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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
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審議の理由

 二妃は自分の宮で息子の帰りを二番目の息子とともに待っている。


 今頃、外廷にある審問の間で姉の息子貞俊の罪が問われているはずだ。

 罪と言って、州が儀典に使う五穀を出さないと言い、不作は州天公である自分ではなく王が至らないのではないかと、礼部の遣いに言ったことを「不敬罪」として裁こうというだけだが、それで本来なら太子として国を継ぐはずの凱核六心の皇子たちがいなくなるなら、いくらでも不敬罪の材料を作る。

 王も大臣たちも、凱核六心の皇子たちがいなくなれば五心の皇子のなかから太子を出し、国を継がせるしかない。

 三番目の煕俊きしゅんは王に毒を盛ろうとした罪ですでに処分が成された。

 牛に毒を与えたのは、煕俊ではなく二妃が金を与えた厩舎の者だった。

 それでも牛は倒れて死に、最後には王が口にするはずだった牛に毒が盛られていたのだという訴えで煕俊は毒酒を賜った。煕俊が統治していた苹州は暫定州公が誰なのかわからないという理由で奪い取ることができていないが、苹州の政治を掌る鵬安宮は息子蘭俊が統治する頴州の者たちが占拠した。

 苹州の権柄が蘭俊の手に落ちるまでに、そう時間はかかるまい。

 六番目の芳俊は、真偽も定かでない「地龍の皇子」に「降嫁」して王族の籍から追い出す算段が、ここまで首尾よく運ばれている。なにしろ芳俊に降嫁の話をしたのは王だ、断るはずがない。降嫁される皇子に州は持たせておけないという理由で、芳俊が持つ珊州は召し上げ、二番目の息子菖俊に与えてもらいたいという請願も王から許された。見合いの席を設けてほしいという頼みには慌てたが、他に特になにかを求めてくることもなく、唯々諾々と自分や息子たちの要求に応えて奢侈品を寄越してくる芯の弱い子だったおかげで、殺さず活かさずという関係を築くことができた。

 難物は、一番目の貞俊と四番目の泰俊で、その貞俊が、今「不敬罪」で審問の間にいる。

 反発的な戸部とは違い、礼部という省は言うことを聞く。

 礼部の卜占官と遣いの手柄で、貞俊はこれから毒酒を賜るか、あるいは身分を剥奪されるか、なにしろ処分できるのだと思うと嬉しくてならない。


 二妃は手元にある小さな酒器に琥珀色の酒を少し注いであおった。

(それにしてもこのところ、王のご様子がおかしい)

 百年も変わらず睦まじくよい関係であったはずの王だったが、このところは六皇子が「娘」として降嫁することになったせいか、初めてできた「娘」にかまける時間が増えている。

 今朝も、朝食をそこそこに芳俊のいる暁寧殿に行ってしまい、自分や息子たちのお願いを聞いてくれる時間を取ってもらえなかった。貞俊の審問の前に、滔々とその不敬罪がいかに王を蔑ろにしたかを王に吹き込むはずだったというのに予定が狂ってしまった。

「嫌だわ」

 呟いてから、二妃は菖俊を撫でた。


 *** *** *** *** ***


 芳俊は常梅香を横に置いて、貞俊を見つめていた。

 兄とは言うが、王族の兄弟で両親ともに同じ親を持つ皇子は二番目と七番目のふたりしかしない。

 他は誰もが、父は同じでも母が違う。

 貞俊という兄と奥の宮で会ったことはない。

 いま、貞俊について芳俊が知っていることは、貞俊が芳俊と段達が二妃に嫌がらせをするために仕掛けた全国的な不作という決断に巻き込まれ、意味の分からない儀典のせいで審問の間に立つ羽目になった憐れな兄だということだった。

