俺が決めた訳じゃないが
「セラ、少し話がある。食堂に残っていてくれ」
夏も終わりに近付いてきたある日のこと。
朝ご飯を食べ終わり、今日は何をしようかと考えながら食器を返しに行ったところ、世話人に食堂に残るように言われてしまった。
また厄介事か。
食後に食堂に残るように言われた時はいつもそうだ。前回は…
と、そこまで考えたところで、そういえばジュリ達がここを出て行ってから約5ヶ月間ほど呼び出しをくらっていなかったことを思い出した。
またというには久々すぎるか。今日くらい大目に見てあげよう。
食堂から出ていくみんなに頭を撫でられたり、クルカラから「こんどは何したの?」などといわれのない疑いを向けられたりしながら、自分でもよく分からない上から目線で寛容な気持ちで待っていると、やってきた世話人から爆弾発言が飛び出してきた。
「近々お客様のお相手があるかもしれない。いけるか?」
ほう。
お客様のお相手ね。
いけるか?と。
…色々言いたい事はあるが、まず一つだけ。
な ぜ い け る と 思 っ た の か 。
先程までの寛容な気持ちは一瞬で吹き飛んでしまった。
普通に考えて見てほしい。
僕の身体は今年の春に誕生日を迎えて6才になった(らしい)。
それから半年ほど経ってはいるが、何をどう考えたってそんな歳のガキに性的なことを目的とする客の相手など務まるわけが無い。
去年はジンムカ様の相手に何度か呼ばれたが、それはあくまでもジュリのオマケとしてであり、僕は単なる話し相手だった。
僕は性的な行為が始まる前に必ずぐっすりと寝落ちしていたし、それは世話人も知っているはずである。
…ちょっと言い訳させてもらうと、僕も好きで寝落ちしていたわけじゃなくて…
夜遅くに温かい紅茶を飲んでおしゃべりをしているとどうしても眠くなってしまい、起きていようと頑張るものの、不甲斐ない事にいつの間にか寝落ちしてしまっているのだ。
でもあれはジュリが僕の背中をとんとんしてくるのが悪いと思う。ジュリの膝の上に横向きで乗せられ、優しいトーンで語りかけてくるジンムカ様やジュリの声を聞きながら抱きしめられて軽くゆらゆら、背中とんとんなんてされてしまったら…子どもの身体で睡眠の誘惑に抗えるわけがないのだ。
…ちょっと思考が脱線してしまったが、僕の心はとうに決まっている。無理、やりたくない、の拒否一択である。
そもそも僕と同い年(という事になっている)クルカラもオープルもまだ客の相手に呼ばれたことなど無いし、1こ上どころか2こ上の子達もまだ呼ばれている所を見たことが無い。
どうして年下の僕が客に呼ばれなければいけないのか。
…と反論しそうになったが、仮にも元大人である僕がまだ小さい子ども達を盾にするような事だけはしちゃいけない。
ましてやここは風俗店。身代わりにするという事は、身体を売らせるという事だ。それだけは…できない。
僕はいろいろなモヤモヤした気持ちを抱えつつ、とりあえず世話人に話の続きを聞いてみる事にした。
「…いけるとおもう?」
「…はぁ、とりあえずその呆れたような顔をやめてくれ」
おっといけない、ちょっとジト目になっていたかもしれない。
ちょっとどころじゃない気もするが…それだけおかしな事を言っているんだぞと念を込めて、最後にもう一度だけジト目のまま盛大にため息を返させてもらった。
はぁぁ。
…気持ちを切り替え直して。
「…それでせわびとは、セラならいけるとおもったの?」
「あ、ああ。俺が決めた訳じゃないが、オーナーがセラを候補に挙げてな」
この野郎、部が悪いと見るやこの場にいないオーナーに責任転嫁し始めたぞ。
なんて考えてしまったので、僕は今回の件を相当腹に据えかねているらしい。
まだ何も話を聞いていないのに妙にイライラしている事に自分でも少し戸惑いつつ、冷静を装いながら話の続きを聞いた。
どうやら今回の客は性的なサービスを求めている訳ではなく、話をして心の傷を癒したいという目的のようだ、との事らしい。
ようだ、と曖昧な言い方になったのは要望を客本人から聞いた訳ではなく、落ち込んでいる友人を励ますために予約に来た人からの説明のため、正確に把握できていないそうなのだ。
そして僕が選ばれた理由は、相手が望んだ外見の条件に最低限合致するのが僕しかいなかったから。
僕しか条件が合わないなんて…今回の客は変態か?まぁ、まず間違いなく変態だろうな。
こんなに色とりどりの美少女溢れる中で他に条件に合う子がいないとして、唯一在籍している男の娘(去勢済み)の僕が選ばれるんだから…相当な変態に違いない。
何が話し相手だふざけるなよ変態野郎め…と心の中にふつふつと湧き上がってくる感情を抑えつつ、他の子に汚客の矛先が向かわない事を唯一の救いだと思うことにした。
僕が拒否すれば他の子に被害がでる以上、そもそも僕に断るという選択肢は無いのだ。
「セラ、ふきげん?おこられちゃった?」
「えっ…ううん、だいじょぶ。おこられてないよ」
世話人との話が終わり外に出ると、近くで遊んでいたクルカラが走り寄ってきて心配そうに聞いてきた。
冷静を装っているつもりだったけれど、どうやら見るからに不機嫌そうな表情になってたらしい。
子どもは考えている事が顔に出るからわかりやすいとはよく聞くけれど…僕は元々大人なのに…
ここ1年半ほど子どもたちに囲まれて子どもとして過ごしているせいだろうか。僕はすっかり大人らしさが抜けてきてしまっているらしい。
心の中で喝を入れつつ、それでも心の中はモヤモヤしたままなせいで、笑って「なんでもないよ」と言いたいのに苦笑いしか出てこない。
「まだきまってないんだけど、セラにおきゃくさまがくるかもって、おはなしだったの」
「ええ!?ジュリくるの!?」
「ええ??」
なんでそこでジュリが出てくるんだ!?
