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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
動乱の揺籃
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神々不在の豊穣祈念祭

豊穣祈念の祭祀まで一か月だか一週間だかが長くかかりましたが、終了は一瞬でした。

 臥渓が思い描く「芸事の神様」は、芳俊が作りあげた常梅香の姿に加えて艶めかしさのある女性だった。

 臥渓と常梅香が向かい合って手を重ねて座り目を閉じる、その周囲を取り巻くように光の粒が溢れて流れていく。

 常梅香の体から引き剥がされた比轍の魂魄が青い龍になり、地龍たちのなかには「天龍」と小さく批難交じりに呟く者もいたが、比轍の四肢に黒い煙のようなかせが付けられているのを見て「ああ、天乱で封じられたのか」と呟いた声がどこかからこぼれてその批難は同情に変わった。宴に集まった地龍たちは臥渓と常梅香を取り巻く緑の光の粒が青い龍をところどころ緑に染めていくのを、見つめていた。

 光の粒を吹き飛ばす風が常梅香と青い龍の姿を一度観衆の目から掻き消して止むと、臥渓はちらりと姉たちを振り返り不安げに顔を曇らせる。

 姉たちは満足そうに妹を眺めて「大丈夫でしょう」と頷いた。

 臥渓は恐る恐る常梅香を見て顔を覗き込んだ。

「比轍、具合は大丈夫でしょうか?」

 龍の名で呼ばれ、比轍は目を開いて「大丈夫ですよ」と笑って返す。

 熊震が臥渓を囲む宴の客たちをかき分けて常梅香の腕を取り、それから人の少ない場所まで連れ出した。

「気分が悪いなどはありませんか?」

 熊は見たが熊震の姿の段季を見ていなかった比轍は、常梅香の腕を掴んでいる見慣れない男に「すみませんが」と断りを入れ、熊震が「ああ、段季です。熊一族の熊震の本来の形がこれなんです」と慌てた。

「私は地龍と熊と人間と、なんですが、あなたは地龍と天龍と人間と、ですね」

「地龍の形は天龍とは別にあるものですか」

 目を見開いた常梅香に熊震は「あるでしょう」と笑う。

「臥渓公主が想像する「芸事の神様」の形がある」

 熊震が言えば、なるほど、と常梅香が頷いた。

 臥渓は自分が思い描いた女性が熊震と笑っているのを見て、はーっと息をついた。

 どこから姿を出したのか、儀典官が臥渓に一礼する。

「臥渓公主に慶賀申し上げます」

「なに慶賀って」

「一つ目の宿題はこれで終了です」

 たしかに宿題なのだが、改めて「宿題」と言われ臥渓は比轍に申し訳ない気分になる。

「あの方は、きっと蘇の地龍たちにとってかけがえのない軍神になりますよ」

 儀典官の言葉に臥渓は「軍神?」と驚いたように顔をしかめた。

「私は芸事を掌るようにしたと思うのだけど」

「芸事とは、平和なものばかりではありません。武芸も芸事ですから、六皇子にとっても必要な盾になるはずです」

 臥渓は儀典官を睨み上げる。

「六皇子のためじゃない」

「承知しております」

 儀典官は笑った。

「常梅香殿」

「はい? ああ、これは儀典官殿」

 互いに空虚な礼を交わして、儀典官と常梅香が顔を合わせる。

「比一族のご子息とは承知しておりますが、これから先、魂魄の半分は地龍でございます。常梅香の魂魄の主でありますからには、芸事を掌る一門に籍を置いていただかねばなりません」

「なにやら、後が面倒なのですね」

 常梅香は肩を竦めた。

「ご案内いたしますから、こちらへ」

 儀典官はあるべき者をあるべき場所へと導く。


 *** *** *** *** ***


 夜の喧騒はどこへか、早朝の空気のなかで宿の庭に座り込んで段達は自分の手を見つめた。

 比轍で常梅香という天龍である者、地龍としてはまだ名前のない技芸の女神。

 天龍のように明確に「人間と天龍」と分かれて住むことがないせいか、地龍たちは人間から、神だの仙だのと言われることが多いが、なんの考えもなく技芸を掌る地龍としての形を女にしてしまったのは段達が最初に見た比轍の姿が常梅香だったからだ。

 自分の力になにができるのか。

 足元の草に成長を願えば、草はぐんと伸びる。

 戦・疫病・蝗害こうがいなど、災害は自分が起こすのだと言う。

 比轍に与えた技芸の女神の姿は、いつか国にとってかけがえのない軍神になると儀典官は言った。そんなつもりで作ったわけではない、と臥渓として思う。

 その軍神はそのうちに六皇子の力強い味方になるだろうと言う。

 しばらくぼんやりと早朝の空を眺めた段達はハッとした。

(六皇子に手を貸してしまった!)

