紅茶が宙を舞う
わくわくとした気持ちで話を待っている僕を見て、ウィルが小さく笑う。
「ギルやお店の人から『すごくお喋りが好きな子』って聞いてたけど、本当だったんだね」
お喋りが…好き…???
おもわず心の中でため息をついてしまった。全く心当たりがない。
別にお喋りが好きなわけでも無いし…
他の子たちならいつもいつも何かしら話をしているけれど…もしかして…他の子と勘違いして指名された、とか?
ここの子たちはこんなに話題がない空間に閉じ込められているのに、よく話が尽きないものだと感心するくらいいつも何かおしゃべりしている。
それに比べて僕はなんの話題もないし、いつも走り回っているだけだ。
「えっと、みんな、おしゃべりすきだよ?」
「そうかもしれないけど、ここにいる子の中で1番だって紹介されたよ。さっきの世話人さんも…」
誰だ適当なこと言った奴は…と思ったら、世話人、お前か!!
「少し苦笑いしながら、自分にまで話をねだってきたのは君が初めてだったって。それも1回だけじゃなく何回も。ふふっ、その様子を見ると、自分ではおしゃべりが好きな自覚がなかったのかな」
………
あー…心当たりが…あるなぁ…
むしろ、心当たりしかない…
少しでも情報を集めるために話をしていただけなのだが、今までの自分の行動の結果、おしゃべり大好きというレッテルを貼られていたなんて…そして客の相手なんかする羽目に…
いやいや、今までの努力が実を結んで、新しい情報源に辿り着くことが出来たんだ。話を聞けるのは脱出の糸口を掴む為に必要なことだって、開き直ったばかりじゃないか。悲観していてどうする。
「じゃあ何から話そうかな…楽しい話を沢山聞かせてくれたし…どうせなら面白い話が…うーん…」
ウィルが思考の海に沈んでいってしまったので大人しくして待っていたが、ちょっと待っているのが暇になってしまった。
いつになったら話が聞けるんだ?沢山喋って喉も乾いたし…あっ!
手持ち無沙汰に部屋の中を何気なく見回すと、いつもジンムカ様が紅茶を入れてくれるティーセットが目に入った。
ウィルに紅茶を入れてあげよう!僕も飲みたいし。
…僕はついでだよ?ほんとほんと。
「ウィルさま、こうちゃ、のむ?」
「…えっ?紅茶?」
「うん!あれでね、こうちゃのめる!!」
よくわかっていないような顔をしているウィルに、壁際のティーセットが用意してある棚を指さして教えてあげる。
あそこのティーポットにはいつも1回分の紅茶がセットされていて、ジンムカ様が紅茶を入れているところを見たことがある。後でジュリに話を聞いてみたらお湯を入れて待つだけだったので、僕にもできるはずだ。
「セラがいれてあげるー」
「えっ!?ちょっ、紅茶いれたことあるの!?」
驚いているウィルの事などほったらかしてティーセットへ駆け足で向かう。
僕の口はすっかり紅茶の口になってしまっているのだ。ウィルの相手などしていられない。
壁際にあるイスを棚まで移動させてよじ登り、魔道具とか呼ばれてる電気ケトルの中を確認すると…うん、ちゃんと水は入っているようだ。
電気ケトルを台座に乗せたところで後ろからウィルが覗き込んできた。
「へぇ…これ、魔道具か。すごいね」
「こっちのちっちゃいポットには、こうちゃのはっぱがはいってるよ」
ティーカップの蓋をあけるとやはり1回分の紅茶の茶葉がセットしてあり、まだお湯も注いでいないのにふわっといい香りが広がる。
「いいにおい…」
「本当だ…いい葉を使ってるんだね…」
それにしてもウィルの驚きようを見ると、ここでは紅茶は珍しいものなんだろうか。
「おはなしによばれたときに、いつもこうちゃ、のませてくれるの」
「そうなんだ。紅茶の入れ方もそのお客さんから教えてもらったの?」
「うーんと、ねえさまがおしえてくれたの!おゆいれて、ちょっとまって、ティーカップにいれるんだよ」
僕は簡単に説明しながら、小さい器にちょっとしか入っていない砂糖をウィルと僕のティーカップに入れ、沸いたお湯をティーポットに注ぐ。
「ながくおゆにつけると、にがくなっちゃう。おいしくするには、いっぱいれんしゅうしなきゃダメなんだって」
「へぇ…セラは物知りだね」
「えっへん!」
まるで小さい子にすごいねと言うような軽い口調だったが、褒められるというのはやはり気分がいいものだ。
…さて、紅茶の様子は…そろそろいい頃合かな?
ティーポットを持ってカップに注…あっづ!?!?
