無言の圧、気づけば私の勝利
「なりませんナツメ様!!」
「嫌です!!働かせてください!!!」
「だっ、だめなものはダメです!!」
あれから更に一週間。
ちょくちょくとポールさんをはじめとしたティアーズさんと、ジュマイラさんが屋敷に足を運びその度に研究結果やら次のステップに進むにおいての疑問点や、改善点の話し合いの場に私自身も招かれていた。
それ以外は相変わらずお義母様の指導の元、児童向けの絵本を教材とした、文字の勉強。
そして貴族令嬢としての淑女教育がカイルさんの手によって開始されていた。
そのスケジュールの中、やはり少しの空白の時間が出来る。
ここで文字の勉強の復習でもすればいいものなのだが、散々頭を使えば、少し見慣れない文字達から目を逸らしたくなるのもまた事実。
しかし、それらをしないとなれば必然的にフリーダムな時間が出来る。
毎日そんな時間をただ大人しく過ごしていたものの、先日遂に限界がやって来た。
日本の会社員時代では、ブラック企業とは言えないもののまぁ、ほぼグレーゾーンとも言える企業に属していた。
その為、 法令上の残業時間である目安の時間は過ぎてはいなかったが毎月超過ギリギリまで時間外労働を行っていた。
その後遺症なのか、なんなのか。
家では常に何かをしていないと落ち着かなくなり、休日だと言っても寧ろ休日の方が働いているのではないのかと言うぐらいじっとしていられない質になってしまったのだ。
なんと言う職業病。
「お嬢様は大人しくしていてください〜!!」
「体がうずうずしてどうしようも無いんです!私を助けると思って!!せめて下働きでも何でも……」
「「尚更ダメです!!!!」」
必死になって私の猛攻を止めようとするのは最近私付きのメイドとなった二人の少女。
それぞれアッシュグレーの髪と薄いバイオレットの髪色を持つ公爵家に仕えるメイドのミアとディナ。
声を揃えて私の要求を、旦那様に怒られるのでダメです!と真っ向から否定される。
子供のような駄々こねだと自覚はしているものの、常にそわそわし落ち着かないのは確かだ。
私の身の回りの全てをミアやディナによって強制的に行われることに対しても、非常に居心地の悪さを感じてしょうがない。
目の前に立つ二人の前に膝を付き、クラシカルメイド特有のロングスカートの裾を掴み拝む様に懇願すれば、それもまた青ざめた様に直ぐさま視線を合わせるように二人がしゃがむ。
ロングスカートを握っていた手を離させるように手を近づけられ私も負けじと離さまいと力を入れる。
「なっんでこういう時のナツメ様はっ!!なんて頑固なんです……か!?」
「落ち着かないんですもん〜!!!」
「ですから、敬語はいらないとあれ程!」
「ちょっと前まで庶民だった人にそれを言うのは酷です!!!」
何やらよく分からない論争まで始める羽目になるほど私達三人の攻防が続く。
ミアとディナが私の専属メイドになったのはほんの数日前。
しかし年齢が近い、と言うよりも私よりも年下な二人は妹のように可愛い。
しかし、働く社会人だった魂が私より年下の可愛い子達が立派なクラシカルメイドとしてのお勤めをしていると思えば、敬意を表すための敬語が外れないのだ。
だって、現代でもメイドや執事の職業は私に縁がなかっただけでちゃんと存在する。
しかもその役職というのは、所謂、御曹司や海外の王宮の元で勤めるれっきとした一流の教育を受け育てられたエリート執事やメイドなのだ。
それを基準に見れば、いくら年下だろうとメイドという立場に居るだけで充分凄い。
一般職に就いていた社畜から見れば頭が上がらない存在なのだ。
コンコン
「失礼致します。ナツメさ………これは一体どういう状況でしょうか」
ドアノックがなされ少し空いていた扉から姿を表したのは、何やら書類を小脇に抱えたカイルさんだった。
「カ、カイルさぁああああん!!」
裾を掴んでいなかったディナは勢い良く立ち上がりこの状況に不思議がるカイルさんの元へと駆け寄る。
「ディナ。はしたないですよ」
「違うんですー!ナツメ様がまた働きたいからと頭を下げるんです〜!」
スススっと寒気が背中を走り、床についていた膝を整えるように正座の姿へとフォルムチェンジする。
目の前に居た何かを察したミアは私が掴んでいたロングスカートの裾の皺を伸ばし立ち上がれば、行き場を失った私の掌を正座した膝の上へとそっと置く。
コツコツと近付いてくる足音を耳で聞きながら、視線は自らの膝の上に置かれギュッとキツく握られた己の手の甲を見る。
「ナツメ様??」
「はい!!!」
ここ最近私はお義父様の仕事の都合によりなかなか手配できない家庭教師の代わりとして、教養のあるカイルさんの手によって淑女教育を施されている。
その為、必然的に一日に一度は必ずカイルさんと顔を合わせることとなっている。
そして、そんな日々を過ごす中で一つ気が付いたことがある。
「我々使用人の業務は奪ってはなりません。何故かは分かりますか?」
「お、お仕事がなくなる……からです」
「えぇ。それも、勿論あります。しかし違います」
いつの間にか私の目の前にしゃがみこみ、同じ目線となったカイルさんがにっこりと微笑みながら詰めてくる。
ダラダラと冷や汗が流れ始め、あちらこちらへと目線が泳ぎまくる。
「ナツメ様は、この公爵家の長子となりました。我々が仕えるべき相手である公爵家の長子を働かせる使用人が何処に居りましょう?」
「…………はい。ごもっともです」
逸らした瞳を逃さないようにと、こちらの顔を覗き込みながら瞳を見つめようと笑顔で無言のまま視線を追いかけてくる。
そう。
カイルさんは見た目の優しさとは裏腹に、執事長と言う重き職に就く、教養と知識を併せ持つ完璧超人。
故に、指導やいけないことはいけないと教えるその姿勢は、笑顔でありながらも有無を言わさない圧が極限までに掛けられる。
つまり何が言いたいかといえば、このお屋敷で一番逆らってはいけないと本能的に警告を出されるほどの無言の圧をも使いこなせる執事なのだ!!
