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異世界にTS転生した僕がサキュバスクイーンになった理由  作者: 望月優志


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私だけの王子さま

アイビス視点になります。

「アイビス。お勉強の前に話がある」


 いつもの時間。


 いつもの地下室。


 いつも途中で終わるお勉強。


 いつもの繰り返しの日々で、心にもやもやした苦しい何かを感じながら、今日もお勉強が始まろうとしていた。


 そんな時。


「おはなし…??」

「ああ。…アイビスの、これからの事だ」


 胸がぎゅうっと苦しく締め付けられるのを感じながら、それを顔に出さない様にして世話人の次の言葉を待つ。



 遂に来たんだ。



 タイムリミットが。



 ………


 ……


 …



「ねぇ。ちょっとはなしがあるんだけど。ふたりで」

「えっ?」



 セラと一緒に、壁に沿ってゆっくり歩く。


 足元には綺麗な色とりどりの花の絵がずらっと描かれていて、初めて小鹿亭に来た時も素敵だと思った。


 今はあの頃よりも、もっとずっと先まで続いている。


 全部、コイツが描いたものだ。


 私もお花を描き足そうとしたら、みんなにダメだよって叱られたっけ。


 ………


 コイツだけが特別で、私は特別じゃなかった。


 ………


「…わたし、ここをでていくことになったの」

「えっ…」



 コイツは娼婦としてここに残るし、私は娼婦にはなれなくて、ここを出ていく。



「アンタ、いってたわよね。しょうかんにくるひとは、わたしのことだけみてくれない、あそびにくるひとだって」

「…うん。いった。ジュリがもってきてくれたえほん、みたけど…あんなおうじさま、ここにはこないとおもう」

「…アンタ、ゆめもきぼうもないわけ?」


 ちょっと気まずそうにしながら、それでもそう断言するセラは本気でそう思っているんだってわかった。



 みんなが信じているものを、コイツは信じていない。


 そのくせ色んな事を知っていて、お客様にだって気に入られてて、私より小さいくせに生意気で。


 しょっちゅうオドオドしてるくせに、よくわかんないところで自信満々だったりして。



 私が気付かなかったことも。


 知らなかったことも。


 沢山教えてくれようとする。


 とってもとっても変なヤツ。



 …だけど。



「わたしはあんたがいってた、しょうかんであそばなくて、わたしのことだけみてくれる、わたしだけのおうじさまをみつけることにしたの」

「アイビス…」

「だってあそびにんより、そっちのほうがいいじゃない」



 きっといつも、コイツは私のためになりそうなことを一生懸命に考えてくれてた。



「ほかのこにきいたわ。おきぞくさまはむかえにきてくれるけど、およめさんじゃなくて、あいじんなんですって。すっかりだまされちゃったわ」

「うん…アイビスいがいは、みんなしってたとおもうけどね…」

「…なによ、バカにしてるの?」



 いつも変なことを言い出して、みんなを引っ張り回して、仲間ハズレになってる子を目ざとくみつけて。


 なんにもわからないくせに、なんでもすぐにわかってしまう、不思議なヤツ。



「せわびとにいわれて、オーナーとはなしたの。しょうふにはなれないから、ちがうおしごとをしなさいっていわれたわ」

「……そっか……」



 コイツは自由自在に魔法が使えて、私はまだちょっとしか使えない。


 頑張ってどうにか指の先にちっちゃい火をちょっと出せるだけ。青色の魔力も教えてもらったけど、そっちはまだ全然だ。



「…わたしはもじがかけて、けいさんもできるから、ここをでたらおみせやさんではたらかせてもらえるんだって」

「おみせやさん!…なにやさん?どんなとこなの??」

「それはまだよくわかんないけど、なんかすごいらしいわよ。みならい?っていうのからはじまるらしいけど、せわびとがおどろいてたし。がんばればおかねもいっぱいもらえるらしいわ」



 よかったねって私の手をとって、自分の事のように喜んでくれる。


 数字も、文字も、魔法だって。


 全部コイツが教えてくれた。



「…アンタも、くる?」

「えっ??」

「オーナーにたのめばアンタだって、おみせやさんではたらけるとおもうわよ。アンタ、"せーのっせ"でよくおみせやさんやってたじゃない」



 私ができることは全部、コイツのほうが上手にできる。


 そんなに嬉しそうな顔をするなら、アンタも来ればいいのに。


 そう思って誘ってみたけど、アイツは少し考えてから言った。



 みんなを残していけない、と。



 ………



 わかってる。



 コイツは娼婦になれるんだ。



 私と違って。



 アリスみたいに。



 ………



 優しく吹く風がほのかに甘い香りを運んでくる。


 今年もきっともう少ししたら、去年みたいにこの庭がビグルミやアッポのいい匂いでいっぱいになるんだろう。



 ………



 その時にはもう、私はここにいないんだ。



 ………



「ねえ」



 私は、アリスとは違う理由でここを出ていく。


 オーナーが探してきてくれたお店屋さんで、アリスとは全く違う人生を歩いていくことになる。



 ………



「アリスはおうじさまとおしろにいったあと、ほんとうにしあわせになれたとおもう?」



 みんながいる娼館を出ていくことを、アリスも寂しく思ったのかな。


 娼館には意地悪なマルドレーヌもいたけれど、アリスはとっても素敵な女の子だったんだから、お友達だって沢山いたはず。


 そんなみんなと離れ離れになって、大好きな王子さまと一緒にお城に行って。


 でもきっと…それはお嫁さんとしてじゃなくて、お妾さんで。


 絵本には『お城で幸せに暮らしました』って書いていたけれど、本当にアリスは幸せになれたのかな。



 なんとなくそう思って聞いてみただけなのに…



 アイツは…



 …セラは、今にも泣きそうな顔で何も言わず、両目いっぱいに涙を溜めていた。



「…アンタ…なんてかおしてるのよ」




 私はアリスみたいになりたかった。


 辛いことがあっても頑張って。


 挫けないで。


 前だけを見ていた。


 そんなアリスみたいに。



 王子さまに見つけてもらって。


 愛されて。


 大事にされて。


 幸せになったアリスみたいに。



 でもそれは、誰かが作った、ただの作り話だった。



 アイツがそう言い出したときは全然信じられなかったけど、自分でも考えてみて、ずっと胸の中でモヤモヤしてたよくわからない感覚の答えがそれなのかもって思ったら、やけにスっと納得できた。



 …納得、できてしまった。



 …私はアリスみたいに頑張れなくて。


 …娼婦としてのお勉強も、全然先に進めなくて。


 …それでも、アリスと同じ娼婦になりたくて、必死にしがみついてきた。



 いつか王子さまが迎えに来てくれる。私を見つけてくれるからって、自分に言い聞かせてきた。



 …けれど。



 私が憧れたような王子さまが、そもそも娼館には来てくれないのなら…



 ここに留まる理由なんて、ない。



 アイツが言っていた、娼館で遊ばない、私だけを見てくれる王子さまを探した方がいいと思った。



 みんなと離れ離れになるのは、寂しいし恐い。


 それにやっぱりアリスと同じ素敵な娼婦になりたいって気持ちだって…まだあるけれど。



 ………



 前を向こう。



 アリスみたいに。



 私は私だけの王子さまを見つけるんだ。

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