礼部の自滅
卜占の結果を受けての無理な要求を撥ねつけ、その際に王を侮辱した、と礼部の遣いは審問の間で証言した。
「つまり」
呆れたように言ったのは蘭俊だった。
「間違いなく王の治世を疑ったということだ」
その蘭俊に、慶俊が咳払いで返す。
「勢いではないか」
それから父を見て、慶春が続けた。
「私は芳俊殿と同じく戸部の証言を要求します。宜州も今年は不作ですから、収穫祭が行われるからと五穀を三食三日分供出するのが難しい年であることは分かります。侮辱が不敬罪であることは間違いなくとも、情状の余地があるなら聞くべきでしょう」
芳俊は慶俊を見て目を見開いた。
この兄も初めて見るが、どうやら味方らしい。
「それから」と続けて、慶俊は礼部の証言者に目を向ける。
「礼部から卜占の記録を出していただきたい。例年ならば州公に届くはずの卜占の結果が、今年は貞俊殿と蘭俊殿にしか届いていない。韋州に要求されたと噂は聞いたが、卜占に使われた占陣の変数も知らされていない」
泰俊がこれに頷く。
「今年の状況を考えれば貞俊殿には情状の余地がある。本日の審議も査問も証人がひとりしかいない。情報が足りなさすぎる。父上、日を改めませんか」
泰俊の意見に七王爺が口を挟もうとしたが、圭徹は范雪がなにかを囁いたことに耳を傾けて「日を改めよう」と声を上げた。
「礼部からは卜占の記録を出すように。次は戸部から韋州の状況を確認するための証人を呼ぶように」
圭徹の言葉で審問の間は閉じられた。
*** *** *** *** ***
戸部は韋州の状況を審問の間で述べるようにと言われ、動き出した。
六皇子が戸部からの証人がいないと言い出したのだと言う。
戸部としては一皇子が不敬罪に問われるきっかけが不作であったと聞いて一皇子に同情的になっていたところで、動き出す者がいた、というのが正しいかもしれない。
不作は韋州だけではない。
戸部の者がなぜか行ったきり戻らない頴州と、人もいなければ田畑もないと言われる珊州以外の六つの州すべてが不作に見舞われている。
王都がある柳州も例外ではない。
韋州の状況を奏上する場は、他の州の窮状も同じく奏上する好機になる。そしてそれは、この状況を報告させなかった者を糾弾する好機でもある。
本来なら戸部は司徒を務める芦氏の配下に置かれるが、芦氏が耕起祭の変で身分を剥奪されてから新任の戸部卿が七王爺の推挙で立った。この新任の戸部卿が自分の意に沿わない奏上も上奏も止めていた。
それがいま、一皇子の不敬罪に関する審議と審問のために、戸部卿を飛び越えて王族の前で各地の窮状を上奏する機会が生まれた。
さらには皇子たちが口々に礼部の卜占に疑問を呈したという。
今年の卜占は、戸部から礼部に提供するはずの水や生育途中の五穀も要求されてきていない、どうも胡散臭いものだった。
戸部の実務を取り仕切る楢氏が、仕上がってきた奏上、それに上奏を手に取る。
「どうにかお聞き入れいただけるとよいが」
「審問の間には王と皇子、王弟殿下、それ以外には証人しか発言を許される者はおりませんから、奏上は叶うはず」
楢氏は頷いた。
*** *** *** *** ***
芳俊は泰俊に誘われて玄妃のところに連れてこられていた。
玄妃は目鼻立ちがくっきりして気の強い印象の妃だった。
「なかなかこちらにおいでにならなかったのは、なにかあってのことだったかな?」
玄妃が庭で鷹を腕に遊ばせながら、芳俊と常梅香に目を向ける。
「王后様の宮でございますから、気楽に訪れてよい宮ではございませんと申し上げたのは私です」
常梅香は淡々と告げる。
玄妃は「比氏」と常梅香に言った。
「比嵩の養女だそうだな。自分の一族を天牢に入れている二妃と懇意にするのは楽しいか?」
「いかが思われます?」
ふん、と鼻を鳴らした玄妃は鷹を小屋に戻して餌をやる。
「本性は天龍、器は見目は良いが出来損ないの人間か」
常梅香は目を見開いた。
「よくお分かりになりましたね」
「王は気付かなかっただろう」
「お気付きではありません」
「玄由来の術だ」
常梅香は考え込むように視線を動かし、玄妃が「蘇はもう人間の器を作らない」と笑った。
「玄では作るのですか?」
「ときどきな。戦のときには人間と馬を作って消費する」
「物騒でございますね。長持ちしませんでしょうに」
呆れた常梅香を見て玄妃が鼻を鳴らす。
「長持ちする必要などない。都度都度の戦で使うだけだからな、二日ほど耐えられればそれでよい」
「怖い国だ」
常梅香は肩を落としたが、玄妃は話題を変えた。
「芳児は戸部を呼べと言ったらしいな」
「審問の間は不敬罪だけを問う場ではございませんでしょう」
玄妃は「なるほど」と頷いた。
「礼部の後ろから誰が出てくるかな」
「さて」
常梅香を見て、玄妃が「戸部は芦氏だったかな」と問う。
「さようでございます」
「芦氏を戻してなにか利益があるか?」
常梅香は玄妃を見て「炎妃に恩を売ることぐらいはできますよ」と小さく笑った。
