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平身低頭、気づけば物品回収

 

「突然、火が出たですって?炎の魔石を誤って持っていたのですか?」


 状況を理解しきれないカイルさんが、チャッカマンを持って、怯えているメイドさんに近づき、落ち着かせるよう背中を摩る。


「あ、あの。その手に持っている物は、私が家から持ってきたものです」

「! ナツメ様が……!」


 危うく火事になりかねなかった事態を招いた事に恐怖しているメイドさんの顔色が、段々と血の気が引いていくように悪くなっていることに気付く。


 このまま倒れてもいけないと思い、一先ず恐怖の一端であろうチャッカマンを預かる為にカイルさんに続いてその場へと近付く。


 ついでにそこいらに散らばっていた物品をポーチの中にしまい直し、回収する。


「ごめんなさい。私がこんな物を持ってきていたから起こってしまったことですね…………」


 これらはお墓参りをしていた私が突然こんなことになるとは思わず、唯々顔も忘れてしまった両親のお墓参りに行く為だけに用意していた荷物ばかりだ。


 そのまま持ってきてしまったものの、私の世界とこちらの世界では文化や生活水準、何より文明が違う事を理解していながらも、こちらにとっては馴染みが無く、危険だと判断出来る物は事前に報告していれば良かったと今更ながらに思う。


