事を実証され、お礼を言うと業務の済んだアンリは、お義母様の部屋を去って行った。
公爵家というものは自らが持つ領地の民を束ねる領主的存在。
いつ何処から恨みを買われ命を狙われてもおかしくない危険な綱の上を渡っている。
人の上に立ったことの無い庶民でそんな心配をした事の無い私には、程遠い存在なんだなと漠然と思う。
お義母様用の匙と、私が考案した雑炊の更に食べやすくなったお粥が入った椀を手に取り寝台に座るお義母様の元へ寄る。
普段から大病からの病み上がりで青白い顔色をしていたお義母様だが、思ったよりも顔色がよく見え少し安心する。
「今日のお世話はナツメがして下さるの?」
「は、はい!拙いですがよろしくお願いします」
「ふふ、よろしくされるのはこっちよ」
コロコロと笑うお義母様は相変わらず少女のように可愛らしい。
まぁ、私より年下なのだから少女といえば少女………いやこの世界の年齢で言えば一応成人か。
とにかく本当に、お義父様が惚れる理由が分かるぐらいにはとても可愛らしく慎ましやかだ。ブルートパーズの髪色も相まって海のお姫様のようだ。
窓際に行ったミアが閉じられたカーテンを開け放ち部屋に差し込まれる太陽の光を浴びれば、更にお義母様の髪色が淡く輝く。
その美しさに拍車がかかりより一層儚く見える。
料理の入った食器を持ちお義母様に手渡そうとすれば、それはお義母様の手によって阻止された。
「折角ですからナツメが手ずから食べさせて下さいませ?」
「え?私がですか??それは何とも恐れ多いと言いますか」
「私、病人ですのよ。わがままを聞いてくださいまし?」
そう言って上目使いで頼まれては、ぐぅの音も出ない。ましてや現在私は一応使用人という立場の役職でお仕事をいただいている。
それ即ち、雇い主であるお義父様や奥方であるお義母様。そして上司のカイルさんに逆らう権利などないに等しい。
うむ。ここは甘んじて精一杯のお世話をしようと思う。
それに、風邪をひいたりした時は何故か無性に寂しくなったり甘えたくなってしまうと言うのは何となく理解は出来る。
寝台の端に寄ってきたお義母様の近くに中腰になりお粥を食べさせようとすれば、その可愛らしいお顔がムッと歪んだ。
「ナツメ、ここに座るのよ」
「へ?何故…………っ。はい奥様」
ポンポンと自らが居座る寝台の空いている場所に手を置くので、断ろうとしたものの、私は今使用人。
逆らうことなどできないと直ぐ様思い出し大人しく着席した。
「………ダメ」
「へ?」
今度こそお粥を食べさせようと匙を持ちお義母様の方を見遣れば、先程より更に頬を膨らませ唸っていた。
その表情は今まで見た中で一番年相応か、それより少し幼い子供っぽいものだった。
「マリエッタって呼んで」
「…………はい????」
「マリエッタがいいの。マリエッタって呼んで??ね??」
ズイっと少し頬を赤らめたお義母様の顔が迫ってくる。
突然の事に戸惑い後退れば、腕を取られ上目遣いで更にこちらをじっと眺めてくる。
「私、見たの」
「な、何をでしょう」
「養子縁組の書類を」
ゴクリと生唾が喉を通り、何を言われるのかとソワソワしながらその続きを待つ。
「そうしたら貴方、私より年上で年齢もとても近いじゃない」
「はい、そうです、ね」
「そんなんじゃ、私の事とてもじゃ無いけれど母だとは思えないでしょう?」
まぁ、確かに。
口ではお義母様と呼んでいても、やはり頭のどこかでは私より三歳年下の可愛らしい女の子と言う認識。
無意識下に施設の年下の子達に向ける感情が向いていることも多かった。
「それで私考えたの!何も養子縁組をしたからと言って母と子の関係でなくともいいんじゃないかって」
