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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
動乱の揺籃
19/115

地龍たちの宴

段達にできることひとつ目、動く子供が段達でも芳俊でも実験台になる比轍。

 臥渓は地公廟でじっと儀典官の話を聞いていた。

 段達としてできることと、臥渓としてできることは違う。

 比轍のために動くことは芳児を喜ばせるだろうという打算はあっても、それが六皇子を喜ばせることになるかもしれないと思うと、気分は複雑だった。

「豊穣祈念の祭祀は見られないし、三皇子は消えるし、一皇子と四皇子には縁がないし、六皇子は芳児の件でなんか縁だけ強くなってる」

 儀典官は地公廟に来ては愚痴を言う臥渓を眺めて呆れる。

「婚約者候補に喧嘩を売った公主も初めてですが、儀典官に愚痴を言いに来る公主も初めてです」

「比轍は嫌いじゃない。叔父上とものすごく意気投合していた」

「熊公子とですか?」

「そう」

 それから臥渓は顔を上げた。

「叔父上と比轍が、創世神話の女神がどうと言っていた。儀典官はなにか知ってる?」

「恐らくは州の最初に地均しをする天龍地龍のことでしょうね」

「地均し?」

「生き物が生きられるように世界を整える者たちです。人の住環境を確かめることになるので、最初は天龍や地龍から特に人として州で生活する者たちが必要になります。天龍ならば多くが男性の形で入るところ、比轍殿のように女性の形で入るのは珍しいです」

「男か女かで違うもの?」

 臥渓の質問に儀典官は頷く。

「天龍は物質的な環境を作る者たちがほとんどなので、特に比一族であれば治水で入るのが普通でしょう。本来であれば人に混じって水の流れを動かしたり、堰を作ったりという土木工事を指揮していたはずです」

 儀典官の説明を聞きながら臥渓は想像して首を振った。

「比轍には絶対向かないと思う」

「それで、比轍殿を地龍の眷属にする話はしてみましたか?」

「天龍に地龍の眷属がいると、天龍のなかに味方ができると儀典官が言っていた話は、地龍になってみませんかとだけ伝えた」

 臥渓の説明に儀典官が頷く。

「なにかおっしゃってましたか?」

「特になにも。地龍になるとなにができるとか、私にはわからないから説明できないし」

「ああ、確かに」

 儀典官はしばらく考えてから臥渓を見た。

「公主の相談役にでもなっていただきましょうか」

「相談役?」

「熊公子と話ができるなら博識な方でしょう。それに境遇も似ておられる」

 臥渓は儀典官に顔を向けた。

「どういうこと?」

「比轍様は天龍の男子で人間の女子、臥渓様は人間の男子で地龍の女子、姉上がたとは頻繁に会えませんから境遇の似た相談役がいると安心できませんか?」

 しばらくなにかを思案していた臥渓は、儀典官に訊く。

「たとえば常梅香は、熊震と結婚してと言ったらすると思う?」

 儀典官は黙り込んでしばらく考えてから答えた。

「それが六皇子か公主のご命令であれば、結婚もするんじゃないでしょうか」

 今度は臥渓が言葉を失った。


 *** *** *** *** ***


 段達と段季が廟から戻ると、芳児も廟から戻ったところなのだと言いながら常梅香が茶を淹れていた。

 その常梅香の手元にはいくつかの見慣れない道具があり、段達も芳児も常梅香の手がなにをするのか、まじまじと眺める。

「梅香姉さん、その煉瓦なに?」

「これもお茶ですよ。これを砕いてかけらにして、さらに砕いてスープに入れるんです」

「食べられる?」

「食べようと思えば食べられるのではないでしょうか。私はこれをこのまま食べたことはないです」

「あ、そう」

 芳児が頷いている。

「珍しい」

「そうでしょう。桑州の一部で長期保存に適したお茶をこうやって使うんだそうで、いつだったか桑州から来た使者にやり方を教えてもらったんです」

 常梅香の手が市で買ったらしい包みを開いて、包みから出てきたもち米を包んで蒸した焼売を蓮の葉の上に並べていく。

「さて」

 皿に蓮の葉を敷いて並べた焼売を机に出し、砕いた茶を入れて煮た湯を並べて芳児の前に出す。

「段達殿と段公子もどうです?」

「要ります!」

 段達はササッと芳児の隣に陣取り、芳児は小さく常梅香を見上げて笑った。

 段季は少し格好をつけて袖を払ってから窓際に置かれた椅子に腰かける。

「大人はこちらでいただきませんか。この窓から見える景色は格別です」

 段達は叔父を見ながら常梅香が用意した焼売を口に入れた。

(叔父上は相手の魂魄が男女一致していないことがわかっても、あまり気にしないのだな)

