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12/22

質問攻め、気づけばホッと一息

 私がこの異世界に転移してから一週間。


 あのボヤ騒動以降バタバタと忙しく執務に励むお義父様を傍目に、私は日々この世界、このお屋敷に馴染めるよう公爵家のメイドさん達によって仕事の合間に世界のアレコレを教えてもらう日々を過ごしていた。


 お義母様の弱った胃に負担をかけない料理を提供できるよう、ミルヴァさんに話を通し、いくつかのメニューの提供もした。


 私がいくつか提案したメニューを全て取り入れ、努力の甲斐あってかお義母様も徐々に回復の兆しを見せ、普段の食事の一部を食べれるようになっていた。


 そして私は相変わらず、普段食した事の無い美味しい料理の数々に舌鼓を打ち続けていた。


「お義母様、これはなんと読むのですか?」

「これは美しき姫、よ」


「なるほど。美しき姫、は……………?」

「美しき姫は、皇国の英雄、ディナイザーに婚約を申し込まれた」


「………全く読めん」


 今現在はと言うと、貴族並みの教養とまでは行かないものの一般的な知識と所作を覚える為、お義母様の私室にて語学の習得中なのだ。


 何故か言葉は通じるものの、書物に目を通してみれば、何も解読できなかった。


 つまりは文字を一つも読めなかったということ。


 これに関しては死活問題だと思ったお義母様直々に、語学学習を無理のない範囲で行ってくれることとなった。


「絵本にしてはすごく読みにくいですね」

「う〜ん、物語はとても人気なのだけれど、無から始める人にとっては確かに難しいかもしれないわね……」


 本来はお義父様の采配により家庭教師が宛てがわれる話が進んでいるようだったのだが、少々予定が立て込んでいる為一先ず後回しにされている。


 私自身も日常的に執務に追われているお義父様の心労を増やす事は望んでいないので、正直全く問題は無い。


 黙々とお義母様に身守られながらまずは文字の形を覚えるために目を通していれば、廊下を歩いてくる足音が聞こえ始めた。


 コンコンとドアノックが鳴り、近くに待機していたメイドさんが扉を開ければ、カイルさんを引き連れたお義父様が居た。


「あら、スワン様」


 部屋に入ってきたお義父様に向かい、お義母様が駆け寄る。


 フワリと微笑んだお義父様はなんの躊躇いも無くお義母様を抱きしめ額にキスを落とした。


 スキンシップの文化が無かった日本出身の私には刺激が強く、恥ずかしさについ視線を逸らせば視界の先のカイルさんと目が合った。


 相も変わらず仲が良い事で微笑ましい限りだ。


「勉強は順番かいマリエッタ」

「どうでしょう……どうやら元の世界の識字とは大きく異なる様で」

「そうか。まぁ、焦ることは無いよナツメ。何も今すぐ必要という訳では無いんだ」

「は、はい」


 安心させるように優しげな声で諭す様は、父親としてとても素晴らしい姿勢だろう。


 しかし、やはり両親と言えども精々歳の離れた友人ぐらいの年齢差だと思われるため、何かと複雑な気分ではある。


「それでスワン様。何か用があってここに出向いたのでは?」

「あぁ、そうだ」


 ゴホンと咳払いをしたお義父様が姿勢を直し、改めてこちらへと向き直る。


「ナツメ、少し確認したいことができてね。今すぐ私と共に執務室まで来てくれるかい」


 そう言われ、別段急いでやることもなかったので素直に頷きお義母様に見送られながら執務室に向かう。


 何があるのだろうと考えながら歩いていれば、徐々に目的の場所に近づいて行くにつれ数人の白熱した会話が聞こえ始めてきた。


 客間にお客さんでも来ているのかと思えば、その声は目的の場所である執務室から漏れ出ていた。


 お義父様の後に続き開かれた執務室に入るや否や、その場に居たポールさんと見知らぬ二名の客人の視線が集まる。


 あっという間に集まった視線に驚き、その場でたじろいでいると、三人同時にこちらへとやってきた。


「ナツメ様!!何ですかこの魔力を使わずとも炎が生み出せる代物は!?」

「そしてこのすいとう??と言うものは長時間冷たいまま!?氷が暑い中でも溶けない!?性質を持った画期的な道具!!!これはどの様な構造をしているのですか!?」

「このよく分からない仕組みの物体は、見知らぬ音を発する……これは一体!?!?」


 激しい剣幕に口を出す暇もなく、迫ってくる三人の男性からの猛攻を受け取るしかなかった私は只々廊下の壁まで押し戻されていた。


「コラお前たち。一人ずつにしろ。ナツメが驚いてしまっただろう」


 頭を抱えたお義父様の宥める声で正気に戻ったらしいポールさん達は一言謝罪を申した後、それぞれネクタイや裾を直しながら再び室内へと戻って行った。


「!? ……??」

「ナツメ様大丈夫ですか?」

「あ、はい、ちょっと吃驚しただけです」


 近くに待機していたカイルさんが心配そうにこちらを覗き込み、直ぐさま意識を戻し返事をする。


 この今の状況を経て、一つこれから起こるであろう事の予測と、それに準ずる事の重大さが更に大きなものになっていくのかもしれないということを内心で察する。


 あまり考えたくないことだが、十中八九私がこの世界に持ってきた日本の代物による重大な事なのだろう。


 開かれた扉の奥を見れば、既にお義父様の執務室の応接テーブルに着席していたお義父様達。


 カイルさんに促され私も何度目かのお義父様の執務室に足を踏み入れ、扉が閉ざされる。


 執務室の応接テーブルの上には、先日お義父様に貸し出した私の私物達と何やら大量の資料が置かれていた。


 お義父様の向かい側の椅子が空いており、そこに座るよう勧められ大人しく着席する。


「これは先日、ナツメから貸してもらっているナツメの私物だ」


 目の前には水筒、チャッカマン、音楽プレイヤー、スマートフォン等、お墓参りに行く際持っていた全ての私物が机上に置かれている。


「これからナツメにいくつか質問をして行く。分かる範囲でいいから答えて欲しい。良いかい?」

「はい、分かりました」


 私が頷けば、お義父様はまず斜め前に座る緑髪が特徴のポールさんに目配せをした。


 視線がかち合ったポールさんは一呼吸おき、「質問したいことは山ほどあるのですが、先にナツメ様には報告が」と言い机上に置かれていた数枚の紙を手に取り私の前へと置いた。