 この審問に来る前に、常梅香からは「ふたつの選択肢がある」と言われた。


「二妃が一殿下を排除するのを見逃すか、それとも一殿下を助けるかです」

 伊五子が横から首を突っ込んだ。

「比轍様としてはどちらが楽しいのですか?」

 常梅香は、久しぶりに天牢以外の場所で比轍と呼ばれて少々機嫌よさそうに伊五子に視線を向けた。

「史官というのは、面白いできごとをいかにつまらない文章で書けるかが問われる仕事なんだ」

「つまらない仕事ですね」

「見逃した場合はたぶん史書に残らないが、助けようとすれば何かしらの結果が史書か、少なくとも記録に残る」

 段季が「何かしらの結果というのは、一割の成功、一割の引き分け、八割の懲罰じゃないか? 懲罰の内容は讒言による投獄だとか身分剥奪で、王宮を追い出されるか、悪ければ一殿下と一緒に殺されるか」と常梅香に問いかけ、常梅香は「恐らくはそう」と頷いた。

「眺めるだけで済むなら一波乱望むところと言いたいが、矢面に立つのが私ではなく芳児だと思うと危ないことはしてほしくない」

 妙に真面目な顔をして常梅香は俯いた。

「しかし、これが自分の本音なのかどうかはよくわからない」

 暁寧殿の面々は常梅香を見つめた。

「阿達は常梅香しか知らないから、常梅香に相当理想的な性質を求めていて、戦を望まない者であってほしいと考えている。今がどうかはわからないが、最後に会った時にはそう言っていた。これが自分の感情なのか、一波乱あってほしいと思っているのが自分の正しい感情なのか、よくわからない」

 常梅香は手で顔を覆い、それからひとつ息をついて立ち上がった。

「なにはともあれ、あなたと阿達でここまで不作を広げて」

 常梅香は言葉を止めた。

「やはり、私の意志は臥渓殿の、戦は望まない者であってほしいという想いに支配されていると思うべきでしょうね。以前の私ならこの不作を、「天公地公にしかできない、この目で見るなんて」ときっと日記に書き付けていた」

