うるさい早く寝ろ
連日降り続いていた雪もすっかり落ちてこなくなくなり、吹きすさぶ風からトゲが刺すような冷たさがなくなってきた。
「…あまいにおい?」
「あっ!今日はアッポがあるよ!」
「やった!!デザートだっ!!」
「雪が降らなくなったからだねぇ」
1ヶ月ほど毎日降り続いていた雪がパタリと止んだのを合図に、小鹿亭は毎年恒例の備蓄放出期間に入ったらしい。
つまり、しばらく控えめだったデザートが頻繁に夕食にでるようになるのだ。
「せわびと、なにかいいことあったのかな」
「ふっるぅっつ♪ふっるうっつ♪…せわ人?なんで?」
「…あっ。いつもよりお顔がこわくない…かも?」
オープルの言う通り。
フルーツのいい香りに上機嫌…なのは、変なフルーツの歌を口ずさんでいるクルカラを始めとした僕達だけかもしれないけれど、今日は世話人もなんだか機嫌がいいのか、いつもしているしかめっ面が少しだけ緩んでいる。
「えー…いつもといっしょじゃないの??」
食事の列に並びながらクルカラも改めてじーっと見ていたが、よくわからなかったらしく首を捻っていた。
そもそもクルカラは世話人が普段どんな顔をしているのかも見てなさそうだし、もしも世話人がそっくりさんに変わっていても気が付かなそうだ。
「セラひどい!!それくらいわかるもん!!」
「ほんとかなー」
「あやしいね」
「オープルまで!!うらぎりものー!!」
キャッキャと賑やかに列が進み、ようやく僕達の番がやってくる。
「…セラ。クルカラが睨んでくるんだが?」
そんなこと僕に聞かれても困る。
「せわびとのおかお、わかりずらいせいかも?」
「…顔??」
話の流れがわからない世話人にとってはちんぷんかんぷんだろうな。
まぁ、そんなことより。
「せわびと、なにかいいことあった??」
「なんだ?…いいこと?」
「うん!いつもより、ごきげんみたい?」
「あっ!わかった!!せわ人フルーツつまみぐいしたんでしょー!!」
「えっ!?そうなの!?」
クルカラの爆弾発言により食堂内にざわめきが起こる。
僕もついついそうなの!?なんて反応してしまったが、そんな事あるわけがない。
…ないよね??…つまみ食いなんて…そんな…
配膳台の奥に置いてあるフルーツのバケツを覗いてみると、とりあえず沢山のアッポがぎっしりと入っているのが見えたので一安心だ。
…念の為早めに食べてデザートを取りに来よう。数が足りなくなったら困るし…
「つまみ食いなんてする訳ないだろう…馬鹿なこと言ってないでさっさと持っていけ。後ろが詰まってるぞ」
ため息をつきながら呆れた顔をしているのを見る限り、本当につまみ食いはしていないようだ。
…いや、僕は最初から疑ってなんかいないよ?クルカラが疑ってたから、一応確認しようかなって思っただけで…
心の中で言い訳しながら、促されるまま食事を受けとりテーブルにつく。
いただきますしたら、とりあえず早めに食べよう。深い意味はないさ。ハハハ。
「全員席に着いたな。皆知っての通り、雪が止んだのでこれからしばらくの間はデザートが出る」
いただきますはまだかな〜と待っていると、全員がテーブルに付いたタイミングで世話人が何やら話し始めた。
…いただきますは?まだ?
「この時期は毎年、春の事を心配している者もいると思う。が、今年はどうやら、モーラス様は諸事情により来れないらしい。まだ確実では無いが、恐らく間違いないだろうとの事だ」
静かな食堂に、ふっと息を呑む音が響く。
話題にはしないものの、みんな薄らと不安に思っていた。
今年も、春が来る。
13才になった子が出ていき、新しい5才の子達が小鹿亭に来て…
今年もまた、犠牲者が出るのだと。
それが…今年は、無い。
少しの沈黙の後、食堂内が一気に賑やかになった。
涙ぐむ者。安堵の声。嗚咽をもらし抱き合う者。
今まで付きまとっていた漠然とした恐怖が取り払われたような、憑き物が取れたような。
みんな、本当に怖かったんだ。
僕も唖然としながら、全身の力が抜けるのを感じていた。
「…よかった…」
意識せずに口から漏れた言葉は震えていた。
僕も…怖かった。すごく怖かった。
今年は…僕が代わりになると、言おうと思っていたから。
毎日、世話人に言おう言おうと思いながら、これまで先延ばしにしてしまっていたけれど…
…そうか。
今年は…来ないのか…
「ぐすっ…せらぁ…うぅ…」
「セラ…よかったね…よかったね…」
隣にいるクルカラも、向かいにいるオープルも、泣きながら抱きしめて、僕の手を握ってくれた。
ああ…来ないんだ…聞き間違いじゃなかった……よかった……よかった……
その日はみんなでちょっとだけ夜ふかしをした。
「なんだか…全然眠くならないんだけど」