「………ぅ、でも。何も出来ないのは……歯痒くて」
普段の私ならこの数段階前の所で食い下がっていることが大半なのだが、今回に関しては流石に私も譲れなかった。
根底として社畜魂が宿っているのは最早一種のステータス。
なんならこの世界には現代では無かった魔法があるが、ご察しの通り私は魔法というものは一切使えない。
この点から、養子とはいえ一応は公爵家の長子として籍を置くからには魔法が使え無い無能な娘であればただの足手まとい。
少しでも拾ってくれた公爵閣下という名のお義父様の役に立つには元庶民として働き、少しでもお金を稼ぐ事だ。
(………いや待てよ。でも多分公爵家って莫大な資産があるから、私が働いただけのはした金なんて………塵みたいなもん??)
少しでも有利になるかと説得の言い訳を考えてみたは良いものの、それは全くもって切り札にならないかもと言う答えが頭を過ぎった。
すると、目の前にあったカイルさんの表情が一瞬固まったと思えば、顔を背けられた。
一度咳払いしたカイルさんはスクッと立ち上がり、しゃがんだままの私に手を差し出し立ち上がる様促された。
自身とは違う男性特有の骨ばった手を取り未だに着慣れないドレスを踏まないように慎重に立ち上がる。
「分かりましたナツメ様。であれば私が旦那様に相談し少し取り合ってみますね」
「え!?本当ですか!?!」
突然のその発言にまさか本当に承諾してくれるとは思わなかったため瞬時に目を輝かせる。
「ご承諾が降りるかどうかは旦那様次第、ですがね?」
内緒話をするかのように人差し指を口元に添え悪戯げにウィンクをしたカイルさんは、宛ら天使のように後光で輝いているように見えた。
「ありがとうございます!!!」
シゴデキで人間として完璧な器を併せ持つカイルさんは、天使を超えて最早神。
そんなカイルさんに要らない仕事を増やしてしまったなと思いつつも、私にも譲れないものがあったので私が抱えきれない程大きな感謝の念を抱き丁寧に合掌しておいた。
ありがたや〜ありがたや。
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それからまた再びお義母様の識字授業とカイルさんの淑女教育を受けながら空白の時間はソワソワしつつも図書室で自主勉強を行っていた。
程なくして、お義父様に呼ばれ執務室に顔を出すと、そこにはこのお屋敷で働くクラシカルメイドと同じ制服が置かれていた。
どうやらこの制服は、私のものらしく初めて自分の意思を示し我儘を言ってくれたことが嬉しいと喜んだお義父様。
どうせやるなら格好からと言う謎の徹底ぶりが発揮したお義父様の意見によりわざわざ取り寄せてくれたらしい。
今はまだ識字授業と淑女教育の板挟みの時間でしかお手伝いが出来ないため、普段着からメイド服に着替える時間で少し時間が潰れてしまう。
居候させてもらっている罪悪感を少しでも拭うためにはこの屋敷で何かしら役に立っていると自認できるまでは難しい。
メイド服に袖を通すのはまだまだ先になりそうだ。
識字授業と淑女教育がある程度まで終了すれば、私の持ち時間は更に増える事だろう。
そうなれば、何れ出稼ぎにでも行きたいとポロッと零せば吃驚したお義父様とカイルさんによって「それは絶対にやめなさい(やめて下さい)」と強く釘を刺されたのだった。
とにかく私は、このお屋敷でメイドとしてほんの少しお仕事を貰えることとなったのだ。
私の粘り勝ち!