 もし、この出来事のせいで一介のメイドであるこの人が解雇、なんて事になったら申し訳なさ過ぎて息もできない。


 元社畜としては、上司や、それに準ずるお偉い方々に対して不祥事を起こし一方的に解雇されるなどされては困ることは十二分に理解しているつもりだ。


 勿論、日本ではそんな一方的な解雇の仕方は殆どないと思うが、こちらの世界ではそれが無いとは言えない。


 寧ろ、小説などで読む中世ヨーロッパの異世界などあると思っていた方が懸命だろう。


「カイルさん、どうかこの件に関しては私のせいにしてください。彼女は何も悪くありません」


 少しでも彼女の罪が軽くなるよう、メイドさんを介抱しているカイルさんに向かい頭を下げる。


 つい先日もこの屋敷に使えている使用人たちには、名目上の娘になったとはいえ軽率に頭を下げてはいけないと決めたつもりだったが、こればかりしょうがない。


 焦った様に頭を上げるように促すカイルさんの声が降りかかるも、私はそのまま下げ続ける。


 この状況に、ふと日本で新卒で働き始めてミスをした時に怒られ慣れていない私が怖くて謝り倒していたのを思い出す。


 それは今でも変わってはいない。


 たとえそれがカイルさんであろうと怒られる事は苦手なのだ。


「う゛う゛ん……!」


 ふと、気付けば事態を気にして見に来ていた人達によるざわめきが一つの咳払いによって掻き消された。


「! 旦那様……!」

「!?」


 カイルさんの声に驚いた私は、パッと下げていた頭を上げ、咳払いが聞こえた方へと視線を向ける。


 そこには、既に髪が整えられカッターシャツと刺繍の施された革製のベストを着用したお義父様が居た。


「何やら屋敷が騒がしいと思ってみれば、何だいこれは」


 不思議そうに目を細めるお義父様を見た、メイドさんが再び怯えを取り戻し震え出したのを見て咄嗟に体が反応する。


「これは……私のせいです!!!!」

「ナツメ様!?」


 入口付近に集まっていた他の使用人たちが道を開け、その間から姿を表したお義父様の元に駆け寄り、直ぐ様膝を折る。


 全面的に危機管理能力が欠如していた私の責任であることにより起こった悲劇。


 ここは一番の原因である私が謝罪するのが当然であり、義務である。


 ここで伝わるかは分からないが日本式、私自身も生まれて初めて行う綺麗な土下座をお義父様の目の前で披露する。


 これが私にとって、いや。私の国にとっての最大の誠意であり私自身の最大の謝罪だ。


「……顔をお上げなさいナツメ」


 優しい声色でそう告げられ、渋々と状態を起こす。


 メイドさんを他の使用人に預けたカイルさんが、事の詳細をお義父様に伝える為こっそりと耳打ちをする。


 それを聞いたであろうお義父様は、瞠目しカイルさんと目を見合わせる。


 生憎と土下座フォルムにより直接床へと座っている私は、背の高いお義父様とカイルさんの会話は耳に入ってこなかった。


 何か罰が与えられるのかもしれないと、内心怯えながらも、静かに待っているとお義父様が地べたに正座する私と目線を合わせる為に膝をついた。


 一瞬、身分の高いお義父様が膝をつくという行為が非常に不味いのでは無いのかという思考が巡り、立ち上がろうとする。


 しかしそれを察したかの様なお義父様は事前にそれを手で制し、そのまま私の瞳を覗き込んだ。


「ナツメ、ここに来てから何度も聞いているかもしれないが、ナツメの世界には魔力という物が無いと言ったね?」


 突然そんな事を言われ、日本及び地球では、魔力のまの字も存在していなかったと確信していた為素直に頷く。


 それを聞いたお義父様は、私が持っているチャッカマンとポーチを交互に見やり何かを考え込むかのように顎へと手を添える。


「それらは魔力が無いナツメ達には日常的に使われてきたものなのか?」

「はい、そうです。魔力という物は無かったので人類が知恵を振り絞った技術で誰でも使える道具が沢山ありました」


 質問の意図が分からずただただ事実だけを述べた。


 各国の学者達が積み上げてきた研究により現代日本にまで語り継がれて来た日常生活を便利に送れる様々な日用品から家電製品。


 こちらの世界に持ってきたチャッカマンや水筒、音楽プレイヤーはその確たる証拠。


 娯楽なども充実していた現代の技術は一級品だろう。


「はぁ………」


 すると突然、お義父様は額に手を当て項垂れるように溜息をついた。


 やはり何か気に障るようなことをしてしまったのか。このまま勘当されてしまうのか、その場合この世界で働いてちまちま生きていけるかなど飛躍した思考を繰り広げていると、お義父様はボソリと「頭が痛いな」と呟いた。


「ナツメ、今この場に持ってきている全ての物はお前にとって、とても大切なものか?」


 そう問われ、今一度自身で持っているポーチの中身を探り見てみる。


 これといって特別思い入れがある物は特に無い。音楽プレイヤーとスマートフォンは少しこの中のもので言えば高価な物と言えるので大切でないと言えばそうは言いきれない。


 しかし大層大事かと言えばそれ程でもない。それにここに来たからには充電と言う概念が無いのだから使えば電池が奪われ電源が入らなくなる。


 そうでなくても自然と放電していくものだ。ここに来たからにはあまり必要の無い部類に該当されるだろう。


「向こうでは大事な物でしたが、こっちでは使えないので特に大事だとは思いません」

「であれば、少しそれらと……先日ミルヴァから聞いた《スイトウ》という物と一緒に貸しては貰えないだろうか?」

「? はい全然良いですよ」


 別に今手元にあったって持て余すだけだ。お義父様が必要としているのならば貸し出しても問題は無い。


 そして私にとってもう一つ大事なことを思い出し、口を開く。


「あの、お義父様。先程のメイドさんは何か罰せられたりしますか?」

「?」


「あれは本当に私が私の世界とこちらの世界で常識がまるっきり違う事を理解していながらも、危険だと思った物品を持っていることを報告していなかったのが悪いのです!!ですからどうか!か、解雇とかはしないで下さい!!」


 仕事においても何かしらの物品を破損させたり、無くしたり、危険な場所を認知させる為報連相が必要不可欠なのだ。


 今回に関しては本当にその報連相を怠った私に百パーセントの過失がある。


 何としてでもメイドさんの解雇を阻止しなければ!!!!


「ふっ………くふふふふ」


 私から受け取ったポーチを持っていない方の掌で上品に口を抑えコロコロと笑うお義父様を見て呆然とする。


「安心しなさい。そんな事はしないよ。それにお前はこちらに来たばかりで憂う事が沢山あるだろう。事細かな事に気が向けないのは当然の事だよ」


 すると一歩こちら側に歩き出て来たお義父様のゴツゴツとした大きな掌が宙を滑り、その温もりが頭上へとやってくる。


「それに一昨日も我が妻が言っただろう?実の両親だとは無理に思わなくてもいいが僕達から見ればナツメは既に我が家の娘だ。主人と使用人のような気遣いは要らないんだよ」


「いつの間にか敬語に戻っている事も今の所は目を瞑ろうか」と目元を細め悪戯げに笑ったお義父様の表情につい、目が泳ぐ。


 まるで気にしていないと言う意図を伝えるかのように、私の頭上に乗せた掌でポンポンと頭を軽く撫でた。


「カイル。すまないが至急ポールに連絡してくれるか」

「は。承知いたしました」


 仕事モードに切り替わったカイルさんとお義父様は表情を引き締め、即座に目配せをする。


 一度にこやかに笑い、こちらに一礼したカイルさんは端が焦げたテーブルクロスを手に持つ。


 既に屯っていた他の使用人達は散らばり、扉付近で待機していたメイドさん達に的確に指示を出しこの部屋から退出して行った。


「さぁ、ナツメ。そろそろマリエッタの支度が終わる頃だ。食堂で一緒に朝食を取ると良いよ」

「あ、お義父様は?」


 少し嬉しそうに頬を緩めたお義父様は、もう一度私の頭部に手をやり一撫でする。


「私はやらねばならない事が出来てしまったからね。後で頂くよ。さぁ、マリエッタと食べておいで」

「ではナツメ様、参りましょう」


 近くで待機していたメイドさんによる誘導によって部屋から連れ出され、お義母様が待機しているであろう食堂へと向かう。


(もしかしてだけど、私がお義父様のお仕事増やしちゃった………???)


 不安になり今しがた退出した自室を振り返れば、笑顔で手を振り見送りをしてくれるお義父様が居るだけだった。


 どうか、何も厄介なことになりませんように…………!!!!

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