「ッッッ!?!?」
「危ない!!」
何気なしに持ち上げたティーポットの持ち手がとてつもなく熱く、思わずティーポットを手放してしまう。
軽く宙を舞って棚にぶつかったティーポットの蓋が外れ、琥珀色の液体が飛び散る。
強烈な手の痛みで身体が固まってしまい、楽しみにしていた紅茶が宙を舞う絶望的な光景を眺めている事しか出来なかった僕を、ウィルが咄嗟に抱き上げて棚から距離を取ってくれたおかげで、熱々の紅茶が身体にかからずにすんだ。
が、しかし…
「火傷は!?大丈夫!?かかった所はある!?」
「…て…て…あちゅ…あ、つ…」
答えようとするものの、言葉が震えて上手く話せない。
ティーポットを掴んた手が焼けるように痛い。
楽しみにしていた紅茶が棚にぶちまけられ、棚の端から垂れてカーペットにシミを作っていく。
手を冷やさなきゃ。
紅茶飲みたかったのに。
思い返してみればこの1年半、食事のスープもぬるいものだけ。熱々のものなんて、ジュリと一緒に飲んだジンムカ様が入れてくれた紅茶だけだった。熱いものに触れる機会が全く無かったせいで、熱いものへの耐性や警戒心が無くなっていたのかもしれない。
様々なことが一気に頭を駆け巡り、その間もテーブルからこぼれ落ち続ける紅茶に視線が釘付けで…目から涙が勝手に溢れ出してきた。
ちょっと火傷しただけ。
たかが紅茶をこぼしただけ。
ちょっと甘い味付きで、いい匂いがするだけのお茶だ。
何を泣くことがある。
39歳のおじさんのくせに。
なんで涙が。
みっともない。
心ではそう思うのに…心の奥底に、ただただ悲しくて悲しくて、現実を受け入れられていない自分がいる。
まるで心の中にもう1人、別の考え方を持った自分がいるみたいに頭と心がちぐはぐで…自分の意識とは関係なく、滂沱のように流れ続ける涙は止まる気配がない。
「…ひっく…ひっく…」
「…セラ…とにかく手を冷やさないと。あっちのガラスに手を当てにいこう」
手がジンジンして痛い。早く手を冷やさないとと思うけれど、視線はテーブルからぽたぽたと滴り落ちる紅茶に釘付けのまま、身体が動いてくれない。
肩を押しても動かない僕に痺れを切らせたのか、ウィルが僕を抱き抱えて、ガラス扉の付いている棚まで連れていってくれる。紅茶から遠ざかったからなのか、紅茶が視界に映らなくなったからか。ようやく身体が動かせるようになった。
仮にもウィルは客として来ているのに…自分で自分が情けなくて泣きそうだ。
…もう泣いてるけど。
「…うぃる…ごめ…なさ…」
「…ううん、いいんだ。ほら、手を当てて。まずは冷やさないと」
促されるままにガラスに手を当てる。
ガラスはひんやりと冷たくて、ジンジンと激しく主張する痛みが少し和らいだ。
「とにかくしっかり冷やさないと…あのボタンを押せばさっきの人が来てくれるんだっけ」
そう呟きながらウィルが扉の方に向かっていく。
井戸水は冷たいが、手桶1杯分の水なんてあっという間にぬるくなってしまうだろうな。どれくらい効果があるものか…
氷でもあれば氷水にして冷やせるんだけど…
ガラスも最初こそ冷たくて気持ちいいものの、すぐ体温で温められてぬるくなってしまう。
ガラスの別の部分をあっちこっち触りながら痛さを凌いでいると、難しい顔をしたウィルが戻ってきた。
ボタンは押したんだろうか?
「…セラ、あのね。これからする事を秘密にするって、お約束できるかい?」
「これからすること???」
秘密もなにも、手を冷やす以外に何があるのか。
ウィルは僕の頭の中が???でいっぱいになっていることを察したのか、軽く苦笑いして言い直した。
「えっと、これからビックリすることが起こるけど、みんなには秘密にして欲しいんだ。お願いね」
そう言ってウィルは僕のガラスに当てていた手を引き寄せると、両手で包み込んですっぽりと覆い隠してしまう。
「…じっとしていてね…」
ウィルが軽く目を細めた、次の瞬間。
「…ッ!?」
ウィルの両手に包まれてじんわりと温かかった感覚が、突如として冷たい水に包まれた感覚に変わっていた。
ネトコン14にエントリーしてみました!
小説や物語など、こういったものを書くのが初めてなので…読みにくいシーンやわかりずらいシーンなどありましたら暖かい目で見守っていただけると有難いです…!!
自分で読み返した時も楽しいシーンはくすりと笑えて、悲しいシーンでは泣けるような表現ができるように心がけてます!
ここからは単なる後書きなのですが…
前の似たシーンどうだったっけ?と、ちょくちょく過去のシーンを読み返しながら書いてるんですけど、今回魔道具のポットをボタン式だと完全に勘違いして書いてしまってて…投稿前に何気なくポットが出てくるシーンを読み返してみたら、台座に載せると起動するタイプだった事が発覚しました(笑)
安全対策にはお金がかかるため、乗せると回路が繋がって起動し、退けると回路の繋がりが絶たれるため終了するシンプルタイプにしよう、と思った記憶が蘇ってきました。他にもちょいちょいと…読み返しては編集し、また読み返しては別の場所からアラが見つかり…思い込みって怖いですね。
スマホで執筆するようになってから1ページ書く事に投稿してるので…なんか前話と設定違くない?と感じる所などありましたら、気軽に指摘頂ければ嬉しいです!参考にさせていただきます!