 よくよく見てみれば、眼鏡に隠れた瞳の下には薄っすらと隈が存在していた。


 目の前に置かれた資料を見ようと紙を持つものの、そう言えば私はまだ文字が全く読めないのだと思い出しそっと元の位置に戻す。


 その行動に疑問を持ったポールさんから困惑した表情をされるが、直ぐ様お義父様が事情を説明してくれた。


 うん。全く読めんかった。なんて書いてあったんだこれ。


「この前見せてもらった《ニホンシュ》の製造方法を確立することができたのです」

「製造方法………確立!?!え、早くないですか!?!?て言うか材料有るんだ!?」


 まさかの事実すぎて驚きに思わず大きな声が漏れ出る。


 てっきり麹菌とか発酵の過程が浸透していないであろうこの世界では未知のものだと思っていたのに。


 何がどうなっているのだ。


「まぁ……これに関しては公爵様からの早急な依頼でした為、死ぬ気で様々なものと照合しましたがね」


 ニヤリと笑ったお義父様の表情は実に悪戯げと言うより、商機を逃がすまいと奮起する商人のような顔付きだった。


 確かにお義父様は言っていた。


 この公爵領で行われる葡萄栽培によるワイン醸造業が盛んな事に加え、稲作も盛んであるもののパエリアなどのお米を釜で炊くタイプではない食べ方しか用途が無かった。


 嗜好品が少なく、お酒を嗜む貴族や町民が多く存在するこの世界。


 そんな世界に、主の原材料がお米である嗜好品である全く新しいお酒が誕生するならば。


 原材料の生産が盛んに行われているこの公爵領から日本酒を新しい商品として売り出し、仮にそれが成功したとすれば。


 国内外に知れ渡り莫大な利益を得ることが出来るということだ。


 しかしこれはあくまでも全てが上手く行けばの話なのだが。


「へ……へぇあ……凄………」


 予想もできなかった凄まじい事態に何も言えず、情けない声だけを漏らす。


「製造については、施設が揃えば早速着手しようと思っているんだ」

「え!?」

「この商機を逃す手はないだろう?これは極秘情報だ。くれぐれも口外しないよう」


 人差し指を立て口元に当てる仕草は妖艶に映りつつも、凄みと圧を感じる。ここは大人しくコクコクと頷いておく。


 やはりお義父様は伊達に公爵家の当主をやってないのだと実感させられる程の手腕の持ち主らしい。


 流石のシゴデキ具合に感嘆するしか無かった。


 最早そこら辺の商人より商人してるかもしれない。


 この人凄い…………


「それでは私からは質問をよろしいでしょうか!?あ、私は魔導具研究をしているティアーズと申します」

  「あ、はい。ティアーズさん」


 ポールさんの隣に腰を掛けていた見知らぬ顔の男性。


 ティアーズと名乗る男性は目を引く、サラサラとした金髪は室内魔灯によりキラキラと輝いていた。


 机上に置かれていた水筒を手に取り、こちらへと見せてくる。


 これは私がお墓参りの際、途中で喉が渇いたとき水分補給が出来るよう持って行っていた水筒だ。


「このスイトウを研究する為中身の方は、研究室にて保管はしているのですが、もしかしてそちらも何か特殊なものだったりしますか?」

「いえ、特に特殊では無いと思いますが、少なくともただの水では無いですね」


「と、言いますと?」


 そう、この水筒の中に入っていたのは日本ではごく一般的なスポーツ飲料。


 しかし、その中身をただの水と評するには違いが大きすぎるが、それを素人の私が説明できるのだろうかと言う疑問が過ぎる。


