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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
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あの子が私を恨むから

 礼部卿が失脚し、卜占官が天牢に投獄された報は後宮を震わせた。

 玄妃は笑い、朱妃が呆れ、そして炎二妃は狼狽した。

「なぜ? どういうことなの?」

 苛立つ二妃を前に、峰適ほうてきはその対応を二妃の宮に使える宦官に任せて暁寧殿に走る。


 暁寧殿の門をくぐった峰適は、常梅香を探した。

「比女殿、ご機嫌よろしゅう」

「ちょうどよいところにいらした、峰適殿。殿下は地龍の皇子との見合いの席に皇子の姿で出たいとおっしゃるから、金帯をご用意いただけませんか」

 峰適は愛想笑いで常梅香に「はい」と答えて頷く。

 常梅香が笑みを浮かべる。

「今後、二妃様のところに行く時には私にもお声がけくださいな」

「そのようにいたします」

 峰適は自分に背を向けた常梅香が手を動かすのに合わせて、庭の花が丈を伸ばすのを見た。

(化け物か)

 その峰適の言葉を聞いたわけでもなかろうが、常梅香が峰適を振り返った。

「地龍をご覧になるのは初めてですか?」


 *** *** *** *** ***


 峰適が暁寧殿に逃げたあと、二妃は王が来ないことでさらに苛立っていた。

 思うようにならない。

 芳俊が王の前に出るようになってからだ。

 六皇子がなにを思ったか宮を出るようになり、指南役の比女が来た。

 一度は首尾よく比女を天牢に入れて引き離したはずが、手紙を落として王に見られたことで振出しに戻ってしまった。

 二妃は菖俊が「母上」と声をかけてきたのを見て顔を上げる。

「いつ父上から虫の州をもらえますか?」

 首をひねる菖俊に、二妃は「もうすぐよ、もうすぐお姉さまが降嫁されて王城を出ていくから」と菖俊を抱き寄せて言い聞かせた。

「そうよ、今日の審議ではあの子が礼部の卜占官が誰と会ったか確かめればよいと言ったのだと蘭児が言っていたではないの。あの子をさっさと追い出すほうがよいのだわ」

 二妃は「地龍の皇子との見合いをと王がおっしゃっていたのだから」と動き出す。

(早く、早く、早く、あの子さえ追い出せば王はまたここにいらっしゃるわ)

「そうよ、菖俊、お姉さまと地龍の皇子との見合いをさっさと進めてしまいましょうね」

 まだ幼い見目の息子に言って、二妃は「誰か」と声を上げた。

「王のところに行くわ、用意してちょうだい」


 *** *** *** *** ***


 圭徹は自分の寝所で范雪を横に侍らせてじっとしていた。

「二妃様のところにおいでになるのはやめましたか」

 范雪に訊かれ、圭徹は息をつく。

「蘭児が、黙らねば腕を引きちぎると芳児に言った」

「さようですか」

 范雪が黙り込む。

 圭徹は范雪を見た。

「不平不満が多い息子ではあるが、あの場で人を脅すような言葉を躊躇いもなく口にするとは思わなかった」

 それから、そうではない、と圭徹は首を振った。

(麒麟の話をして鳳凰を用意しろと芳児に言ったときも、蘭児は比梅香を人質にするようなことを言っていた)

 後悔先に立たずだ。

「私は蘭児を甘やかしすぎたか?」

 范雪は圭徹が自分を見上げたのを見た。

「制止者が動くまでの猶予はあと一年だったな」

「さようです」

「私が二妃と蘭児の推挙を許した省は礼部だけではあるまい」

 范雪は頷く。

「比芦二氏はいずれも、煕俊殿下に対する処置があまりにも性急であったと王を窘めたことで身分を剥奪されております」

「煕俊のことは、私が審問の間にも出さずに死なせたと言ったか」

「さようです」

「あれはどういう経緯であったかな」

「経緯すら、調べられてはおりません」

 圭徹は「そうだったか」と目を覆った。

「比芦二氏は本当に、私を窘めただけで身分を剥奪されたのだったか?」

「さようです」

「しかし、他になにもなしで、それほどの罪に問うか?」

「それだけのことを、王と二妃が罪にしたのです。それが十五年前でありました」

 圭徹は范雪に首を振って見せる。

「他に、私は何をした」

「王を窘めた、たったそれだけのことを罪にした、そのことを過ちとして記録しようとした史官長を斬首になさいました」

「斬首か」

「さようです」

 范雪は淡々と述べる。

「他には? 他にもあるか?」

「なければ私も百年近くもお傍に仕えてはおりませんな」

「うん」

 圭徹は曖昧に頷いて范雪の視線から逃げた。

「王、二妃様がおいでです」

 侍女の声を聞いて圭徹は顔を上げ、范雪を横にどけて二妃を見た。

「どうした」

「蘭児から、今日の審問の間では礼部の卜占官が、私が王の名で卜占の結果を変えさせたと証言したと聞きました。芳俊殿が卜占官と会ったのが誰か確かめればよいとおっしゃったとか。比女殿のことで私を恨んでのことかもしれません」