その笑う常梅香の横で、芳俊は泰俊がじっと常梅香を見ているのを眺めていた。
泰俊が芳俊の視線に気付いて、芳俊を見る。
「あの器はおまえが作ったのか?」
耳元で小さく囁くように訊かれて、芳俊は泰俊に「はい」と答えた。
「おまえの母には似ていない」
「母を作ったわけではありません」
「母上には蘇の血脈を辿ることができないから分かるまいが、よく比轍をあの器に隠したな」
芳俊は自分よりも背の高い泰俊を見上げる。
「わかるのですか?」
「私に使えるのはおまえと同じ、蘇と玄の術だ、あの女の魂魄の淵源を辿る権限がある」
そう言ってから泰俊は「あとで暁寧殿に行く」と呟くように芳俊に囁く。
「おまえが地公との縁談を受け入れたのだから、残りは私だ。比轍は私の配偶になる」
「泰俊殿の配偶?」
「比氏の末子には王族が嫁ぐ。あれは女性だから、正室にするか側室にするか」
泰俊の言葉に芳俊は呆けた。
*** *** *** *** ***
二回目の審議は、数日後に開かれた。
審問の間で、礼部は戸部に睨まれている。
「一回目の疑義は皇子たちの見解がまとまらなかったが、今回は疑義二点それぞれを明確にする」
言ったのは王弟の三王爺だった。
常梅香が芳俊に「前回の方は七王爺、今日の方は三王爺です」と囁く。
「ひとつ目に、卜占の結果に異議を訴えたこと、ふたつ目に王を侮辱したこと、これでよろしいでしょう」
皇子たちが「異議なし」と頷く。
礼部の卜占官は、明らかに顔色が悪かった。
「さて、卜占官は州公に対し卜占の結果を通達するが、貞俊殿、蘭俊殿以外の皇子には通達されていなかった。これはいかなることか」
三王爺の言葉が礼部に向いた。
「加えて言うと、私のところにも来ていない」と三王爺は付け加えた。
卜占官は「それは」と声を震わせる。
「影響の大きい韋州には先にお知らせしておくべきであろうと」
途切れがちな卜占官に、戸部の楢氏が声を上げた。
「二殿下は頴州公ながら、同じ頃に結果を知らされているようだが、炎のご兄弟にだけ知らされたということか」
「そのようなことはございません」
楢氏は礼部に向かってさらに声をかける。
「今年は卜占に使うはずの、収穫前の稲穂などを求めてこなかったが、礼部は今年どのような卜占をなさったのかお伺いしたい」
皇子たちが顔を見合わせてから父を見た。
「どのような卜占が行われたか、父上はご存じですか?」
「知らん」
王のひと言が審問の間に落ちる。
「それは」
卜占官が小さな声で「二妃様から」と言い、顔を上げた。
「二妃様が、王の意向であるとおっしゃいました! 韋州の五穀が献上されることを王がお望みであると伺いました!」
「痴れ者が!」
立ち上がり怒鳴ったのは蘭俊だった。
「父上! この卜占官は母上を陥れようとしているのです! 王后か朱妃どもが画策したのです!」
「そんなことをしても朱には得がない」
静かに言ったのは慶俊だった。
「煕俊兄がおられた頃ならまだしも、朱の皇子は五心庶子の私だけだ」
慶俊を振り返り、蘭俊が怒鳴る。
「ならば玄だ! 玄妃が母上を陥れようとしているのだ!」
泰俊が芳俊を見てから蘭俊に目を向けて笑った。
「玄は芳俊殿が地公との縁談を控えている。地公との縁談を受けると言うことは立太子が決まったようなもの。玄の兄弟から太子が出るというのに今の時期に二妃を陥れてどうする。そもそも縁談を持ってきたのが二妃なのだ。感謝こそすれ、陥れたりなどして玄の吉事を前に汚点を残すような真似はしたくない」
蘭俊は父を振り返る。
「父上、これ以上の詮議は無用です。弟たちが皆で私と母上を陥れようとしているだけです!」
淡々と、芳俊は兄たちを見まわして口を開いた。
「卜占官の身分証の札を調べればどこの宮に誰が訪れたか記録があるでしょう? それを見れば、礼部がどこの宮でどなたと会ったか分かるはずです。いかがでしょう? 蘭俊殿、礼部の者が二妃様のところに訪れた記録がなく、他の宮に記録があれば二妃様の潔白が証明できるはずです」
無邪気な様子で言った芳俊を、蘭俊が睨み付ける。
「その口を閉じねばおまえの腕を引きちぎるぞ!」
蘭俊から芳俊に向けられた言葉に、審問の場が静まり返った。
しばらくの静寂のあと、三王爺が「卜占官の身分証を検める」と告げ、卜占官から身分証の札を受け取って訪問記録を確かめるために、審問の間に持ち込まれた皿に満々と注がれた水に浸した。
青みを帯びた光を放つ水に浸された身分証から文字が流れだす。
水から天井に向かって流れていく文字を改めていたところに、二妃の宮を示す名称が浮かび、後宮や奥の宮にある他の宮を示す名称は出てこなかった。
戸部の奏上はまだ渡されていなかったが、王の言葉が「礼部卿を罷免し、卜占官の身分を剥奪する」と告げた。
「疑義がある以上、まだこの場で貞俊の処分を決めることはできない」
貞俊は天牢から解放されなかったが、礼部の卜占官が天牢に連れて行かれることになって鼻を鳴らした。