「私も…何だか目が冴えちゃってる」
「…ね、今年はどんな子が来るかな」
「青髪の子は確実ね。シアノが出てっちゃうし」
「来年はリビアンが1番上の姉様かー」
「ええ。実を言うととても不安だったのですが、例の方がいらっしゃらないそうなので……これは…当たり年ですね…!!」
「ふはっ、テンションたかっ」
「そうだねぇ。でも春は他のお客様もいっぱい来るから、皆のこと、よろしくねぇ」
「もちろんですアイラさん。皆さんどんどん私を頼ってくださいね…!!」
「あとちょっとであたしが1番上の姉様だったのにー。リビアンが1番上の姉様とか、不安しかないんだけどー?」
「ふっふっふっ……例え僅差だとしても、私の方が上だったのですよ。残念でしたねキリッカさん…!!」
「…リビアンうるさーい。世話人に怒られちゃえー」
夜も更けて真っ暗になった部屋にみんなで寝転がりながらも、まだ誰も眠くないのか色んな話が聞こえてくる。
「皆には言ってなかったんだけど…去年来たお客様、すっごい格好良かったの!!また来てくれるかなぁ」
「えーいいなー。私のお客様はちょっと変な顔だったし…」
「そういうことは思っても口に出してはいけませんよ」
「うー…はーい。シアノは厳しいなぁ」
「厳しいわけではないのですが」
「それよりシアノ、どうやってお客様捕まえてるの!?シアノが人気なの、ずっとずぅっと不思議だったんだけど…??」
「どうやって…???」
去年の今頃は違った。
どこかみんなが不安そうな顔でソワソワして、誰も先のことを話そうとしなかった。
春に沢山来た客の事も、誰も話そうとしなかった。
これから起こる悲劇への不安、起きたことへの恐怖、犠牲者への罪悪感…
様々な感情が心にまとわりついて、みんな現状から目を逸らすことに必死に…早く時が過ぎることをただただ強く願っていたように思う。
僕が異世界に転生していたことを知った後に毎年春に犠牲者が出ているのだと知り、最悪な客が来ることで少女達を恐怖で縛り付けようとしているのかと疑ったりもしたが…
それは僕の勘繰りが過ぎただけで、世話人によると10年ほど前に貴族の当主が代替わりしたことで来るようになったただの迷惑客なのだとか。
まぁ迷惑だなんて直接的な言い方はしてなかったけど。
「こないでーって、いってみるとか」
「…普通のお客様であれば断ることもできるそうだが、仮にも相手はお貴族様だ。そんなことはできない」
との事だ。世話人もとっくの昔にオーナーには提案していたんだろう。
誰も彼もが嫌で、でも断ることもできずに受け入れていた汚客。
それが今年は来ないとわかったからこその、みんなのこのはしゃぎ様だ。
みんな話が止まらないまま夜はどんどん更けていき、世話人がうるさい早く寝ろと3回も注意しに来た。
それでも全然怒ったような声色ではなかったし、きっと世話人も僕達と同じように心の底から安堵しているんだろうな。
後日、世話人になぜ今年はモーラス様が来ないのか聞いてみたが、理由はわからないとの事だった。
何か知ってはいそうだが、僕達に話す内容ではないって感じだ。
その次の年には来るのか聞いてみたが、それはまだわからないらしい。
「とにかく今年は来ない。それが分かっただけでもよかったと思うしかないな」
と言っていたので、別に死んだから来ないという訳ではないらしい。
少しその可能性に期待していたんだけどなぁ…ちぇっ。
「そういえば、ウルイル様が春になる前にまたいらっしゃるそうだ。セラ、よかったな」
なに!?ウィルが来るのか!!
ここが異世界だとわかってから、僕はさらに気合を入れて魔力を動かす練習に取り組んでいる。
ウィルに教えてもらったように魔力を青と赤の色にできるようになったし、色を変えたまま身体の中を動かす事もそれなりにできるようになってきた。
あとは魔法の使い方さえわかれば…魔法が使える…はず!!今からとても楽しみだ。
シアノ達がここを出ていくのは寂しいし、できることならお別れなんてしたくない。けれど、ウィルには早く来て欲しい。
早く日々が過ぎて欲しいような、いつまでもゆっくりとした時間が流れて欲しいような。
そんな期待と寂しさを胸に春を心待ちにする日々は瞬く間に過ぎていった。
今年はモーラス様が来ません!!なので去年のように憂鬱で筆が進まない…なんて事にならずに書き進めることができました!!
物語も、現実も。春まであと少しですね。
私は近年、本格的に花粉症の症状が出始めまして…知らぬ間にぽたっと垂れている水のような鼻水…迷惑ですね。ええ、非常に迷惑です。今まで苦しまずに済んだことを幸福に思うしかありません。
皆さん、一緒に苦しみましょう!!遠慮せずにどうぞお裾分けです!!




