遊び心って大切
「………」
「「「………」」」
少女たちが固唾を飲みシーンと静まり返る中、そよそよと髪を撫でる風が悪戯に踊り、頬をくすぐる。
ぽかぽかとした陽気が「今日は絶好のお昼寝日和だよ」と告げているが、それは後のお楽しみだ。
なぜなら…
「……ッ!!……みず、たま…!!」
強くイメージするために、言葉に出して唱える。
見えないボールが乗っているように控えめに差し出された両手のひらの数センチ上、何も無い虚空から湧き出すように水が渦を巻いて出現し、直径10センチ程の綺麗な水玉を形成した。
「わああ!!」
「おみず!!」
「すごい!!」
手の上の水玉は丸、四角、三角へ。僕のイメージした通りゆっくり形を変えていく。
少女たちにキラキラした目を向けられるのは何度経験しても慣れないもので、最初のうちは聞こえてくる歓声に集中を乱され、作り出した水玉も直ぐに崩れて落ちてしまっていた。
が。
「まだまだ…ここから……もっとたかく…!!」
何度も何度も披露するうち、恥ずかしいながらに段々と周りの目に乱されない集中力を身につけていき、今では自分から数メートル離れた先まで水玉を移動できるようになった。
…とはいっても、ゆっくりだけど。
「どこまでいくんだろー」
「たかーい!!」
「お…おっこちてこないかな…」
ちなみに、最前列で1番はしゃいでいるのは今年小鹿亭にやってきたばかりの3人の少女たち。
もの静かなしゃべり方をする水色の髪の子がイリス。
クルカラより暗めの茶髪で、いつもニコニコしている子がエミリー。
ちょっぴり心配性でいつも誰かのそばにいるピンクの髪をした子がリクポン。
リクポンだけ毎日短時間お勉強に連れていかれるので心配になったが、痛い事や苦しい事は何もされていないようで安心した。
どうやら今年は例年来ていた悪い貴族が本当に来ないらしく、それでも万が一に備えて最低限のお勉強だけをしているとの事だ。
今年は例年とは違う。
それは嫌な客が来ないからというだけではなく、今まで物語の中にしか存在していなかった魔法を見て触ることができるという意味でも、僕にとっても少女たちにとっても、いつもと大きく違う年になりそうだ。
…まぁ、肝心の魔法の腕はまだまだ全然初心者だし、水玉もゆっくりしか動かせないんだけどね。
それでも皆はゆっくり動く水玉を見ながらキャッキャと楽しそうに騒いでいるので、魔法の練習もでき、みんなを楽しませることもできて一石二鳥なのだ。
水玉は僕の手から上に向かって2mほどの高さまでふらふらと怪しげな動きをしながら浮き上がっていき、その場でピタリと動きを止める。
…これ以上はまだ、魔力の繋がりがもたないな…
ここらへんが今の僕がぎりぎり制御できる限界のようだ。
本当はもっと早く、もっと高くまで動かせるようになりたいんだけど、魔力の繋がりが切れちゃうと一気に制御不能になって落っこちてしまうんだよね。
さて、上まで上げた水玉はどうしようか。
………
…そうだ。
水玉の中心に魔力の塊を用意して…
「…あれ?」
「水玉の中に何かある?」
「えー?あっ、ほんとだ!」
「なんだろ?」
周りの子たちも水玉の中に変化が現れたのに気が付いたようで、みんなで楽しそうに空を見上げている。
ふっふっふ…
これから何をするのかというと…水玉の真ん中に用意した魔力の塊を、勢いよく弾けさせる!!
何が起こるのかも知らず、なんだろなんだろと楽しそうにしている彼女たちにシャワーのように水をかけてびっくりさせてしまおうという魂胆である。
天気もいいし、もしかしたら虹ができたりするかも…??
遊び心って大切だよね。
「ここから…えいっ!! 」
距離が離れていて制御しずらいので、失敗しないように今できる最大限の力をこめて…弾けろっ!!
パンッ!!
ビシャッ!!!
「うわっ!!」
「「キャッ!!」」
「「ぎゃー!!」」
うっわ、ビシャって飛んできたビシャって!!