「と、言いますと」
「私ね、お友達が居なくてマリエッタって呼んでくれる人はスワン様と父上、母上、お兄様達しか居ないの」
「だからナツメとお友達になればマリエッタって呼んでくれると思って。ねぇ、良いでしょう?」
こちらに縋るように猫撫で声でお願いするその姿は自分の見せ方を分かっている動きで、何処をどうすれば相手に効くかを熟知しているよう。
現に、ゆっくりと迫ってくるお義母様は先程と同様、上目遣いのまま擦り寄ってくる。
「えあぁ、あの、あの。ご、ご飯食べません??」
「ナツメ」
一瞬逃れようと本題である食事にしようと話を逸らしてもそれは無駄な足掻きで。
笑顔で有無を言わせないカイルさんとはまた違った、根っからの貴族令嬢であらせられるお義母様の圧は、まるで小さい子供が可愛くおねだりをしてくるようだが、それとはまた明確に違う断れない何かがあった。
「い、いけません奥様、私は今、使用に……」
「違う」
「お義母さ」
「違う」
助けてミア!と思いミアが居るであろう窓際を見てみれば、ミアは静かに立ったままススススッと遠ざかって行った。
いやぁあああ見捨てないでぇええ!!!!助けてよぉおおお!!!
プクっと頬を膨らませ可愛らしくお怒りの表情を作るお義母様の姿は、既に私の瞳には可愛らしい妹のようにしか映らなくなっていた。
どうにかして、その思考を振り切ろうにも呼び方が気に食わなかったであろうお義母様はその表情を崩すこと無く見つめてくる。
「呼んでくれないなら、ご飯食べない」
「え!?!」
困った。お名前を呼ばないと遂にご飯食べない宣言を突きつけられた。
私の今の役職は使用人であり、その仕事内容は主に体調不良になったお義母様のお世話。
それなのにお義母様がご飯を食べないという状況を作ってしまうのは非常に不味い!!
ただでさえ普段も食が細いと言うのに食べないなんて事は許されない!!!
この公爵家夫婦にはカイルさんが私を発見し、安全に保護してくれた恩があり、幸せの権化である二人には不自由なく暮らして欲しいというのが本音だ。
ええい、ままよ!若干お義母様の掌の上で転がされているという感覚がしないでもないが、お望み通り転がされますよ!!!
私は根っからの庶民で、下っ端気質を持った指示される側の人間なので!!!
「まっ、マリエッタ、ちゃん」
「んふ!はぁ〜い」
「………………天使、なんだ」
ついポロッと心の声が零れるほど、嬉しそうに柔らかく綻んだ表情を見せるお義母様もとい、マリエッタちゃん。
何やら満足したのか、ニコニコとしたまま今度は私の手ずからご飯を食べると言い、最早ここまで来れば人間、色々吹っ切れるもので。
まぁ、書類上は母親であれど、年齢は私の方が年上。
その事実からすれば、一応家族と言う絆で結ばれ身分の位は同等となる。
ならば、この距離感で本人が良いというのならば良いのかもしれない。
断じて、考えるのが億劫になったとかそういうのでは無い。
そういうのでは無いが、初対面の少し仰々しい態度から変化した先程の子供らしい姿を見てしまえば、既に可愛らしい妹を見ている気分にも陥る。
チラリと私の手に握られた匙から食事を取るマリエッタちゃんを見れば、大層満足げだった。
もうダメだ。
全ての行動が少しませた少女のようにしか見えない。
あれか?あれなのか?
貴族令嬢としての礼儀を叩き込まれていたが故に、同世代の友人を作れず親に甘えることもままならなかったが為に今、爆発しているのか???
何にせよ、可愛い。どうしよう。可愛い。
私、今使用人なのに。凄く仕事放棄してマリエッタちゃんの事を甘やかしたいと思ってしまった。
恐るべしマリエッタちゃん………!!