 叔父は強い。

 しばらく叔父と常梅香を眺め、段達は「決めた」と呟く。

 常梅香をこれから蘇の地龍にするならば、多芸多才を叶える芸事の才能を管轄することにすればいい。

「そういえば、桑州から新茶が届く季節になりましたよ。柳州に帰るときに少しお持ちになりますか?」

「そのことですが」

 常梅香は芳児を振り返った。

「すぐには都に帰らず、一族のことが落ち着くまでは苹州にいようと思います」

 芳児が常梅香を見て頷く。

「今、家に戻っても恐らく門扉に禁足の貼り紙がされていて、戻って帰る場所がありませんからね」

「貴陽で住む場所探す」

 常梅香の言葉に芳児も付け加えた。

「そうですか」

 段達は段季の口調が浮かれたのを見て、芳児をつつく。

「叔父上が梅香姉さんのところに遊びに行くのは許してくれる?」

「いいけど、段家は商邑に帰るのでしょ?」

「それはまあ、帰るけど、また来る」

「いいよ。梅香姉さん楽しそうだから」

 芳児は小さく言いながら段達の焼売を横取りし、それを常梅香に見られた。

「はしたない!」

「ごめんなさい」

 謝るわりにはニヤニヤしている芳児を見て、常梅香は困ったように笑う。

「怒られるのがお好きですか」

「母上に怒られたことがない」

 常梅香が苦笑した。


 *** *** *** *** ***


 夜半、比轍は自分の名前が書かれた天龍としての身分を証明する札を握りしめて王都のほうに向かって叩頭こうとうし、それから芳俊に向かって同じく叩頭する。

「地龍の眷属になると決めたのか」

 芳俊に問われて比轍は「はい」と頷き、芳俊はその比轍を抱きしめた。

「私には後ろ盾がないから、比一族を助けられない、すまない」

 比轍は芳俊を抱きしめ返して「いいえ」と首を振る。

「遅かれ早かれ、二妃と二殿下を中心に後継者争いは起こったはずです。そのときには、殿下には関係なく比一族も史官も二妃と対立して同じ運命を辿っていたのでしょうから、殿下が気に病む必要はありませんよ」

 芳俊を抱え上げた比轍は、芳俊を寝台に下ろして寝かしてから隣に腰かけた。

「これからは苹州の天龍たちが殿下を支えてくれます」

「私は范延に、范延が二殿下を放置して三殿下を死なせたんだと言ってしまった。そんなこと言うつもりはなかったんだ。でも范延を見たら、苦しかった」

 比轍は芳俊の額を撫でる。

「范三子も殿下が優しいことは知っていますよ、大丈夫」

 芳俊を寝かし付けて部屋に見張りを付けてから、比轍は段家の四人の地龍の部屋へと足を向けた。

 春先になり、冬の寒さからは徐々に解放されてきてはいても、夜はまだ冷える。

 比轍は自分と芳俊に与えられた部屋のある建物から出て、宿の庭にしつえられた小径を歩き、小径を彩るように足元に点々と置かれた小さな灯りを見た。

(六殿下はこれから苹州公になる。天龍としての権限も能力も奪われた比一族の者のまま、これからひとりで殿下を守り切れるとは思えない。苹州の者たちはいるが彼らは三殿下の旧臣たちだ。私だって純粋な六殿下の臣ではないが、それでも私には苹州に六殿下を連れて来た責任がある)