と思ったところで思い出した。
すっかり忘れていたが、そうえいばジュリが春にここを出ていく前に何か言っていたな。
「遊びに来るのはダメだけど、お客様として来るならいいよって言ってもらえたの。だからいっぱいいっぱい働いて、沢山セラに会いに来るからね…寂しいけど頑張ろうね…セラぁ…」
「うぐ……いぎ…でき……ぐる…じぃ…」
あの時は危うく絞め落とされる寸前だったが、確かにそんなことを言っていた気がする。
もう半年経ったけど…今頃ジュリはどうしてるんだろう。
まさか外の世界が楽しすぎて僕の事なんて忘れてしまっているとか!?
…いや、あのジュリに限ってそんなことは無いか。
それよりも、あのジュリが半年も会いにこない事の方が心配だ。
ここの外がどうなっているのか何もわからない。13才になったら大人用の娼館に移動になるという話だったが、僕自身が大人から子どもにされる実験をされてここに連れてこられているのだ。
ジュリが本当に大人用の娼館に行ったという保証は無い。
もしかしたら、ジュリがもうこの世にいない可能性だって…
「うっぷっ!?」
「セラ!?だいじょうぶ!?」
「だ…だい…じょぶ…ちょっと、おなかいっぱい、だっただけ…」
少し行き過ぎた想像をして吐き気が襲って来てしまった。
おもわずしゃがみ込んで息を整える。
きっと、大丈夫だ。大丈夫なんだ。
何も確証は無い。
それでも大丈夫だと自分に言い聞かせないと、恐くて恐くてどうにかなってしまいそうだった。
「何か声が聞こえたが…セラ!!どうした!?」
食堂から出てすぐの所で話していたため、クルカラの大きな声が世話人にまで聞こえてしまったらしい。
しゃがみ込んでクルカラに背中をさすってもらっている僕に驚いたのか、世話人の声まで大きい。
「せわびと!!セラが、ジュリがくるかもって、そしたらこうなって…ジュリ、くるの!?」
クルカラが泣きそうな声で説明してくれるが、なんか全然内容が違うし、これじゃあなんの説明にもなっていない。
「ち、ちがうよ…」
「セラ…ああ、違う。大丈夫だ」
世話人が力強く頷く。
全然弁明できていないが、どうやらクルカラが頓珍漢なことを言っている事だけは伝わったらしい。
「安心してくれ。今回のお客様は男の人だ。ジュリじゃない。だから大丈夫だ」
「…!?!?」
「ジュリじゃなかった…よかった…セラ、よかったね…」
「!?!?」
世話人は全くわかっていなかった。それどころか世話人もクルカラも頓珍漢な事を言っている。
「そのうちにジュリも来るだろうが…今回は違う。今回はまだ大丈夫だ」
「こんかいは…でも、だいじょうぶだよ…ジュリが来ても、クルカラがまもってあげるからね…」
なぜジュリじゃなければいい事になるんだ??僕は男の相手をする方が嫌なんだが…
むしろジュリは大歓迎だ。
むしろジュリじゃなきゃ嫌だ。
何が悲しくて男の相手などせねばならんのだ。
「えっと、ジュリ、だいじょぶだよ??セラ、ジュリのこと、すきだよ??」
「無理しなくていい。ここにジュリはいないんだ」
「セラ、だいじょうぶ、だいじょうぶだよ…」
なぜか眉間に皺を寄せながら僕の頭を撫で、大丈夫だと頷いている世話人。
なぜか大丈夫だと繰り返し、僕を抱きしめてくるクルカラ。
一体この状況はなんなんだ…2人がおかしくなってしまった…
…僕がおかしいのか??そんなわけ…ない…よね???
その後なんとか誤解をとこうとしたものの、その度に優しく諭すように大丈夫だと言われ、全く相手にしてもらえず。
無慈悲にも2週間後に男の客が来ることが決まってしまった。