 しかし常梅香は芳児と一緒にいることのほうが多いと思えば、多少は我慢もできる。

 ぼんやりとしている段達の隣に芳児が座り込んだ。

「公主様はなにか悩んでおいで?」

「芳児に公主様と言われるのは嫌いだ。私は、芳児には阿達と呼ばれるほうが好きなんだ」

「じゃあ、阿達はなにか悩んでる?」

「臥渓は常梅香を地公の技芸の神様にしたんだ」

「技芸の神様?」

 段達は芳児の問いに頷いた。

「なにか失敗したの?」

「成功したらしい」

「じゃあよかったんじゃないの?」

「結局、六皇子に手を貸したことになるかもしれない」

 芳児は首を傾げた。

「それは、阿達にとってダメなことなの?」

「芳児は嬉しい?」

「私は嬉しい」

「芳児が嬉しいならいいけど」

 段達は俯く。

「豊穣祈念の最後の祭祀は今日?」

「今日」

「阿達もなにかするの?」

「したくない」

「なんで?」

 段達は芳児を見る。

「豊穣祈念の祭祀は地公や地龍に属する神様たちが来るんじゃないの?」

「だって臥渓の相手は六皇子だ」

「いいと思う! 六殿下はきっと臥渓が好きだと思う!」

「臥渓は六皇子より芳児が好きだよ」

 段達は芳児の髪にシロツメクサを飾って笑顔を浮かべた。

「私が行かなくても公廟の祭司官たちに梅香のお披露目はする」

 笑いながら話をしていたふたりは、段達は段季に、芳児は比轍に抱え上げられて部屋に連行された。


 *** *** *** *** ***


 天公廟の前は、これが最後の一日と粘る親子でごった返している。

 范延は憮然として人の流れを見ていた。

「少爺、とうとう見つかりませんでしたね」

「そういうわけでもない」

 そう言いかけた范延に、天公廟の祭司官に紛れていた天龍が連絡を寄越した。

 范延が天公廟に下りるとそこにはひとりの女児がいて、連れている女には見覚えがあった。

「比轍殿、その子供が十二歳なら二殿下にご連絡しますから引き渡していただけませんか」

「范三子、まだ苹州で二殿下のために天公廟を見張っておられたのか」

 どこかがっかりした様子の比轍に言われ、范延は引きつった笑みを浮かべる。

「昨日まで、私に連絡を寄越した祭司官はいなかった。今日は連絡を寄越した祭司官がいた、それだけだ」

 范延の言葉に黙り込んだ比轍が、横にいた女児を抱き上げてから范延をもう一度見た。

「天公廟の祭司官のなかに二殿下についた者がいる? そうだとして范三子、あなたはなぜそれを私に伝える?」

「理由がなければいけませんか?」

「理由のない好意より理由のある好意のほうが信頼できる」

 比轍の返答を聞いて頷いて、范延は「そうですか」と小さく笑い、声を落として比轍の耳元に囁く。

「范氏の本家から、あなたが六殿下を連れているという連絡があった。あなたと六殿下の縁がどのようなものかは知らないが、私は六殿下に幾度となく怪我の手当てをしていただいた恩がある。二殿下は苹州の暫定州公がどの皇子なのか探しておいでだ。もし六殿下の居場所をご存じならばしばらくこのまま隠れていていただきたい」

 范延が言えば比轍が范延に目をあげることなく返す。

「しばらくとは、どのぐらいだ」

「二十年」

「ずいぶんと長い。その間に他の皇子たちが二妃の讒言で何人命を落とすか」

「央原君から二妃と二殿下の制止の許可が出るまで、まだあと二十年ある」

 比轍が范延を振り返る。

「央原君のご許可が必要?」

「諌止者や制止者も、許可が出る前に感情的に動いたら央原君の矩に逆らったことになります」

「その許可が出るのが二十年」

 范延は比轍に「ええ」と言葉だけで頷いた。

「二十年あれば六殿下も成人なさる。比七子、六殿下を隠しおおせるならどうにかお願いいたします」

 比轍が范延を見て「やりましょう」と答える。

「范三子」

「はい」

「私は天龍としての一切の身分や能力を剥奪されているが、できることなら天牢の祖父に会いたい。あなたの知己でもなんでもよい、なにか理由を付けて天牢の祖父と、柳州の父たちの無事を確かめたい」