 小径を彩る石畳には自分の影が落ちる。

 この先、或いは歴史が繰り返され、或いは前代未聞の事件が起きるだろう。

 段達が臥渓公主であると知っていても、臥渓の婚約者であることが立太子の条件であるとしても、それを競うのは皇子たちであっても、決めるのは臥渓だ。

 二妃がどれほど王の寵愛を受けていようとも、その寵愛は央原君を動かさない。

 比轍が一歩足を止めて顔を上げれば、自分を受け入れようとしている平屋建ての建物は赤い布で飾り立てられ、色鮮やかな光で彩られている。

 異国の装束を着た男女、人とは姿の違う者たち、形だけは人と同じ姿を取る天龍たちとは違う、地龍と呼ばれる者たちが集まる場だった。

「梅香殿」

 手を差し出してきた熊に、比轍は一瞬だけ表情をひきつらせた。

「ああ、私です! 段季です!」

 慌てた熊が人の姿になり、比轍の前で段季に変わる。

「段公子でしたか。いまの熊はいったいなんだったのですか?」

「私の魂は本来は熊震と言いまして、蘇の地龍としては武門を担当する熊一族の者なんです。熊一族と言うと、皆が喋る熊を期待するので、ほら、このザマです」

 段季が指さす方向には、様々な熊が闊歩していた。

「皆、自分が気に入っている熊の姿で自己紹介することが多いのです」

 笑う段季を見て、比轍は「そうですか」と苦笑いした。

「天龍は魂と魄が違うことはありませんが、地龍はこうも多種多様なのですね」

「魂と魄の性別が違うのはよくあること、それどころか動物だったりもします。おとぎ話で、よく狐狸仙など出てくるでしょう。ああいうのはだいたい地龍です」

 建物の上を季節外れの鶴が飛ぶ。

「彼らも地龍ですか?」

「はい」

 比轍は段季の答えを聞いて呆れた。

(天龍が知らないだけで、世の中にはこれほど多くの地龍がいたのか)

 驚くしかない。

 比轍は段季に手を引かれて宴の場に入って、ずいぶん奥の異国の男たちが並んでいるところに段達がいるのを見つけた。

「段達殿」

「梅香姉さん」

 異国の男たちが顔を上げる。

「臥渓殿が気にするわけだ」

「人間にしては整い過ぎている」

「きれいだな」

「こう作り込まれた造型は初めて見た」

「これはこのままにしておきたいな」

 段達は男たちの前で「芸事の神様にしようと思うのです」と宣言した。

 比轍は段達を見て「は?」と慌てる。

「どういうことです?」

「今、蘇は色々な神様の空きがある」

 異国の男が言いながら琥珀色の目をした女に姿を変える。

「廟にお祈りに来た子供に芸事の要点を教えるだけの簡単な仕事」

「芸事の要点」

「お祈りに来た子供がいればすぐわかるわよ」

 そう言われて比轍は「そうですか」と頷いた。

 段達は比轍を見て臥渓の姿に形を変え、比轍が「あ」と小さく呟く。

「芸事であれば、なんでも?」

「なんでも」

 比轍は段達の答えに「ありがとうございます」と礼を述べた。

 地龍たちは、比轍を見つめていた。

「新しい地龍が来た」

「珍しく、人からだ」

「臥渓様がやるそうだ」

「臥渓様にできるのか?」

「やれねば困るだろう、曲がりなりにも蘇地公を継ぐんだ」

 様々な声が比轍の耳に聞こえてきたが、それよりも臥渓の姿に形を変えた段達が緊張していた。

「大丈夫ですよ、臥渓公主、怖がらなくて大丈夫です」


 *** *** *** *** ***


 臥渓は常梅香を見つめて息を吸い込んだ。

(天龍の魂に地龍の要素を混ぜ込む。失敗したら比轍は天龍にも戻れないし地龍にもなれない)

 常梅香が臥渓の手を軽く叩いて安心させてくれる。

「大丈夫です」

 臥渓は目を閉じて常梅香の手に自分の手を重ねた。

 比轍がまとう青い燐光の魂をゆっくり糸のように解いてから緑色の糸を織り込んでいく。

 臥渓が儀典官から出された最初の宿題は、どうにかこなせそうだった。

段達にできることはこれから増えます。

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