 出来るだけ分かりやすい言葉を脳内で形成し、おずおずと口を開く。


「中身はスポーツ飲料と言いまして、その体が不調だったり体を動かした後発汗するじゃないですか」

「えぇ」

「その発汗によって体外に排出された、ん〜……体に必要なミネラルや糖分を摂取できる液体、と申しましょうか……」


 拙いながらも、ナトリウムやカリウムなどのこの国に無いかもしれない概念を避けつつどうしようもないもどかしさの中説明する。


 私の話を聞きながら、ティアーズさんは手元の手帳にメモを取りながらお義父様達も興味深そうに静かに聞く。


 あぁ、これ程にも、もっと教養があり語彙力があればと願ったことは無い。


 それに応じて、半ば伝わってくれと願いながらヤケクソに水筒の構造も伝える。


 確か二層構造になっていてその間は真空だった。


 それでなぜ熱が逃げなかったり冷たかったりし続けるのかは…………知らない。ごめん。


「なっ………なるほど。これはヤバイですね」

「ヤバイんですか」


 メモした手帳を今一度熱心に見続けるティアーズさんの横でポールさんも「これまた……」と唸っていた。


「えぇ。これを研究し、この国独自の製法で似たような製品が製造出来れば、騎士団の遠征で必要となる水袋の代用が出来ます」


 水袋とはあれだろうか、中世ヨーロッパの物語でよく見る皮の素材でできた現代で言うところの水筒の役割を果たしているもの。


 確かにこれに代替すれば、保温令出来るオプション付きだ。格段に性能は上がるだろう。


 そして斜め反対方向に居るもう一人のお客人、名をジュマイラと名乗る和栗色の髪が特徴の男性。


 彼から発せられたのは、人類の叡智の結晶であるスマートフォン等音楽プレイヤー、チャッカマンについてだった。


 しかし、これに関しては専門知識がこれっぽっちもない私には到底理解及ばない所で。


 残念ながら何も答えを返すことはできなかった。


「いや、しかしながら………これは本当にどうしたものか………」

「多少なら鑑定すれば構造、性能、部品などの代替は分かると思われます」


 何やら専門的な会話になってきたなと遠い目をしていれば、メイドさんにより暖かい紅茶がそれぞれに配られた。


 特にすることもなかったので一口含めば、飲み慣れていないせいか、少し口に合わなく唸っていれば、そばに寄ってきたカイルさんからミルクポットに入れられたミルクを注いでくれた。


 再び口をつければ、紅茶特有の渋みが無くなりまろやかで飲みやすくなった。


「お紅茶は苦手でしたか?」

「あまり飲みなれていないのでそうかもしれません」

「ふふ。ミルクを入れれば飲みやすかったでしょう」

「はい!とっても甘くて美味しいです」


 ミルクポットを持ちこっそりと耳打ちをするカイルさんはにこやかに笑う。


 会話に入れていない事を気にかけてなのか、一人がけの椅子に座った私の隣で待機してくれているカイルさん。


 執事という概念を物語の中でしか知らなかった私にとってこの状況は本当に物語のお姫様のような気分に陥らせる。


 当の本人としては姫、などと言う気は一切起きない。


 寧ろ、この状況が既に私にとって過分な扱いであり落ち着かない。何なら今すぐにでも出稼ぎに行きたい気分である。


 心に植え付けられた貧乏性故の社畜魂………恐ろしや。


 美味しい紅茶も堪能しなければ。

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