 段季も伊五子も呆れた。

「常梅香は、私と阿達がしたことを認めてくれるか?」

「常梅香としては認めたくありませんが、あなたがたの得意なところを伸ばしたらこうなったということなんでしょうし、比轍としては事実を受け止めるだけです」

 段季が常梅香を見る。

「ふたりの得意なところ?」

「一軍すら持たないふたりの得意技なんて、まず飢饉ぐらいしか思いつかないでしょう」

 常梅香の言葉は「私は適切に得意分野を伸ばした」と自信を持って告げているが、段季の視線は逸らされた。

「天公地公の反撃が戦よりもよっぽど多くの民衆を巻き込むなんて思わなかった」

 常梅香が段季の前に座り込んで言う。

「初王のころには、地公と天公の喧嘩で州がひとつまるごと消えたというぐらいだから、昔から天公も地公もあまり民衆のことは考えてないかもしれない」

 段季が「最低だ」と項垂れたが、常梅香はもう一度立ち上がって言った。

「後継者争いなのだと割り切って見捨てますか? それとも助けて懐柔を試みますか?」

「懐柔?」

「味方になってほしいと説得することです」

「説得したい」

 芳俊に躊躇いはなかった。

「昔は私の周りなんて伊五子しかいなかった。今は常梅香がいて段季もいる。父上もここに来るようになった。もし貞俊殿が味方になってくれるなら、兄上も欲しい」

 常梅香はニヤリと笑った。


 昨夜の回想はとりあえず、芳俊は「兄を見捨てるか助けるか」と考える。

 自分は助けるほうを選んだ。

 常梅香が後ろから声をかけてくる。

「礼部は二妃の駒です。戸部を呼んでぶつけたほうがよろしい」

 芳俊は常梅香に言われて顛末を訊ねるふりをした。

「証人は礼部の者だけなのですか? 戸部は?」

「芳児、うるさいことを言うな」

 芳俊は蘭俊を見て首を竦めて見せる。

「問題は貞俊殿が儀典を侮り、父上を侮辱したことだ」

 蘭俊は言うが、芳俊は畳みかけた。

「不作が理由だと聞きました。不作なのに儀典のために五穀を用意しないとならないなんて」

「山河も草もない珊州からは五穀も出せないのだから黙っておけ」

 蘭俊の言葉に芳俊は不貞腐れた表情だけを作って返す。

「その山河も草もない珊州は、芳俊殿から取り上げられて菖俊殿に与えられると聞いた」

 言った慶俊に、目を閉じてずっとなにかを考えていた様子の貞俊が目を開いて慶俊を振り返った。

「珊州を菖俊殿に与えるだと?」

「王がお渡りです、静粛に」

 皇子たちは口を閉じて父が着座するのを待つ。

 芳俊は父に続いて審問の間に入ってきた三人の叔父をちらりと見た。

 三人の誰も自分に州を譲ってはくれなかった叔父たちだが、常梅香が耳元で「彼らはお父上と玉座を争わなかったか、降伏したから州公として残っているのですよ」と囁いて来た。

「では貞俊殿が生き残ったときに、私が貞俊殿に味方するか貞俊殿が私に味方してくれたら、私は珊州を菖俊に渡さなくて済むだろうか?」

 訊ねた芳俊に、常梅香が「その可能性ができるということです」と返す。

 父の咳払いがその会話を遮った。

「芳児、審問の間は初めてだろうが私語を慎め」

「はい」

 姿勢を正した芳俊を見て、叔父たちが「珊州」と囁き合うのが聞こえた。

「貞俊殿、ここに呼ばれた理由はお分かりだろうと思う」

 審問を主導したのは、王弟の七王爺だった。

 貞俊が背筋を伸ばして父を見る。

「礼部の卜占ぼくせんにより献上を求められた収穫祭の五穀を用意できないと申し上げたことであったと記憶しております」

 答えた貞俊に、蘭俊が「不作は父上のせいだと言ったそうではないか」と貞俊に言い、兄弟たちを見てから、ここにきてからひと言も喋っていない男を見つけた。

「四弟、違ったかな?」

 蘭俊に問われたのは四番目の泰俊だった。

「収穫祭の五穀の話も、不作が誰のせいかも、私は聞いておりませんよ」

 すっきりと言い切った泰俊を見てから、蘭俊は「ふん」と鼻を鳴らした。

 常梅香が芳俊に耳打ちする。

「卜占の結果に問題がなければ四殿下にも結果が伝わっているはずです」

 芳俊は血縁という点で一番近い四番目の「兄」を見てから常梅香を見た。

「卜占の結果は四殿下には伝わっていないのか?」

「そこの」

 そう言いかけて泰俊は芳俊を眺めて首をひねる。

「誰だって?」

「芳俊です」

「ああ、五妃の」

 頷いてから泰俊は「芳児」と声をかけた。

「卜占の結果は聞いていたか?」

 芳俊は常梅香を振り返る。

「聞いたかな?」

「殿下がご自分で聞いておられませんでしたら、私は聞いておりませんよ」

 芳俊は泰俊に向き直った。

「聞いておりません」

 泰俊は蘭俊を見る。

「玄の兄弟は卜占についてなにも聞いておりません」

「私も聞いておりません」

 言ったのは慶俊だった。

「卜占の結果は知らされるものなのですか? 梅香、てっきり暁寧殿が忘れられているのかと思ったけども、泰俊殿と慶俊殿も聞いていなかった」

 芳俊の言い分に、貞俊が顔をしかめる。

 咳払いをしたのは七王爺だった。

「芳俊殿、審問の間は初めてで知らないこともあるだろうが、自由に話をなさるのはおやめになること」

「申し訳ありませんでした」

 芳俊は椅子に座り直す。

 そう言ってから、芳俊は父のほうを見る。

「静かに不敬罪の経緯を聞くことにします」

 芳俊がおとなしくなったのを見て七王爺が息をつく。

「不敬罪の経緯についてはこれから話がある」

「ありがとうございます」

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