 圭徹は二妃を見つめる。

「なるほどそうか。芳児がな」

 二妃は圭徹があっさりと芳俊の名に頷いたことで笑顔を見せた。

「ええ、もしかしたらこの縁談もお嫌なのかもしれません」

 圭徹は頷く。

「同じ年頃だと伺っておりますから、会えば話が弾むでしょうし、明日か明後日にでも外賓用の宮に芳俊殿をお連れしてはいかがでしょう」

 二妃の言葉に圭徹はまた頷いた。

「芳俊も会っておきたいようだったからな」


 *** *** *** *** ***


 段季の蛇が持ってきた報せに、芳俊は男児の姿で飛び跳ねた。

「やっとだ! やっと外賓の宮に行かれる! 奥の宮から厨房にも天牢にも行ったが、外賓の宮だけは行ってない!」

「行ったら阿達との関係を二妃にも王にも疑われますからね」

 常梅香が言い、芳俊は頷いた。

「それから?」

「麒麟の剥製はどうなりました?」

「范延に頼んである」

 芳俊は自慢げに言い、ニヤリと笑う。

「なければ作る」

「作らなくて良いですよ」

「鳳凰も飛ばす」

「そうですか」

「喜んだらお腹空いた。厨房に行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 飛び出していった芳俊を送り出した常梅香は、しばらくして「あれ?」と芳俊が飛び出していった裏口を振り返った。

「峰適殿」

「はい」

「殿下は今、男児と女児とどちらの姿で出ていきました?」

「男児です」

 常梅香は峰適を見つめた。

「呼び戻しましょうか?」

 峰適に訊かれて常梅香は少し思案のま間を置き、言う。

「放っておきましょう」

「はい」

 峰適は常梅香の後ろにくっついた。


 芳俊はいつものように厨房に行く道を歩いたが、普段なら「芳児」と声をかけてくる宮仕えの男女がひと言も声をかけてこなかった。

 そのまま芳俊は厨房の裏から顔を覗かせて「暁寧殿のおやつをもらいに来た」と声をかけた。

 厨師長が顔を上げ、手を止めて厨師たちの間を「殿下」と言いながら小走りに出てくる。

「ご自分でおいでになるとは思いませんでした」

「いつも来てる」

「いつもは芳児が」

 芳俊は自分の格好を眺めてから、「そう」と頷き、芳俊を眺めて、厨師長は「そうですか」とだけ答えた。

 芳俊は丹氏の指示でいつもと違う皿を用意している厨師たちを見る。

「あれは?」

「外賓館に逗留している苹州の祭司官たちに出すものです」

 厨師長の言葉を聞いて、芳俊は頷いた。

「苹州の祭司官たちに出すから丹氏が旗振りをしているのか」

「さようです」

 芳俊は貫氏を振り返る。

「ちまきは作れる?」

「殿下、宮にお戻りください、あとで芳児を寄越してくだされば芳児に岡持おかもちを持たせます」

 芳俊は厨師長を見て「芳児は私だ」と、芳児に形を変えて見せる。

「今日はここで食べて行ってもいいだろうか? 暁寧殿に持って帰るとだいたい冷めてしまう」

 芳児の姿では着物が合わないのが心地悪く、芳俊はすぐに少年に姿を戻して「あとどれぐらいで用意できる?」と厨師長に向かって訊いてみて、厨師長が呆けているのを見てしまった。

「六殿下が芳児ですか?」

「あの格好だと追い出されないから、知り合いが増える。厨房からも追い出されなかった」

 芳俊の返答に厨師長は「おい!」と厨師たちに声をかけた。

「芳児が六殿下だと!」

 厨師たちが手を止めて、芳俊を振り返る。

「名前が芳俊なんだから当然両親は私を芳児と呼ぶ」

 自慢げに言った芳俊を見つめて、厨師たちは「そうか」とため息をついた。

「つまみ食いしてたのは殿下だったのか」

「父上の間食はどこに持って行く?」

「寝所の養精殿です」

「私が持って行こうか?」

 芳俊の申し出に厨房が慌てる。

「二妃様がご一緒ですから、今はおやめになった方が賢明です」

 間食を取りに来た宦官の説明に「それならやめておく」と芳俊は頷いた。

「二妃はなにか言っていたか?」

「六殿下が縁談のことで二妃を恨んでいるのではないかと、王におっしゃっておいででした」

「ありがとう、父上は信じていた?」

「いえ」

 芳俊は宦官に笑顔を見せた。

「よかった」

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