 范延は比轍の言葉に「どうにかしましょう」と躊躇いなく笑顔を向けた。


 *** *** *** *** ***


 苹州天公の宮、鵬安宮ほうあんきゅうから天公廟に下りた芦楓ろふうは芳俊を見て笑顔を見せた。

「美女と一緒でご機嫌ですね、殿下。殿下の側室ですか?」

 芦楓のあからさまな冷やかしに芳俊が顔をしかめる。

「冗談です。まだ成人もしていない皇子の元に人間の女を側室として入れることを良しとする大臣はおりませんでしょうから」

 そう言った芦楓は芳俊の横にいる女に蹴られた。

「不躾な女だな!」

 女はなにも言わずに微笑している。

「なんなんだ」

 不機嫌な芦楓を確かめてから女は芳俊を見た。

「このように、万人受けする容姿というものはございません」

「私の力作なのに」

「この男の好みは梅より牡丹です」

「そっか」

 芳俊と女の会話を聞いて芦楓は表情を曇らせて女をつつく。

「挨拶がまだだ。私は苹芦三子、芦楓という」

「これは失礼、柳比七子、比轍と申します」

 芳俊は芦楓と比轍の間に流れる静寂を眺める。

「殿下、騙されてはいけませんよ、比轍というのは天龍族の男です、それも見た目に華やぎがない」

「常梅香の姿は私が比轍にあげたんだ」

 芳俊の主張を聞いて、芦楓は改めて常梅香の姿で芳俊の横に立っている比轍を見た。

「見たか芦楓。これを人徳という」

「おまえは本当にその格好が人徳者への褒美だと思うのか」

 芳俊は芦楓と比轍を見比べる。

「学友なんですよ」

「比轍と芦楓が?」

「そうです。殿下と公主と同じぐらいの年頃からの付き合いです」

 比轍の言い分を聞いてから、芳俊はまた比轍と芦楓を見比べた。

「比轍は、范延と段季と芦楓なら、誰が好き?」

「なぜこのあいだからすべて恋愛沙汰にしようとなさるんですか?」

「私は、このあいだまでは范延が一番で二番目に比轍が好きだったけど、今は范延より比轍のほうが好き」

 比轍と芦楓は顔を見合わせる。

「殿下、殿下のなかには恋愛沙汰とは関係なく好き嫌いの序列があるんですか?」

「ある」

 比轍と芦楓はもう一度顔を見合わせて頷きあった。

「殿下、その序列を人前で公開するのはやめましょうか」

「悪い天龍は、そういう序列に割り込もうとしてきますよ」

「あとその順番の一番上を段達殿にしておいたらいかがです?」

 比轍の言い分に、芦楓が顔をしかめる。

「段達? 商邑段家の息子か? なぜそれが出てくるんだ」

「商邑段家の息子かもしれませんが、六殿下の想い人ですから」

「男児だぞ!」

「今ここにいる芳児は女児ですよ」

「それでも殿下は苹州公だ! 相手は人間だぞ!」

 芦楓の言葉を比轍が「それはそれ」と笑って流し、それから声を落とした。

「范三子からの忠告だ。二殿下が苹州天公を継いだ皇子を探している。天公廟にも二殿下についた祭司官がいるらしい」

「ならば殿下は鵬安宮で引きとろう。芦一族は今、天龍の身分と能力を剥奪されていて動けない。ここは三殿下の旧臣ばかりだから弔い合戦だと言って私の立場も元のままだが、今までのように龍の姿で飛ぶこともできなければ、人間には扱いづらい重量のある武器を軽く扱うということもできない。比一族はどうだ」

「同じだ。地公廟を見たくて人間の器を殿下に作ってもらったが、その間に天龍の身分と能力は剥奪されて、この格好から戻れなくなった」

 比轍の話に芦楓は笑ってしまった。

「いいじゃないか、美女だ」

「あとはまあ、戸部が人間のものとして用意してくれた身分証があるから、関が開いている州は人間として出入りできる」

「なんだ、意外と自由に振舞っているんだな」

 羨ましそうにした芦楓は比轍から芳俊を渡されて首をひねる。

「殿下を鵬安宮に」

 芳俊はそう言った比轍にくっつきなおした。

「豊穣祈念の祭祀に地公は出ないが、梅香は地龍の側で出るのだから、それを見る」

「私は儀典官にくっつくだけですよ」

 比轍が苦笑する。

 この年の豊穣祈念の祭祀には、安全のためと称して芳俊も臥渓も出なかった。

次から段達も芳俊も年齢が上がる予定です。

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