うー…雨みたいにサーッと降るようなイメージだったのに…近くで爆発させたらこうなるのか…そりゃそうか…
幸い大した衝撃ではなかったが、突然水を引っかけられるのは誰だって驚くものだ。
みんなでわーわーぎゃーぎゃー騒いだあとは、みんなで大笑いした。
春になり薄着になったこともあり、少女たちのワンピースが濡れ、見えてはいけないものが透けて見えるような気がしないでもないが…僕は何も見ていない。
見ていないったら見ていないのだ。
新しい子たちが来た日の午前中、シアノやアイラなど13才になった子たちは小鹿亭から出ていき、大人用の娼館へと移っていった。
青色の髪を持つシアノにだけは青色の魔力と水魔法の使い方を教えておこうと思ったが、どうやら既にお客さんが教えてくれていたらしい。
けれど、シアノは自分で魔法を使うことにそれほど興味がないのか、魔法の練習はしていないと言っていた。
「おみず、おいしいよ?」
「そうですね」
「こまったとき、おみずだせるとたすかるかも?」
「その時はセラにお願いしましょうか」
頼ってもらえればいくらでも力になってあげたいが…シアノはこれから出て行くのだ。困った時に僕に頼ることはできない。
魔法が使えれば娼婦として働かなくても別の生き方もできるはずだし、どうにかこうにか魔法の練習をしようと説得して、「セラがそこまで言うのなら」と練習をしてくれるとは言ってくれた。
本当に魔法の練習をするかどうかはわからないが…こればかりは本人の意思に委ねるしかない。
…そうだ、これも言っておかないと。
「それとね、ほかのひとにはないしょ、だよ?まほう、おしえたことバレちゃうと、えらいひとがおこっちゃうっていってた。ぜったいぜったい、ないしょー」
「もちろんです。私とセラの2人だけの秘密にしましょう」
「ほかのみんなもしってるけど…」
魔法は秘密。これも念押しておかなければならない。
シアノは真顔で僕を抱きしめながら適当な返事を返してくるので、どれだけ真剣に聞いてくれているのかわからないのが怖いところだ。
ウィルが言うには、魔法はしっかり対価をもらってから披露したり、人に教えなければいけないなどの厳しい決まり事があるらしい。
それにしては僕達にあっさり教えてくれたけどね…
どうやらウィル達は他の魔法使いと魔法に対する向き合い方が違うようで、「魔法技術の継承ばかりで、魔法技術の開発に取り組もうとする家紋が全くない」と愚痴をこぼしていた。
僕としては魔法といえば攻撃魔法が真っ先に思い浮かぶんだけど…なんだかウィルやジンムカ様の話を聞いた限り、大道芸や見世物のような使い方ばかりしている印象を受けるんだよなぁ。
例外もあるけど、建設工事など大規模な何かが必要になった時に活躍するとか、そんな感じだ。
魔法とは、人智を超えた超条の力だ。
小鹿亭の周りを囲う巨大な壁も魔法で作ったらしいし、炎の壁や濁流を作るような戦術的な魔法も可能なのだろう。
強大な力は戦争や争いごとに使われてもおかしくない気もするが…去年ジンムカ様の話にでてきた魔法の評議会?なるものでは、噴水や花火、影絵やお城を作ったりなどしているという話だったし、どうやらこの国は性に対する倫理観がおかしいだけで、そこまで野蛮な国ではないのかもしれない。
魔法を気軽に使わないように、広めないようにというのもそういう理由があったりするのかもな。
…とはいえ、魔法を使うのは自身の魔力が減るくらいで他にリスクらしいものもないらしいし、減った魔力もいつの間にか回復している。
できることなら覚えておくことに越したことはないのだ。
そう思って僕は今、とりあえず直近の課題となっている"アイビスこれからどうするの問題"に精力的に取り組んでいる最中である。
具体的には…
まず、アイビスを魔法使いにしてみる。
魔法使いとして稼ぐことは難しいかもしれないが、身に付けておいて損は無いはずだ。
幸いな事に、アイビスは赤茶の髪に真っ赤な瞳。
ウィルが言っていた魔法適性の話通りなら、アイビスは火系統の魔法に強い適性を持っているはずなのだ。
アイビスのみぞおちに手を当て、僕の身体の中で赤色にした魔力をゆっくりゆっくり流し込んでいく。
魔力を流し込む行為はとても危険なことだと言っていたので、ものすごくゆっくりだ。
「まりょく、ふよふよしてるの、わかる??」
「うーん…からだはゆれてるけど…」
「からだは、ゆれてないよ。からだのなかだけゆれてるの」
「うそよ。まえとうしろに、こう… ふらふらしてるもの。アンタがおしてるんでしょ」
身体の中の魔力が揺れると、身体がゆらゆら揺れているように感じるのだ。
僕から見るとアイビスの身体は全く揺れていない…いや、身体も前後に揺れだしちゃったな…気持ち悪くなる前に、一旦魔力を感じる練習は終わりにするか。
魔法の練習の次は…教養を身につけさせる。
「いちたすいちは、に!!」
「これ"ご"じゃなかった?」
「"に"だよ。"ご"はこっち」
「そうだっけ…」
「ねーねーお絵かきしよーよー」
「すうじ?より、お絵かきのほうがたのしいよ?」
ウィルから教えてもらったこの世界の数字を使って、壁でお勉強会だ。
クルカラやオープルは速攻で飽きたのか、お絵描きし始めてしまったけれど…
アイビスは時折うがーっと叫びながらも、日々魔法と算数を頑張ってくれている。
本当は文字の読み書きもできたら働き先も増えるんだろうけど…
ウィルから数字については水玉を変形させて教えて貰えたが、文字については流石に教材が無いと数が多すぎて無理だと言われてしまったのだ。
とにかく、今はできることを1つずつでもいいから増やしていくしかない。
娼婦以外の生き方を見つける為にも。




